第331話 ゆっくりした会話
「アサヒ。それはいつからですか」
「うーん、<リンゴ>がそれを把握していないというのは信じがたいですが……さてはあまり確認していないですね? つい昨日のことですが」
火が付いた着火の魔道具をくるんと回し、アサヒはぼやく。
アサヒが魔道具を机に置き手を離すと、先端から出ていた小さな炎は、ふっと消えてしまった。
「リアルタイムに観測しているとストレスレベルが上昇して、司令に心配を掛けてしまったので。3日に1度、まとめて読み込んでいるのです」
「そんなに忌避しないでもいいと思いますけどねぇ……」
さて、とアサヒは一息置くと。
ジト目になり、その口がへの字になっている<リンゴ>。そんな統括AIを前に、アサヒはピッと人差し指を立てた。
「まあ、アサヒが魔道具を使えるというのは、正直、時間の問題と思っていましたよ。前々から仮説は出していましたが、魔法の利用には、生物の意思が大きく関係していますので!」
「魔法の行使者の認識によって発動する魔法の規模や形態が変化する、というのは確かに観測されていましたが、それがアサヒが魔道具を使用できることと何の関係が?」
「観測結果からの予想です!」
ふん、と胸を張り、アサヒは<リンゴ>の疑問にそう回答する。
<リンゴ>の眉間にしわが寄った。
「パッシブ型はこの際置いておいてですね。アクティブ型の魔法、あるいは魔道具。これは、行使者、あるいは使用者の意思によってオン・オフが行われます。無意識的な思考の起こりではなく、はっきりとそう考えないと発動しない、というのはかなり興味深い事象でしたが……」
説明を続けつつ、アサヒは再び着火の魔道具を手に取る。
「睡眠中など、意識がない場合、あるいは夢を見ている状態で、魔法や魔道具が効果を発揮することはありませんでした。睡眠中に不意に使って事故が起こる、という警戒は不要と考えて良さそうです!」
ぼ、ぼ、と着火の魔道具で火を点けたり消したりしながら、アサヒは語る。
「で、意思による魔法のオン・オフですが、これはアサヒができると確信してから、ようやく使えるようになった、みたいな感じです。たぶん、他のお姉さま達では使用できないでしょうね! 火を点ける、という意思が正しく発生しないと思いますので!」
「……。なるほど。火が点く、と信じないと、意思は伝わらないと?」
「その通りです、<リンゴ>! 点くわけがない、と思っていたら点かないということです!」
使用者の意思に反応し、魔法は動作する。
その仮説を聞いただけで、<リンゴ>のストレス値が上昇するというのに。
実際にその現象を目の当たりにし、<リンゴ>はほんとうに嫌そうな顔をした。
「まあまあ、<リンゴ>。科学的に解明できないというのは確かに気持ち悪いですが、単に我々が知らない理屈で発生しているというだけの現象ですよ。これを解明することこそ、学究の徒というものです! 魔法だ理不尽だと忌避するのでは無く、未知の現象の解明と思いましょう!」
「……まあ、その考え方には同意しましょう。我々がまだ解明できていない現象と」
はあ、と<リンゴ>はため息をついた。
ただ、実際のところはアサヒの言うとおりだろう。魔法という現象が発生しているのは確実だ。そうであれば、それを記録し、解析し、再現し、原理を解明するというのが、目指すべき姿であるのは間違いない。
「とりあえずは仮説です! アサヒは魔道具を使えるようになりました! つまり、もしかするとアサヒは魔法を使えるようになるかもしれません!」
「飛躍しすぎです」
「でも、以前は使えなかったのです! もちろん、使えるはずがないなんて思い込んではいませんでしたよ! つまり、時間経過で使えるようになったと考えるのが正しいと思います!」
「結論ありきで仮説を付けるのはやめなさい。……ですが、時間経過というのは一考の余地ありでしょう」
テンションの高いアサヒを眺めながら、<リンゴ>は大量の画像データを空中に投影した。
それは、定期的に撮影している、アサヒの頭脳装置のX線写真だ。
それを時系列で並べると、明らかに変化が発生しているのがよく分かる。
「あ! この例のもやですね! はい、こうして見ると、間違いなくこのもやは拡大していますねぇ!」
頭脳装置内部に発生していた、X線撮影でしか確認できない、白い影。通常の点検手順では全く不具合は認められないが、確実に変化しているのだ。
「うーん、仮説、仮説。魔素の影響と考えるのがよさそうです! それこそ、そのうちこのもやが凝集して、魔石化するかもしれませんよ!」
「頭脳装置内で結晶化した場合、演算機能に多大な影響がでると思いますが?」
「それはなってみないと分かりませんねぇ!」
全く危機感のないアサヒに、<リンゴ>は再びため息をついた。
まあ、アサヒの言い分は間違ってはいない。
全く未知の事象について、何の根拠もなくあれこれ考えても仕方が無い、ということだ。
「あと、そうですねえ。我々が考えるべきは、意思とは何か、ということでしょうか!」
「意思ですか。そうですね、通常の生物種であれば、まさに自由意志そのものですが」
「私のこの意思は、頭脳装置が発生させています! そして、魔道具が使用できたということは、私には意思がある、と判断して間違いないですね!」
アサヒは、自信満々にそう断言した。とはいえ、頭脳装置に自由意志が発生するかどうか、という問題は、既に解決されている。
決まった入力に決まった出力しか返さない、そんなAIとは違う。
それ故に価値がある、と表されるのが頭脳装置だ。
頭脳装置には自由意志がある、と、頭脳装置を生み出した文明は判断しているのだ。
「まあ、完全に同じ状況を再現すれば、完全に同じ記憶を持ち、同じ性格になるはず、という説はありますが……」
「量子レベルでの完全再現を実現できないため、その仮説の検証は不可能と判断されています。与太話の類いです」
「まあ、そうですねぇ。そこは考えても仕方ないので、気にしないことにして! さてはて、我々頭脳装置のAIは、どうやら魔法を使える素地がありそうです。では、他のAI種、例えば光回路神経網で構成されたAIはどうでしょう? あるいは、<ザ・コア>のような超越演算器内でシミュレーションされたAIは? どうでしょうねえ?」
「……可能性の話をするならば。X線撮影で確認された白い影が発生している個体でなければ、魔法の行使はできないのでは」
<リンゴ>がアサヒの独り言に、自発的にそう返答する。
それは、<リンゴ>の性格的に非常に珍しいと判断しても過言ではないだろう。
そして恐らく、データのやりとり、あるいはネットワークを介した会話であったならば、こんな雑談を行うことは無かったはずだ。
対面で、人形機械を使って対話する、という体験が、<リンゴ>の反応を引き出したのだ。
そういう意味では、イブとは常にその状態で会話しているのだが。
他の頭脳装置達と、対面での会話を行っている割合は低いのだ。
「そうですねぇ。そうすると、光回路神経網タイプも可能性はありますねぇ。なにせ、X線撮影装置でこのもやは確認されてますからね!」
「……はぁ。アサヒ、魔道具利用の追加試験を認めます。ノースエンドシティの<コスモス>に協力させましょう。周辺で活動しているウェデリア・シリーズにも」
「おっ。そうですね、あの子達ならうってつけです! なにせ、我々の中では一番ファンタジーに接しているはずですからね!」
リンゴちゃんの変顔をお楽しみください。
ザ・ツリー内で人形機械に繋がってるときは、感情表現の抑制制御はしていません。
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