第339話 地中の追跡
「情報収集機、現着。データ転送開始」
「お姉さま、衛星画像、出しますよ!」
作戦開始から1時間も経たないうちに、怒濤の展開。あまりの急展開にイブは頭痛すら覚えつつ、アサヒが画像を追加したディスプレイに顔を向けた。
「土煙が多いわねぇ」
「ちょーっといろいろ細工しますね!」
アサヒの指示を受けた解析AIが、衛星画像に複数のフィルターを適用。さらに、電磁波マップなど、可視光以外の複数の情報を重ね合わせることで、隠れた情報を浮かび上がらせる。
「おお、土砂が吹き上がってますね! 何らかの力で、<ザ・リフレクター>の身体の下の土が押し退けられている、って感じでしょうか!」
「何らかの力……」
「もちろん、魔法ですよお姉さま!」
眉をひそめるイブに、アサヒは元気よく返答する。
だから、魔法って何だよ。
イブの顔には、ありありとそう書かれていた。
「うーん、ちょっと待ってくださいね。時系列に確認します……」
パラパラと、表示される画像が切り替わる。
もちろん、アサヒのやっている解析操作で、ディスプレイの表示が変わる必要は無い。
イブ向けの演出である。
「そうですねぇ。まるで、下の土も岩盤も、水になったんじゃ無いかってくらい柔らかくなってるように見えます! 掘って逃げたというより、自重で沈んでいったような挙動ですね!」
「いやまあ、あの質量体積で地面に潜るってなったら、そんな挙動になるのは理解は出来るけど……」
常識的に考えて、だ。
地面に潜り込む場合、自身と同じ体積の土砂を押し退けなければ、そこに存在することはできない。
小さなものであれば、多少存在する隙間を埋める形で土砂を押し固める、という方法で潜り込むことになるだろう。
そうでなければ、土砂を掻き出し、掻き出したその空隙に身体を押し込める必要がある。
「情報収集機からのデータから推測すると、<ザ・リフレクター>が潜った地面は確かに盛り上がっていますが、派手に土砂が撒き散らされているようではなさそうです。何かドリルのようなもので掘りながら潜ったんじゃ無くて、沈んだのは間違いありませんね!」
「沈むって……。ううん、そこはいいや。突っ込んでも分からないし……。これ、追跡できる?」
「ちょーっとお待ちを。アイリス、どーですか!?」
「センサー投下中。あと7分」
アイリスによると、現在、複数の情報収集機が大量のセンサーを周囲にばら撒いているらしい。主に、地中の振動を探知するための複合センサーだ。
空中から投下された棒状のセンサーは、制動傘を展開して姿勢を安定させた後、ロケットモーターに点火して地面に突き刺さる。木々に衝突して破損するものもいくつかあったようだが、いまのところ8割ほどが狙い通りに地面に潜り込み、情報収集を開始している。
「まずは、パッシブソナーでデータを収集。有意な情報が集まらない場合は、爆薬を使用する」
「いわゆる人工地震というやつですね! 妙な脅威生物を呼び込む危険性があるので、あまり使いたくは無いんですが……」
地下に逃げてしまった<ザ・リフレクター>を追跡するため、<アイリス>は多数のセンサーの投入を開始している。
それらのパッシブ探査で場所の特定が出来ればいいのだが、出来ない場合はアクティブセンサーを使わなければならない。
ただ、地下を探査できるセンサーはほとんどない。
電波を使用するもの、あるいは超音波を使用するセンサーはあるが、せいぜい地下100m程度まで分かればいい方だ。
<ザ・リフレクター>の体高は140mほどもあり、それが現在、完全に地中に隠れている。
ということは、余裕で140m以上潜ることができるということだ。
そして、そんな能力があるのならば、当然、もっと深くに潜っているはずだ。表層にとどまる必要は無いのだから。
「仕方ないわね。ダメそうなら使っていいわ。もし、とんでもない結果になったら、大陸からの撤退も許可するわ」
地下数百mの状況を詳細に把握しようとするなら、相当大きな衝撃を与える必要がある。
未観測の脅威生物を呼び込まないとも限らない。
ただ、イブはリスクを取っての情報収集を優先するという選択を行った。
