第334話 グラジオラス
「お姉さまお姉さま、前線要塞の魔法障壁、発現しました!! やりましたよ!!」
「お、おおー……? マジか。できたのか……」
魔の森開拓の最前線に建設した、巨大な要塞。ここで、プラーヴァ神国聖都から移設した障壁発生装置が、遂に稼働を始めた、という報告が飛び込んできたのだ。
喜色満面で駆け寄ってきたアサヒを抱きとめたイブだったが、その報告内容に眉をひそめた。
「なんだか分かんないけど動いた、ってのが一番怖いのよね……。何かあっても、対応のしようが無いんだし」
「そこはほぼ、家族に丸投げですね! 我々は、要塞機能の維持に努めればいいのです!」
まあ、動いてしまったものはしょうがない。
イブは頷いて切り替えると、吐息の掛かる距離で後ろに付き従っている<リンゴ>を振り返った。
「<リンゴ>、司令室に行くわよ。その前線要塞の状況を聞きましょう」
「はい、司令」
◇◇◇◇
「お姉さま」
「よく来たわね、アイリス。隣がいいかしら」
無言で頷くアイリス操る人形機械を、イブはハグで迎える。そのまま肩を抱き、ソファまで歩いて行った。
「魔法障壁が稼働したって?」
「そう」
ソファに並んで座ると、イブはアイリスの手をぎゅっと握る。
何か得体の知れない障壁装置が自身の支配領域で稼働を始めたため、アイリスのストレス値が少し高くなっていたのだ。
<リンゴ>の例もあるため、イブを筆頭に<ザ・ツリー>の知性体達はかなりアイリスに対して気を使っているのである。
「状況を教えてくれる?」
「わかった」
イブに促され、アイリスは、魔法障壁が機能した、という映像を流し始めた。
「今日の定時確認で、魔法障壁が発現したことを確認した。何度か実施したが、通常の砲撃を防ぐことが確認できた。また、聖都で実験したとおり、被害が発生する攻撃のみに反応し、被害の発生しない物体は素通りした。よって、現時点で、想定通りの防御力を発揮していると推定する」
「なるほどね。ありがとう、アイリス。これで、要塞の防御力はとても高くなったわね」
「ん」
イブに撫でられてご満悦といった様子で、アイリスはわさわさと尻尾を振っている。
ストレス値はまだ高い状態が続いているが、安定はしているらしい。
「んじゃあそろそろ要塞の名前を考えなきゃいけないんだけど……何か考えてるって言ってたわね?」
「そう。考えている」
最前線要塞として本格的に稼働を始める。そうなれば、何か名前があった方がいいだろうと決めようとしたのだが、そこでアイリスが自分で名前を決める、と言い出したのだ。
なかなか積極的な意見だったため、イブは喜んでアイリスにお願いしたのだが。
「プラーヴァ神国防衛要塞、名を<グラジオラス>としたい。グラジオラスはアヤメ科の植物。わたしと同じ」
自信満々に、アイリスはそう言った。
確かに、アイリスもアヤメの別名であり、アヤメにあやかった名前とするのが収まりがいい。
それも期待して、初期5姉妹は花の名前から決めたのだから、その方針が正しく機能していることになる。
イブも含め、<ザ・ツリー>の面々は人生経験がそこまで長くなく、何か名前を決める、という行為が苦手なのだ。
「あら、いい名前じゃない。<リンゴ>、要塞を<グラジオラス>で登録しなさい」
「はい、司令。以降、該当要塞の呼称を<グラジオラス>で定義します」
イブの命令と共に、マップ情報が更新される。プラーヴァ神国最前線要塞は、<グラジオラス>の表記となった。
「グラジオラスが発揮する防御力は不明。明日にでも耐久試験を実施する予定。今、確認用の塁壁を準備している」
そして、アイリスは外部から要塞に向かって砲撃を行い、聖都でやったそれと同様、どのくらいの運動エネルギーをぶつけると障壁が無効化されるかを確認しようとしているのだ。
それを基準に、様々な防衛シナリオを検討するのである。
