第342話 Sisters party
「アグリオスおよびハイペリオン、イアペトス、クロノス、<ザ・ツリー>の管制下に入りました。周回軌道を設定。全ての制御を掌握しました」
「アグリオスというと……2番艦ね。エレムルス・ツーと、ウェデリア・ファイブ、ウェデリア・シックス、ウェデリア・セブン、ウェデリア・エイト。すぐに人形機械に接続するのかしら?」
「はい、司令。既に接続シーケンスを進めています」
今日は、空の女王とその騎士達を慰労するべく、<ザ・ツリー>内でパーティーが開催される日だ。
主役は、空中空母<ギガンティア>級に搭載された戦略AI<エレムルス>シリーズの4体、および空中護衛艦<タイタン>級に搭載された戦術AI<ウェデリア>シリーズの13体である。
ホスト(お世話係)はもちろん、親株にあたるウツギとエリカ。
イブはどう考えても大変なことになるため、なんの仕事も与えられていない。
当日の負担が、あまりにも大きすぎるのだ。
もちろん、この日のためにイブは身体を鍛えて備えている。主に持久力を。
「のこりは2部隊……。いつ到着だったかしら?」
「エウリュトスは1時間後。クリュティオスは2時間後を予定しています」
そして今回のパーティーでは、各AIを人形機械に直接接続させるべく、全艦を<ザ・ツリー>周辺に呼び寄せている。
接続用のドライバは、各AIそれぞれのために<リンゴ>手ずから調整済みであり、多少の習熟期間があれば全員が十分に操作できる状態だ。
現在、<ザ・ツリー>周辺には元々の直掩部隊である1番艦<ギガンティア>部隊と、さきほど到着した2番艦<アグリオス>部隊が遊弋している。外を見れば、巨人機が複数、編隊飛行を行っている様子が確認できた。
大陸のエアカバーが一時的に無くなるという問題はあるのだが、通常の飛行機械でも十分にその役割はこなせる程度に情勢は安定しているため、このパーティー開催が許可されたのだ。
<リンゴ>的には、<ザ・ツリー>の安全性が向上するため拒否する理由もない。
今後は、この空の女王を複数呼びつける理由が出来たと、喜んでさえいた。
統括AIは、本拠地に駐在させる戦力を、なんとかして増やそうとしているのである。
涙ぐましい努力であった。
「さて……、そろそろ会場に行っておこうかしら?」
「控え室を用意していますので、そちらに」
「……いや、うん、仕方ないわねぇ」
そして、イブの登場は最後。最初から会場にいると不公平感が増すため、全員揃ってから会場入りする予定だ。
お出迎えの順番も決まっている。今回は、最後に到着するクリュティオス部隊から。
なぜかというと、ギガンティア部隊はもともと<ザ・ツリー>直掩として最初から近くに居るし、アグリオスは上空を旋回している最中に、展望室にいるイブを、長時間光学カメラで視認できるからだ。
もちろん、次回開催時は順番を変えることが約束されている。
このあたりの采配は、<リンゴ>が的確に行っていた。
控え室も<ザ・ツリー>の展望階にあるため、空を見渡すことができる構造だ。
イブからギガンティア級、タイタン級が見えるのだから、優秀な<ザ・ツリー>製の自動機械達であれば、イブの姿を光学カメラに収めることも容易だろう。
さて、パーティー会場だ。
こちらは、ウツギ、エリカが主導してセッティングを行っていた。
ソファーは全員が座れる数を準備し、それぞれを適切な距離を保てるようバラバラに配置。料理はオードブル形式で、ソファーのあるテーブルとは別のテーブルに準備している。
料理を取り分け、好きな場所で食べてもらうのだ。
主催はウツギとエリカだが、もちろん他の初期姉妹達も走り回っている。<リンゴ>も、イブの傍付きであるアインをのぞき、4体の人形機械を追加で操作し設営を手伝っていた。
「――みんな! よく来たわね!」
そして、全員がパーティー会場に揃い。
満を持して、イブが登場した。
会場にいるのは、アカネ、イチゴ、ウツギ、エリカ、オリーブ、そしてアサヒ。
