第345話 生産施設がドン
「超大型建造ドックの建設を開始しました。ドック数は3。また、大型建造ドックを追加で3箇所。大型建造ドックは全部で6箇所になります」
第二要塞近くの海岸に、巨大なドックの建設が始まった。
大戦艦、および母艦の建造を行うためのものと、現在主力のフリングホルニ級戦艦、ナグルファル級航空母艦を追加建造するためのものだ。
ここにきて、一気に海上戦力を充実させるため、建造施設も増設することにしたのだ。
「あわよくば第2艦隊、第3艦隊も同時運用できるようにしたいけど、さすがにそこまで資源はないかしらねぇ……」
「即時投入は難しいと思われます。周辺で何も問題が発生しなければ、あるいは。とはいえ、他の大陸も北大陸も、何事も無くというのは考えにくいでしょう。対応には、相応のリソースを必要とします。艦隊建造を優先すると、突発的な事象の対応が難しくなります」
ただ、<リンゴ>の言うとおり、大型艦を連続生産可能なほどの資源産出量にはなっていない。巨大な戦艦や空母を建造する場合、数十万トンの鉄が必要になる。現状の産出量で、全ての建造ドックを常時稼働させるのは流石に無理だ。
もちろん、建造速度があまりにも早すぎるから、というのが問題の一端ではあるのだが。
「そのあたりは、いい感じに調整してちょうだい。大戦艦は、1番艦は<ザ・ツリー>と北大陸の護衛にまわすのよね。派遣は2番艦以降だっけ?」
「はい、司令。1番艦は運用データ収集と不具合の早期発見を期待して、<ザ・ツリー>周辺での活動を想定しています」
そして、<リンゴ>はさらっと<ザ・ツリー>の戦力増強を実行していた。一応、1番艦は試験運用に使用するという強固な建前はあるのだが。
「オッケー。次は衛星だけど……」
司令席のイブはそう呟きながら、忙しく作業をしているアカネとオリーブに視線を向けた。
一応、身体を動かさずに作業はできるのだが、実際に手を動かしたほうが頭脳装置へ良好な刺激があるらしいので、非常時でも無い限り、彼女らは動き回っていることが多い。
「衛星と往還機の製造は順調ねぇ……。射場が少ないから、増設するのね。一気に投入するなら、発射台は数がいるものね。往還機だから、帰ってきた機体を回収する場所も必要と……」
ふむふむ、と頷きつつ、イブは資料をスクロールさせる。
そんなお姉さまを、資料を作ったオリーブが、チラチラそわそわと気にしていた。
「まあ、静止軌道に持って行くのも時間が掛かるわよね。あ、地上から視認されないように隠蔽機能も付けるのか。まあ、そりゃそうよねぇ。数が増えたら、バレる可能性も高くなるもの」
今回投入予定の衛星は、全てにステルス機能が付与されている。これは、脅威生物などの敵対的生物ないし他の文明から衛星の姿を隠すためのものだ。
視認されにくいよう地上面に能動隠蔽盾を装備し、かつ恒星光を地上側に反射しないよう構造体に傾斜を設けている。
また、電磁波的にも、極力自身から電磁波を発振しない、反射しないようにするため、電磁波吸収フィルムで全体を覆っていた。
もちろん、通信にも電波を極力使用しない仕様となっている。
「これだけ気を付ければ、まあ、まず見えないでしょ。むしろ、これでやられたらお手上げよね」
現状の技術ツリーで実現可能な、最大の隠蔽を施しているのだ。もちろん、コストを度外視すればまたまだ上は目指せるが、運用機数が著しく制限されてしまう。
いわゆる、最大のコストパフォーマンスでの対応ということだ。
「こうなると、マスドライバーか軌道エレベーターがほしいわねぇ……」
打ち上げの詳細を確認しつつ、イブはぽつりとそうこぼした。
往還機を使用した打ち上げは、コストもそうだが、打ち上げ重量にかなりの制約があるのだ。
