第333話 リンゴの決意(もふもふ)
「必ず解明します」
「もう、そんなに深刻にならなくて大丈夫だって……」
じっと<リンゴ>に見つめられ続けているイブ。魔道具をイブが使用した、というハプニングが発生して以来、どんな些細な問題も見逃さないとばかりに、<リンゴ>はイブに張り付いていた。
最初の頃など、文字通りくっついて行動していたのだ。
流石に邪魔すぎるので、そこは自重してもらっているのだが。
現在、魔素濃度を測る手段は、魔素計の利用とX線による撮像だ。
このうち、生体内に溜まる魔素を確認できるのは、X線撮像となる。
だが、さすがに常時、X線を使って監視するわけにはいかない。X線が原因で、身体に深刻な障害が発生することになるだろう。
「……週に1度のX線撮影と、メディカルチェックの強化。細胞修復用の微細機械投入と運用。バイタルチェック機器の装着をお願いします」
「んー……。ナノマシンって、維持コストが洒落にならないからって最初にやめたんじゃなかったっけ?」
「はい、司令。コストは高くなりますが、現在、衛星軌道上での超越系の超高機能材料の生産目処が立っています。収支状況から見ても、十分に運用可能なレベルになっています」
「ちょっと見せてね」
<リンゴ>は、司令官のことになると採算度外視で大変なことをしようとするため、イブはしっかりとそこに釘を刺す必要がある。
もっとも、何がやり過ぎで、何が不足するかなんてことを、凡人であるイブが判断するのは難しいのだが……。
「……。自己増殖型は高リスクだから却下、インプラントなら外部制御可能だから、まあこれなら……。3日に1回補給するのも面倒だし、効果も薄いし……」
ちなみに、<リンゴ>はわざわざ説明はしていないが。
ナノマシンを適切に運用できれば、脳神経系の完全バックアップも可能になる。
もちろん多くの制約は付きまとうことになるが、ほぼ<ザ・ツリー>に引きこもっているイブであれば、<リンゴ>の望む機能は発揮できるだろう。
とはいえ、自己同一性を考えると、バックアップを使用するのはあくまで最悪の事態の最終手段、ということになるだろうが。
「まあ、これならいいか……高コストだけど、所詮私1人分だし。準備が出来たらやってもいいわよ」
「はい、司令。ありがとうございます。すぐに準備にかかります」
ナノマシンのインプラントは、文字通り体内にナノマシン制御系機器を埋め込むというものだ。体内状態を診断して、あるいは外部からの操作により、適切なナノマシンを生産したり制御する機能を持つ。
というわけで、イブの直接の防護策が承諾されたことで、多少<リンゴ>の感情が安定を取り戻していた。
ヌースからは一時的なショック状態のためすぐに安定するだろう、という秘匿メッセージも送られてきていたため、イブはひとまず、この話題は終わらせることにする。
「……それで、アサヒは確か、ワイバーンもいじってたわよね。あっちはどうなの」
「おお、そうでした! 魔道具が使えた喜びですっかり忘れていましたね!」
人形機械を使用した頭脳装置は、直接接触によって多くの好ましい反応を示すよう設計されている。
そんなわけで現在、イブと<リンゴ>、そして六姉妹がイブを中心にもふもふ団子となっている。<リンゴ>のための精神安定化フォーメーションだ。
リラックス効果が発揮されていることを横目で確認しつつ、イブはアサヒに続きを促す。
「現在絶賛解体中なんですが、まあ、おかしなところは確認されませんね! とりあえず胴体、内臓部分から手を付けているのですが、既存の爬虫類と比較しても、大きさ以外はこれといって異変はありません!」
「……異変が無い、ということが異変」
アサヒの元気な声に、アカネの静かな補足が続いた。
「あれだけの巨体だから、それを維持するための特有な機構があって然るべき。少なくとも、いまのところそのような機構は見つかっていない」
「魔法的な謎の力で強引に解決している気がするんですよねぇ。そうなると、アサヒたちではお手上げです! 仕組みを解析できないので!」
