第336話 Blow away!
『お姉さま。<ザ・リフレクター>の進路が確定した』
「聞くわ」
<ザ・リフレクター>の移動を確認してから、およそ18時間後。
<アイリス>からの報告に、イブも姿勢を正して聞く態勢に入った。
『要塞<グラジオラス>に向かっているのは、間違いない。進路はぶれているけど、ほぼ<グラジオラス>を指向している』
アイリスが、マップ上に<ザ・リフレクター>の移動経路を表示する。
そのプロットは、蛇行しつつも西に向かって移動を続けていた。
その先には、魔の森の前線要塞、<グラジオラス>が存在している。
『恐らく、遠方から正確に位置を特定できているわけではない。何らかの信号のようなものを捉えていると考えられる。蛇行の状態でも、ある程度別の方向を向くと戻ろうとしているように見える』
「これを見ると、まあ、間違いないでしょうねぇ。……やるしかないか」
<ザ・リフレクター>は、ほぼ明確に、要塞<グラジオラス>を目指して動いている。
これまでの経験上、これは敵対行為である可能性が非常に高い。
『<ザ・リフレクター>阻止作戦の実行を提言する』
「いいわ。実行を承認する。やりなさい」
『はい、お姉さま。<吹っ飛ばせ!>作戦を開始。戦力を移動する』
イブの号令に、<ザ・ツリー>の知性体は一斉に動き始めた。
作戦立案の中核たる<アイリス>を筆頭に、全ての自動機械が有機的に動き出す。
その様子を横目で眺めつつ、イブは<ザ・リフレクター>の輝点が表示されているワールドマップを拡大した。
「それにしても、このデカブツがこれだけ動いているとなると……」
「はい、司令。既に、魔の森内部はかなりの狂乱が確認されています。そう遠くないうちに、死の行進が発生するでしょう」
体長が280mもある、とんでもない巨体が動いているのだ。ただそれが歩くだけで、幅180mに渡って森が破壊され、更地になる。当然、そこで生活していた魔物や動物たちは、周囲に押し出されることになる。
あの山脈猪ですら、大人と子供といった見た目なのだ。
当然<ザ・リフレクター>に突っかかるような脅威生物はおらず、周囲に逃げ始めていた。
「このままだと、ピアタ帝国とレイディア王国に被害が出そうねぇ」
「大型の脅威生物が、魔の森境界を越えて押し出される可能性があります」
イブが指でなぞるのは、魔の森境界に存在するいくつかの村、あるいは町。
戦争によってかなりの町が無くなった、という問題もあるが、それでも残り続けたしたたかな場所なのだが。
「元々、魔物を抑えきれなくなってきてるんでしょう? ここでスタンピードが発生したら……」
「壊滅、でしょうね。魔の森境界が、大きく動く。人類の領土が、削られることになる」
とはいえ。
少なくとも、元レイディア王国に関しては、既に<ザ・ツリー>が掌握している。
ピアタ帝国も同様だ。
つまり、スタンピードが発生したならば、<ザ・ツリー>が動く必要があるということだ。
「初期対応は?」
「<ザ・リフレクター>の対処を最優先としています。大型兵器は動かせません。余剰戦力は、戦力予備に回した一世代前の多脚戦車やドローンですが、それらも以前の<フェンリル>戦でかなりすり潰しています」
魔の森との境界は、非常に長大だ。
その境界から魔物が溢れ出た場合、それら全てを抑える戦力を抽出するのは、現状、非常に困難だった。
「うーん……。この対応まで<アイリス>にさせるのは無理よね。<カキツバタ>は<アイリス>の補助をしてもらわないといけないし、余裕があるのは<アヤメ・ゼロ>か。これ、そろそろAIも追加しないと不味いかしら?」
「はい、司令。多様性確保という意味でも、ひとつのAIで広範囲をカバーさせるのは推奨いたしません」
戦力の運用という意味では、トップはひとつであることが望ましい。
だが、対処すべき事象が同時多発で発生した際に、処理能力が不足するのだ。
そして、それを統括する意思が一つであった場合、優先すべき事象が競合しかねない。