これは、脅威生物が増える可能性が低いことに加え、海洋からの資源収集が想定以上に順調である、という状況もあった。
現在、海底資源の回収は順調に拡大しており、既に<ザ・ツリー>生産資源の3割が海底開発によって賄われていた。
更に、海底開発は鋭意拡大中。
最悪、大陸の拠点を失っても、立て直しが十分に可能な状況となっているのだ。
「第一次センサー投下完了。情報収集を開始」
「さて、もうちょっと自動機械群を進出させたいところですが……。<ピーコック>みたいな脅威生物がいると厄介ですね」
<ピーコック>は、アマジオの拠点<トラウトナーセリー>へ向かう森に生息する対空型の魔物だ。
既に情報収集機が空に進出できているため、少なくともこの周辺には生息していないのだろう。
「<ザ・リフレクター>の移動に伴い、逃走している可能性もある」
「それならそれで、今のうちに拠点化するのもありかもしれませんね!」
<ザ・リフレクター>は、どうみてもこの魔の森における頂点に位置する脅威生物だ。
そんな巨体が移動してくれば、少しでも頭のある生物なら、逃げ出して当然である。
まあ、過去、<ザ・リフレクター>に戦いを挑んでいた脅威生物も観測されているが。
「実は、<ワイバーン>って頭悪いのかしら……」
「体長に比べて脳容量が少ないという解析結果は出ています! 脳の大半が身体維持に使用されていた場合、思考領域は想定よりもさらに小さい可能性はありますねぇ!」
「それでも、並の人種よりは容量が大きい。舐めてかかるのは厳禁」
逆に、半端に頭がいい故に見誤った、という可能性もあるため、たしかに予断はできない。
とはいえ、今はその話は関係ない。
「拠点化はまた別に考えましょう。要塞化しても、維持するのが大変だわ」
魔の森最前線となった<グラジオラス>要塞を思い出しつつ、イブは傍らのディスプレイを引き寄せる。
そのディスプレイには、<ザ・リフレクター>逃走地点とその周辺の情報が表示されていた。
「そろそろ情報が集まってきたかしら。地下の状況はどう?」
「結果を表示する」
<アイリス>の視線の先に、新たなディスプレイが追加される。
地下の情報を解析して構築された、地中マップだ。
「解析できたのは、地中220m程度。<ザ・リフレクター>は、ほぼ垂直に地中に沈んだと考えられる。この部分、円柱状に地質が異なる箇所。<ザ・リフレクター>が沈んだ場所」
どうやら。
<ザ・リフレクター>は、何かの作用で土を潜行可能なほどに軟らかくして沈んだ、ということらしかった。
その巨体に似合った巨大な縦穴のような構造が、地中マップにくっきりと映し出されている。
「まあ、魔法なんでしょうねぇ。土魔法と言ったところでしょうか! たしかに以前、空中に岩石を生み出して射出する、なんてことをしていましたけれども!」
そういえば、<ザ・リフレクター>と<ワイバーン>が争っていた際、アサヒはストーンバレットだなんだとはしゃいでいたな、とイブは思い出した。同時に、それを今回の地中潜行に結びつけるのはすこし難しいな、とも思ったが。
「<ザ・リフレクター>と思われる何らかの振動は感知できている。ただし、恐らく発生点が深すぎるため、解析できていない。迅速な情報収集のためには、人工地震を発生させる必要がある」
そして。
<アイリス>は、<ザ・リフレクター>のものと思しき振動を捉えていた。
だが、それを正確に分析できるほどのデータは集まらないようだ。そうなると、こちらから能動的に地震波のような巨大な振動を加える必要があるのだ。
「……。やっちゃいましょう。いいわね、<リンゴ>」
「はい、司令」
「了解した。<フリングホルニ>、大型貫通爆弾搭載ミサイルを発射する」
地中貫通爆弾、通称バンカーバスター。高強度の弾頭に守られた大型爆弾を、上空から加速させつつ地面に突入させるという力押し兵器だ。
これを複数ぶち込むことで、人工地震波を発生させるのだ。
<フリングホルニ>の垂直発射装置から、8発のミサイルが空中に飛び出した。
何か都合のいいセンサーでパパッと位置特定できればいいんですが、そうもいきません。地中は未知の世界です。探査するには、多くの労力が必要です。
そして、期待のバンカーバスターはセンサー代わりに使われます。