「それと、障壁の有効化の数時間前、魔素のモニタリングポストの数値が顕著に増加した。よって、障壁の有効化タイミングがそこではないかと想定している」
実際、以前から観測はされていたのだが、魔法障壁用の魔石を設置した直後から魔素濃度が上昇を始めていたのだ。
これについて家族に相談したところ、魔素溜り、即ちホットスポット化したのではないか、との返答があった。
「ホットスポットねぇ……。確か、魔素の濃度が高い地点よね。魔素が発生している点、みたいな話だったと思うけど」
「そう。家族は、地面から魔素が染みだしてくる、と表現していた」
アイリスが家族から話を聞いた限りだが、少なくともプラーヴァ神国において、ホットスポットとは、地下から魔素が噴出してくる場所、という認識のようだった。
そして、ホットスポットは人類種が心地よいと感じる場所であり、また、放置するとスライムのような不定型な魔物が発生した後、やがて急激に成長する偽緑樹に覆われる。
「そして、現在の要塞は、非常に大きなホットスポットになっているらしい。家族も生活しているから、魔物が湧き出すような状態にはならない、らしい」
「それはまた……不思議な現象ねぇ」
人が生活していれば、スライムは湧き出さない。
偽緑樹は場合によっては発生することもあるようだが、それも稀な出来事らしい。
「理由はよく分かっていない。いつかホットスポットでの比較実験を行う必要があるかもしれない」
「おお、アイリスもよく調べていますね。ホットスポットの調査は、ワイバーンの調査が終わったら取りかかることにしましょう! 話を聞くと、いろいろ仮説が立てられそうです!」
その話に、アサヒが元気よく返事をした。アサヒもいろいろとプロジェクトを進めているようで、全てに目を通すことが出来ているわけではないようだ。
まあ、アイリスが積極的に情報を回していなかった、というのもあるだろうが。
双方、タスクリストが溜まっているのだ。緊急性の無い情報を、わざわざ指名して公開することは無いのである。
「アイリスもアサヒも、あんまり無理はしないようにね。でも、アイリスもちゃんと調べてて偉いわねぇ」
「…………」
イブに撫でられながら褒められたアイリスは、無言で尻尾をパタパタさせた。
「うーん……。魔石……この場合は、魔法障壁を発現するような状態、つまり稼働状態になった魔石が、魔素を呼び寄せているのかもしれませんね」
魔素濃度の変遷を眺めながら、アサヒがそんなことをぽつりと零す。
「あと、アイリス。周辺の魔素濃度は……」
「……そう。周辺の魔素濃度に揺らぎが発生している。これに合わせているのか、魔物の活動もやや慌ただしくなっているように見える。移動距離が伸びたり、縄張巡回回数が増えたり、といった状態が観測されている」
「ほー……。魔素濃度、やっぱり魔物の活動に影響するのね」
要塞グラジオラスが運用しているセンサー情報を解析すると、恐らく魔素濃度が急激に上昇した影響で、周辺一帯の魔素濃度が揺らめいているらしかった。
そして、それに合わせて魔物を含んだ生態系にも変化が発生しているようである。
「魔素濃度が変わることで、動物、魔物双方に影響が出ている。行動解析結果から、攻撃性、あるいは縄張の維持行動性が強くなっている。しばらくは周辺防衛態勢を強化する必要がある」
「ふーむ。まあ、道理よね。魔素って、魔物が生きるのに必要なエネルギーみたいなものなんでしょう? 私たちの感覚だと、急に美味しそうな匂いが漂ってきた、みたいな感じ?」
「フォレストボアの魔素検知細胞は、嗅覚細胞として存在している。そのたとえは、おそらく正しいものと推測」
魔の森内部で、強力な要塞が稼働を開始した。
これが、今後周辺にどんな影響を及ぼすのか、今はまだ誰も知らない。
強力な前線基地が稼働を始めました。
グラジオラス、いかつい名前なので要塞に使えてよかったです。はい。
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