そうすると、全体の最適解を選択できない可能性がある。
もちろん、<リンゴ>がそれをフォローすればいいだけの話ではあるのだが、できれば局地的現象は局地担当内で片付けるのが望ましい。
「この作戦が終わったら、追加を考えましょう。今回は、そうねぇ……。イチゴ、スタンピードはあなたが対応なさい。もちろん、リソースの使用制限はしないわ」
「はい、お姉様。<リンゴ>、計算資源を使用します」
「許可します。……追加はI級を検討しましょう。アフラーシア連合王国での運用実績も積み上がっていますので」
「そうね。領土統治はI級に任せましょう」
<ザ・ツリー>のツートップがそんな話をしている間にも、各担当AIは次々に状況を更新していた。
<アイリス>は、<ザ・リフレクター>に対して、超長距離攻撃を選択している。
以前の<ワイバーン>との戦闘から、<ザ・リフレクター>の戦闘能力は非常に高い、と判定されている。
そのため、大型兵器を近付けるのは得策ではない、との判断だ。
下手に陸上戦艦などを近付けると、<ザ・リフレクター>の遠距離攻撃によって簡単に破壊されてしまう可能性が高い。
こちらの兵器を知覚させること無く、一方的に攻撃できるのが最も望ましいのだ。
そこで使用するのが、燃石搭載型のスマート砲弾だ。
これらを海上の戦艦ブレイザブリクから発砲し、成層圏から極超音速で狙撃する。
1,000km以上離れた海上からの攻撃であれば、さすがに射点を察知されることは無いだろう、というのが<アイリス>の想定だ。
アサヒもそれに同意しており、直接的に意思の介在しない攻撃になるため問題ないと判定している。スマート砲弾に搭載される制御装置にAIが使用された場合は、その限りでは無い、ということではあったが。
ただ、この方法には問題もある。
<ザ・リフレクター>が、何から攻撃されたか分からない場合、そもそもその歩みを止めることが出来ない可能性があるのだ。
今、自分が向かっている場所と全く関係の無い攻撃を受けた、と判断された場合、ただただ<ザ・リフレクター>周辺を攻撃で荒らしただけになってしまうのだ。
とはいえ、最低でも<ザ・リフレクター>の対応能力は確認することが可能だ。
<ザ・ツリー>による攻撃が有効であれば、今後の対応にも幅ができる。
「スマート砲弾、完全自律だっけ?」
『<ザ・リフレクター>には、あらかじめマーカーを仕込んでいる。指向性電波発信装置。マーカーを見失った場合は、GPS誘導を使用する』
<ザ・リフレクター>自身は、電磁波の送受信が可能な器官を持っていると予想されている。
ただ、自身の背中から外側に向けて発信される電波であれば、ある程度誤魔化せるのでは無いか、と予想されていた。
実際、現状でも定期的にマーカーになる電磁波が送信されており、それを使用することで衛星経由で<ザ・リフレクター>の正確な位置情報を把握できているのだ。
今のところ、そのマーカーを気にするようなそぶりは見せていない。
問題は、最初の攻撃が命中した場合、マーカーは失われるであろうということだろう。
とはいえ、最初の攻撃に、できうる限りの全てを詰め込む。
この攻撃で効果が無かった場合、打てる手はほぼ残されていないという悲しい事態になってしまうのだ。
「第2オプションは、飛行機械からの飽和攻撃ねぇ……。成層圏からの撃ち下ろしがダメだったら、なかなか厳しそうな内容だけど……」
「お姉さま、補足しますけど、飛行機械を使うのはこちらの敵対勢力を明示するのが目的ですよ! もちろん、攻撃力という意味ではスマート砲弾がピカイチですので!」
「ああ、なるほどねぇ」
このあたりは、もう臨機応変に対応するしか無いだろう。
とにかく、<ザ・リフレクター>の移動を止めなければならないのだ。
だんだん自立してる感を出したい。
リンゴちゃんは見守るだけがベストなんですけども。
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