第340話 人工地震
高空から高速で突入した弾頭が、設定通りの深度に到達。
搭載された高性能爆薬が、時間差で爆発した。
「計画通りの地震波の発生を確認した。解析を開始」
「解析AIは調整済ですよ、アイリス!」
8発の巨大爆弾の発生させた衝撃波は、互いに振動を増幅させながら周囲に広がっていく。
各所に投入されたセンサーがそれらの情報を詳細に記録するが、膨大なデータ量を即時転送することは出来ない。各センサーの持つ簡易解析器によってクレンジングされたデータが、速報値として集約されていく。
「1次解析データの受信中」
「変な地層なんかはなさそうですねぇ。地震波はうまく伝達されてますね!」
「センサー範囲で断層は認められない。安定した地質」
複雑な振動、反射波を解析に掛けつつ、次々に更新される情報を見てアサヒとアイリスは何やら意見交換しているようだ。
「……<リンゴ>。異変は?」
「ありません、司令」
全体の監視は<リンゴ>がフォローに入っており、少なくとも、環境を荒らしながら動くような巨大な脅威生物は居ないようだった。
「データ転送速度がよろしくないわねぇ」
「無線通信を抑制していますので、どうしても。マイクロ波よりも高周波数で、収束率の高い波長の電磁波を使用した無線通信を行うか、あるいは電磁波以外の手段を確立する必要があるでしょう」
「無線以外となると……うーん、量子通信? でも、さすがに前線の自動機械に搭載できるサイズは無理かしら」
現在、脅威生物対策として指向性の高い通信以外は厳しく制限していた。そのため、通信経路が限定的であり、前線などの広範囲に多数存在するセンサー類からの情報収集が滞るという問題が発生している。
上空に通信用のドローンを派遣できれば、秘匿性を維持しつつ大容量通信を行うことも出来るのだが、魔の森ではそれも難しいのだ。
可視光などの直進性の高い電磁波であればいいのだが、障害物に容易に遮られるという特性もあるため、なかなか頭の痛い問題である。
ちなみに、量子テレポーテーションを利用した量子通信は、光速を超えて情報伝達が可能な技術ではあるが、双方に量子もつれ状態のペア粒子が必要となる。通信する毎にペア粒子は消費されるため、通信用粒子を供給し続けなければならない。
さらに、粒子の観測装置が大型となるため、小型自動機械には搭載できないのである。
量子通信自体は、双方の間に物理的な接続が不要なため、非常に秘匿性の高い通信なのだが。
もちろん、技術ツリーを進めることで通信機の小型化は可能である。
「現時点で製造可能なものはありませんね。拠点間通信であれば実現できますが、有線通信と比べてメリットがありません」
量子通信は、光年単位で離れた拠点間でのやりとりに使用する技術だ。地上でどうこうするには、あきらかにオーバースペックである。
そして、そんな与太話をしている傍で、地中の解析は着々と進んでいた。
「お姉さま。地下の様子が分かってきた。<ザ・リフレクター>と予想される大型物体が、地下400mほどの深さに探知された」
「何か、反射率の異なる物体があるみたいですね! <ザ・リフレクター>の地下移動経路の先に存在しますので、デコイでも作られていない限りは本体でしょう!」
地震波とその反射波、各センサー間における振動の到達時間を分析することで、地下の分布がおおよそ推定できたらしい。
投影ディスプレイに表示された立体地下マップに、地層や岩盤の情報が追加される。
そして、地上から400mほど続く筒状の影に、先端に鎮座する黒い物体。
<ザ・リフレクター>が地下を掘り進み、そこまで到達したという解析結果だ。
「この棒のような影は、恐らく、<ザ・リフレクター>が掘削したことで砂状または粘土状に変化していると思われる。地震波が一部吸収されるような挙動のため、影として探知できたと考えている」