地上で、あるいはレールを使って加速できる形の打ち上げ機構と比べると、ロケットは高コストで、かつ軌道投入重量が少ない。
もちろん、軌道エレベーターなどの高度建築物の建設コストと比べれば、一概に高コストとまでは言えないのだが。
「さすがに軌道エレベーターは目立ちすぎるしねぇ……」
軌道エレベーターは、その構造上、静止軌道まで構造体を接続する必要がある。端的に、非常に目立つのだ。
また、敵対勢力からの攻撃に対して脆弱である、という問題もある。
「マスドライバーも、加速度に耐えられる貨物しか打ち上げできません。当面、打ち上げはロケットを使用する必要があるでしょう」
マスドライバーは、地上施設で加速させた貨物を空中に放り出すことで宇宙に飛ばす設備である。
大気の抵抗まで計算して惑星脱出速度を確保する必要があるため、射出速度は非常に大きなものになるのだ。
通常は円形にループさせたレール上で加速させることになるのだが、加速中に発生する加速度、および遠心力は、対象の貨物に大変な負荷を掛ける。
円形レールの半径にもよるが、1,000G~2,000Gという遠心力が掛かるため、生体や精密機器を打ち上げることはできないのだ。
もちろん、過大なGが掛かっても問題ない資材運搬などであれば、将来的には絶対に必要となる設備ではあるのだが。
「衛星の運用がうまくいったら、マスドライバーに手を出してもいいかもしれないわね。陸上に本格的な本拠地を確保できれば、そのあたりも検討していかないと……」
「周辺に対抗可能な規模の敵対勢力が無いのであれば、運用も可能でしょう」
そんな未来の展望を語りつつ、イブは世界地図を表示する。
「艦隊派遣するなら、海上航路も設定していかないとねぇ。どこまで調べてるんだっけ?」
「はい、司令。おおよそ、周囲3,000km程度の海域は調査済みです」
<リンゴ>の回答と共に、調査済範囲が地図に追加された。
3,000kmというのは、生身の人間にとっては非常に長大な距離だ。
だが、この惑星規模で言うと大した範囲では無い。
ほぼ未調査、といってもいい大きさだ。
「海域は後回しにしてたからねぇ……」
「お姉さまお姉さま! 本格調査ということであれば、ブイの放流とか調査機械の派遣もやりたいんですけども! どうでしょう!」
首を傾げるイブに、アサヒがここぞとばかりに手を挙げながら叫んだ。
「ああ、そうね。元々は、慎重にしたいしバレたくないからってことで手を出さないようにしてたものね。<リンゴ>、どうかしら?」
「はい、司令。現状の防衛戦力であれば、何らかの介入があったとしても対応できると考えています。自動機械を大々的に使用しての調査も、問題ないかと」
<リンゴ>の回答に、ふむ、とイブは頷いた。
脅威生物を含め、他の敵対的勢力との接触を避けるため、北大陸以外には慎重に対応するようにしていたのだ。
だが、そろそろ、その枷は外してもいいだろう。
それだけ、<ザ・ツリー>は大きくなっている。
「オーケー。アサヒ、調査はあなたに任せるわ。アカネもお手伝いできるかしら?」
「はい、お姉さま。問題ない」
「よーし、では早速やっちゃいましょう! 海流が不明確なところにブイを放流しますね! 光発電式偵察機も飛ばしちゃいましょうかねぇ!」
イブの許可をもらったアサヒが、ウキウキで指示を飛ばし始める。
光発電式偵察機はアップデートを重ねつつ、現在も<ザ・ツリー>の領空で大量の情報をやりとりし続けている空のインフラだ。
だが、人工衛星や大型ドローンにその役割を移しつつあるため、運用機数がだぶつきつつあった。
それらの余剰機体を、海洋調査に回すのだ。
「<リンゴ>、<ケストレル>を増産してもいいですか! 海洋調査にはもってこいですので!」
「許可します。5-16番生産ラインを開放します。適宜調整しなさい」
「おー、太っ腹!」