第346話 閑話(小国家群)
とある勢力以外から、最も勢いのある国家として認識されているレプイタリ王国。
海軍の力が非常に高いこの王国は、現在、港湾都市が急速な拡大を見せていた。
特に、新たに開港した港街は、凄まじい勢いで拡大を続けていた。
切り拓かれた広大な土地には、広大な倉庫街が広がっている。
港そのものも非常に大きく、長大な桟橋には多くの商船が係留されていた。
桟橋の数も多く、またその海底も深くまで削られており、干潮時にも大型の貨物船が停泊できるよう対応されている。
実際、この港には頻繁に非常に大きな貨物船が停泊していた。
純白に塗装されたその大型船は、他国に対してはほとんど情報が公開されていない。
港を訪れた船乗り達は、その見たこともないほど巨大な船について、様々な噂をしていた。
その貨物船は、あるときは巨大な荷箱を大量に積み下ろしており、あるときは謎の機械から吐き出される大量の鉱石を積み込んでいた。
国籍すら不明の大型船だが、レプイタリ王国の建造した実験船であるとか、他の大陸からの来訪者であると言われている。
その周辺は厳重に封鎖されており、多くの監視兵が侵入者に目を光らせていた。
そのため、正確な情報を掴んだものは誰一人とおらず、ただ真偽不明の噂ばかりが流れることになっていた。
しかし、その大型船よりも話題になっているのは、港湾施設の敷地外に広がる工場群だ。
巨大なタンクや蒸留塔、あちこちに張り巡らされたパイプライン。
他の国では見たこともない巨大な設備が連なる光景は、多くの耳目を集めることになっていた。
◇◇◇◇
「……できれば見学でもさせていただきたいところですがな」
「我々も、何度か確認はしておりますとも。しかし、懇意にしてくださる方々からは、色よい返事がありませんな」
「聞くところによると、あの海軍直々の直轄地だとか。貴族の方々は、一切関われていないと嘆かれていましたな……」
とある大使館の一室で開催されている、パーティーとは名ばかりの密談会。
そこでは、レプイタリ王国以外の国々の大使達が、ひそひそと言葉を交わしていた。
「例の船ですな。……あれが来てから、すっかり様変わりしてしまったようで……」
「ああ。あの、パライゾとかいう国の。確かに、時期は一致しますな。色々と噂は聞きましたが、実際のところはどうなのか……」
「我々も情報は集めていますがね。専ら、海を越えた国の派遣艦隊だというのが有力ですが」
「あのアフラーシア連合王国を征服したとか?」
「そうですな。少なくとも、かの国の大使館は全て、あのパライゾとかいう国の軍に抑えられたのは確か。だが、国全体を征服したかどうかなど、確かめようも無いですからなぁ」
「……しかし、国境周りはかなり面倒になったとは聞いておりますぞ。燃石採掘は、貴国でも先細りではないかね?」
その決定的な言葉に、他の大使達はしばし沈黙した。
もちろん、自国の弱点を他国にさらけ出す、というのは悪手である。
だが、この場で求められているのは正確な情報共有だと、誰もが理解していた。それを隠したところで何の利益ももたらさない、と。
「そうですな……。開拓村も、いつの間にか連絡が取れなくなったと聞いておりますぞ」
とはいえ。
全ての情報をつまびらかに話す必要は無い。事実のみ伝えればいいのである。
パライゾに反抗した開拓村が、送り込んだ騎士団も含めて全滅した、などという情報は、関係者のみにとどめるべきだろう。
「貴国もですか。我々も、開拓団を送り込んでもいつの間にか消えていると聞いております。やはり、あちらの国境は執拗に警備されている、ということでしょうなぁ……」
アフラーシア連合王国に国境を接する国の大使達からの情報に、他の大使達も難しい顔をして考え込んだ。
レプイタリ王国が、燃石を欲している、ということは誰もが知っている事実だ。