「岩盤を魔法で粉砕したか何かでしょうね! たぶん、水に沈むみたいに、自重でここまで沈んだんだと思います!」
「水みたいにって……」
そして、そんな通路の先端。
そこに、周囲の岩盤とは反射率の異なる物体が存在している。
爆弾の爆発で発生した振動のため、精度が悪く、細部の形状までは探知できていない。
だが、その物体の大きさは、<ザ・リフレクター>とほぼ同じ、という結果だった。
「まあ、位置が分かったのは朗報ね……。この状態っていうことは、動いてないのかしら?」
「はい、お姉さま。推定<ザ・リフレクター>は沈黙を保っている」
「人工地震の前のデータを洗いましたが、おかしな音や振動も拾っていません! 死んだ、とは考えにくいですし、傷を治すためにじっとしているとか、そんなところじゃないかと思いますよ!」
とりあえず。
地下に姿を消した<ザ・リフレクター>が、地中を進んで侵攻してくる、という最悪の事態にはなっていないらしい。
とはいえ、傷を治癒しようとしているのなら、治った後にどういった行動を取ってくるのかは相変わらず不明だ。
もしかすると、そのまま地中を進み始めるかもしれないのだ。
「このまま地下400mを移動されると、流石に<グラジオラス>でも厳しいんじゃ無い?」
「地下の防衛機能は、小型の魔物か、せいぜい巨大地虫を想定している。ここまで強力な脅威生物を防ぐ機能は無い」
「もしヤバい速度で動き出したら、撤退一択です! 大丈夫です、準備はしているので、4時間あれば例の魔石と障壁発生構造体は全て持ち出すことが出来ます!」
「あら……それは頼もしいというか、何というか……」
しっかり準備しているのはいいことなのだが、撤退前提というのは……まあ、仕方ないことではあるのだが。
微妙な顔をしつつ、イブは<アイリス>とアサヒの頭を撫でた。
しっかりと、その働きにご褒美をあげなければならないのだ。
「しかし、地下400mですかぁ。流石に、直接攻撃を通すのは難しいですね!」
「既存の兵器では、400mまで到達させることはできない。地中貫通弾でも、200mが限界。それに、そこまで大量の土砂を吹き飛ばせる爆弾を使ったら、大気中に放出される塵が許容量を超える可能性がある」
手持ちで最も威力の高い爆弾は、恐らく、核融合を利用する水素爆弾だろう。
だが、これを地表で爆発させたとしても、せいぜい数十mの深さのクレーターができるだけだ。
弾道弾を使用して宇宙空間から超高速の弾頭を撃ち込むことも出来るが、400mもの深さに到達させるのに必要な運動エネルギーは膨大になるだろう。
そして、そんなエネルギーをもった弾頭が地表に衝突した場合、大変な被害が発生するであろうことは容易に想像できた。
最悪、数週間から数ヶ月の間、舞い上がった塵で恒星光が遮られることになりかねない。
地中貫通弾の弾頭に核を用いても同様だ。
そもそも核の熱量程度で<ザ・リフレクター>がどうにかなる可能性は低いし、大気中に大量の塵が吹き上げられるのには変わりないだろう。
環境に与える被害が甚大であればあるほど、別の脅威生物を呼び込みかねないという、この惑星特有の問題が立ち塞がるのだ。
もちろん、最悪の場合は使用を決断できる程度の判断力を、イブは保有しているが。
少なくとも、今はその時では無い。
「……待ち、かぁ……」
「お姉さま、仕方ないと思いますよ! ここから刺激して、更に地下に潜られるなんてこともあるかもしれませんし!」
有効な攻撃手段をとれない。
恐らく、しばらくの間<アイリス>は胃の痛い思いをすることになるだろう。
イブは、しっかりと彼女のケアを行うことを心の中で決めたのだった。
ザ・ツリーが核を使わない理由にも触れています。
脅威生物相手に、どれだけ有効なのか分からない、という話ですね。