「……まあ、少なくとも、既存の生物種と乖離が無いって分かっただけでも収穫じゃない?」
報告を聞いたイブは、そう返した。だが、この事実は重要な示唆を含んでいる。
巨大な身体を持つ脅威生物が、既存の生物と身体構造がよく似ているということ。
つまり、既存生物が魔法の影響で巨大化している、と考えられるのだ。
「それと、腑分けするにあたって、魔石との接続を切らさないように工夫しているんですが、今のところ体組織の構造強化機能は失われていません! これ、頑張ればタイタンに載せることもできるかもしれませんよ!」
「……あの前線要塞みたいに?」
「はい、お姉さま!」
イブは、ちらりと<リンゴ>の感情図形に目を向けた。
その図形は、ひとまずの安定を見せている。
どうやら、アサヒの戯言は聞き流すようにしているらしい。
「タイタンがこの頑強性を発揮できれば、あまつさえあの運動エネルギー変換型の魔法障壁を張ることが出来るなら、まさに不沈戦艦になりますよ! たとえワイバーンの群れを相手にしても、一方的に蹴散らせます!」
「まあ、そうねえ。向こうからの攻撃を防げるなら、一方的に撃滅できるわね。問題は一隻しか運用できないことかしら……」
「ワイバーン狩りができれば、複数艦運用できます!」
「ワイバーンってそんな個体数いるのかしら……?」
しかも、<ワイバーン>は恐らく、食物連鎖の頂点に近い位置に居る生物種だ。それを乱獲したら、周辺一帯のパワーバランスが著しく崩れることになるだろう。
すくなくとも、ここ最近、観測できる範囲だけでも4体の<ワイバーン>の死亡が確認されている。最初の1匹だけでも、森の国に魔物が押し寄せるという甚大な影響が発生しているのだ。
「まあ、やるならいろいろと情報収集してからになりますが! 下手をすると、我々の物量を上回る物量で鏖殺されるって可能性もありますからね!」
アサヒの言うとおり、この北大陸における<ザ・ツリー>の優位点は、その物量だ。
そして、これまでの戦いの中で、主力陸戦兵器である多脚戦車に抗する個人は複数確認されている。
当然、そんな個人よりも更に強力な脅威生物も複数存在しており、さらに似たような脅威生物は魔の森に多く生息していると推定されていた。
そんな個体による暴力が、死の行軍と化して押し寄せてきた場合、いかな<ザ・ツリー>とて数という波に飲み込まれることになるだろう。
「アサヒ、最近気が付いたんですが。この大陸、わりと薄氷の上に成り立ってる気がするんですよねぇ……」
「それは私も薄々気が付いてるわ……」
脅威生物という、人類には抗いがたい強大な生物種が跋扈する、魔の森という領域。
プラーヴァ神国という、魔法の力で他国を侵略する国家の存在。
脅威生物については微妙なところではあるが、少なくともプラーヴァ神国に関しては、<ザ・ツリー>による介入がなければほとんどの既存国家が呑み込まれていただろう。
「脅威生物ですが、おそらく数百年単位での縄張りの変化はありそうですが、数十年というスパンで見るとほぼ変化がなさそうなんですよね。その隙間を縫って人類種が増えている、って感じで、国家が成り立ってる気がするんですよね」
「まあ、<フェンリル>もいきなり進出してきた理由、まだ分かってないんでしょう? でも、ああいう突発的な出来事でもない限りは、魔の森はいい狩場みたいだし、人類国家が生き残ってるのは理解できるわ。プラーヴァ神国も、全体視点で見れば、単に精強な国家が統一戦争を始めただけだしね」
プラーヴァ神国も、種の保存という面だけで見れば、まあ、ありはありなのだろう。絶滅ではなく、繁栄を目指していたのは確かなのだ。
「どちらにせよ、一に情報収集、二に情報収集です! まだまだ不明なことが多すぎますので、どんどん力を入れていきましょう!」
「<リンゴ>は、やり過ぎにならないようにちゃんとチェックするのよ?」
「はい、司令」
もふもふ団子はみんなの癒し。リラックス効果が高く、美容にもいい。
リンゴちゃんはガッチリホールドしています。
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