それを文書にしたり、言葉にしていないだけで。
「燃石の取引量は絞っておりますが、以前ほど催促されなくなったように思いますがね」
「貴国もか。我が国に対する要求も据え置きになっているし、不足しても違約金だ何だと言われなくなったのは助かりますが……」
「なかなかに不穏ですなぁ。燃石が不要になった、とはとても思えませんが……」
彼らは一様に、レプイタリ王国の擁する新鋭艦を思い出していた。
大口径の砲塔をいくつも据え付けた、巨大な艦体。
稼働時にあちこちから噴出する蒸気を見れば、その動力源が何かなど一目瞭然だ。
なにせ、燃石を燃料として走る機関車という輸送車両は、民間にまで広がっているのだ。
技術的な詳細は隠されているとはいえ、実物はそこにある。蒸気機関という動力源も、その概要程度は誰もが知っていた。
「……やはり、燃石を安定的に入手する手段を見つけた、ということでしょうな……」
「間違いありますまい。貴国も知っておりましょうが、最近、あの機関車の数が激増しているようですからな。当然、消費する燃石の量も比例して増えるはずだ」
「まさか、我らの中でその量の燃石を取引できている、とはさすがに思えませんからな」
「試算された量の燃石を今の取引レートで計算させましたが、国家予算並みの金額が毎月動いていることになりますぞ。そんな金貨を動かして、隠し通せるとはとても思えませんからな」
「然り。つまり、その取引相手は……」
「……<パライゾ>、か。そうすると、アフラーシア連合王国を占領したという情報も……」
「もしかすると、もしかするかもしれませんな。……ふむ、この情報は本国に持ち帰らなければなりますまい。いや、この場に参加できて、本当に良かった。早急に手を打たねば」
「我らも、出し抜こうとするのは控えた方がよいでしょうな。間違いなく、共倒れになりますぞ。それこそ、せめて麦の国くらいの国力が無ければ……」
逆に言うと、麦の国はここに参加する国々にとっては、共通した警戒すべき隣人ということだ。
実際、麦の国から輸入する食料に依存している国もいくつかあるのだ。
これまではレプイタリ王国という共通の脅威と相対するため、ある程度の共闘関係にあったのだが、今後はそうも行かなくなるかもしれない。
幸いなことに、レプイタリ王国は領土的野心はあまり持っていない。
だが、レプイタリ王国の関心が<パライゾ>に向いているとなると、話が変わってくるのだ。
麦の国は、典型的な陸の大国である。
これまではレプイタリ王国という障害が立ち塞がっており、その野心は押さえ込まれていた。
だが、その枷が外れたとなれば、彼の国がその南に存在する小国に牙を剥かないとは限らないのだ。
「ふーむ……なかなか難しい時代になりそうだ。我々も、そろそろ胸襟を開いて話し合う必要があるかもしれませんな」
「この場の我々は、まあ、分かっておりますからな。しかし、どうですかな。そちらの本国の方は……」
「……なかなか難しいでしょう。国王様はともかく、周りの貴族の方々は頭の硬い者が多い故……」
レプイタリ王国に派遣される外交官は、最も難しい舵取りを求められる立場にある。
それ故、そのほとんどが非常に優秀な者達だ。
国元の思惑がどうあれ、現場レベルでは団結と言っていいほどの仲にあった。
もちろん、国同士の関係はまた異なる。国家同士で、隣国と仲が良いというのはレアケースだ。
それでも、レプイタリ王国という大国と渡り合うためには、事前の団結が必須だったのである。
「<パライゾ>が、我らに牙を向けなければ良いのだが……」
「全く情報がありませんからな……。より注意しなければなりませんな」
こうして、南の小国家群も大きな歴史のうねりに巻き込まれていくのだった。
存在感が特になかった小国家群。ここにスポットライトを当ててみました。
たぶんこれから、とても大変な目にあうことになるんでしょうねえ……。