<リンゴ>が4体。
エレムルスシリーズの4体。
同じく、ウェデリアシリーズの13体。
合計で27体という大所帯だ。
まずは、エレムルス・フォーと同じ部隊所属のウェデリア・テン、イレブン、トウェルブ、サーティーンが前に出る。
『おねーちゃん、ただいまー!』
「はい、お帰りなさい」
5体が声を合わせて挨拶し、イブは満面の笑みで彼女らを抱き寄せる。もちろん、5体まとめてだ。
ちょっと無理があるが、こういうときのためにウェデリアシリーズ用の人形機械は小柄に設計されている。
だいたい、イブに比べて頭2つぶんくらい身長を低くしているのだ。
エレムルス用は頭1つぶんくらいに抑えているが、これは、ウェデリア達をまとめる役割をもたせた、姉のような存在であるため。与えられているAI筐体も、ウェデリア達よりも数段高性能である。
つまり、4人の子供たちと、彼女らを引率する1人のお姉さん、というグループになっているということだ。
ちなみに、背を低く設定しているのにもちゃんと意味がある。
処理能力に余裕がないウェデリア達にとっては、身体は小さい方が制御しやすいのだ。また、制御に失敗した際も、体重が軽い方が被害は少ない。イブと同程度の体格と比べると、体重は半分近くのため、何かにぶつかったり、あるいはこけたときの衝撃を抑えることができるのだ。
そんなこんなで全員の抱擁を終えた後、パーティーはイブの宣言で開始された。
先導する初期姉妹達に、ひな鳥のようにぞろぞろと付いていく主役達。
全員、<ザ・ツリー>の制服を着ているため、たいへん華やかな絵になっている。
「料理はアカネたちが張り切って準備していたから、どれも美味しいわよ。期待してね」
イブが声を掛けたエレムルス・スリーとひとかたまりのウェデリア4体。思わぬ襲撃に、5体はカチンと固まってしまう。
前回のパーティーでは感情の処理が出来ないままに流されていただけだったのだが、今回はしっかりと状況を認識できる程度に落ち着けていた、ということもあり、突然の出来事に一瞬で処理系統がパンクしたのだ。
「……さあ、好きなものを取りましょう。<リンゴ>もお願いしますね」
動けなくなってしまった彼女らの背中を優しく押すのは、頼れる次女のイチゴである。
お手伝いの<リンゴ>操る人形機械も、エレムルス達を先導し始める。
そして、そんな彼女らを、イブはニコニコししながら眺めるのであった。
それからしばらく、食事会は続いた。
人形機械へ直接接続した状態での初めての食事ということで、皆が夢中になっていたのが、イブ的には興味深いところだっただろう。
本質的に、彼女らAI達は、食事は必要としない。ただ、人形機械に備わった機能として、味覚を感じることと、食事に伴う満腹感を感じることができる神経があることで、頭脳装置が刺激されているということだ。
もっと、イブのところに押し寄せてきてもおかしくないと思っていたのだが。
ちなみに、イブが彼女らと同じソファーに座ると、全員が挙動不審になっていた。
チラチラとイブを見るとか、食事を口に運ぶことを優先して顔を上げないとか、傍から見ると緊張しまくって動けなくなっているだけなのだが、イブは子供らしい仕草と感じていたようである。自分が原因とは全く思っていなかった。
まあ、そんなドキドキイベントも、数時間するとだんだん慣れてきたようで、突撃を開始したエレムルス・ワンを先頭に、結局全員が大好きなお姉さまに突っ込んでいき、巨大なモフモフ団子が完成した。
こんなこともあろうかと、パーティー会場は土足厳禁にしてあったのだ。
イブは最後まで、<リンゴ>に先導されつつモフモフ団子の海を泳ぐことになったのだった。
本当に、持久力を鍛えていてよかった。
AI筐体の処理性能によって、与える人形機械のサイズを変更しているというお話でした。
イブちゃんを見上げる格好になるので、よりお姉さまを感じられるという副次効果付き。