第329話 最前線要塞とあの子
鬱蒼とした木々に覆われていた小高い丘は、すっかりとその様相を変えていた。
丘を中心に半径1kmほどが切り拓かれ、全体が分厚いコンクリートで覆われている。
その外縁部は僅かに盛り上がっており、内部には多数の移動砲台が配備されていた。
一定間隔で設けられた開口部には、状況に応じて即座に多脚戦車などの重装機械が駆け出せるよう、地下通路が接続されている。
丘の内部はそのほとんどがコンクリート壁によって区切られた移動通路となっており、中心部から多数の自動機械を送り込むことができる態勢を取っていた。
例え地下に魔物が侵入したとしても、設けられた空隙や金属製のシャッターによって移動を阻害され、集まってくる多数の兵器によって十字砲火を浴びることになる。
更に、地上付近、陣地の中層にあたる箇所は生活空間が用意されており、この地に駐在する家族が暮らしていた。
脅威生物が発見された場合、待機中の家族が急行する手はずが整えられている。
そして、この要塞の中央部。
ここには、多数の大型砲と、ミサイル発射装置が設置されていた。
また、中央の地下部分には、厳重に封印された状態で核融合炉が稼働している。
その炉は、外部への影響を極力抑えつつ、要塞全体に潤沢なエネルギーを供給していた。
「ふむ。いよいよ、ね?」
「はい、お姉さま。あと5分ほどで、荷物が到着する」
魔の森最前線の要塞。これを管轄する<アイリス>は、重要なイベントの解説のため、人形機械を使用してイブへの説明を行っていた。
「しかし……ほんとにアレを移設するのねぇ……」
イブのいう『アレ』。
それは、プラーヴァ神国聖都を守り続けていた、魔法障壁を発生させる巨大魔石とその構成組織のことである。
聖都全体に張り巡らされていたその生体組織を余すこと無く掘り出し、移設中に組織が癒着しないよう丁寧にパッキングしているものだ。
現在、それを貨物列車に積み込み、前線要塞へ運び込んでいる最中なのである。
その貨物列車の映像が、正面の投影ディスプレイに映し出された。
魔物や脅威生物からの襲撃を警戒して重装甲を施された車両が、様々な物資を満載し、鋼鉄の道を走る。
プラーヴァ神国内には、現在、凄まじい勢いで鉄道網が構築されつつあった。
国境警備、各地への物資運搬。あるいは、掘り出された資源を大量に積み込み、大規模生産拠点に運び込む、長大な車列。
そして、各村をまわり、農産物を回収していく冷蔵貨車。
プラーヴァ神国内において、この鉄道網は地域全体を活性化させる血流となっていた。
映像の中、減速する貨車が前線要塞に進入していく。
大量の物資で満載になっているが、目玉はもちろん、巨大魔石と構成組織だ。
これから、この魔石を要塞の中心に据え、組織を要塞全体に張り巡らせていくのだ。
既に、要塞内部には生体組織を這わせるための管が設置されている。その管の内部には、作業用の極細マシンが待機していた。
紐状のその自動機械は、生体組織の端を掴んで管内部を這い進み、確実に要塞内部にそれを埋設する役割を持つ。
そして、今後の運用では似たような紐状自動機械が、この生態組織の監視と管理を行う予定である。
「うーむ……。相変わらず、見た目がよろしくないわねぇ……」
「この生体組織があの魔法障壁を生み出す。信じがたい」
どうやら、<アイリス>もこの魔法障壁発生装置については、不快に感じているようだ。
まあ、理屈も分からない謎の生体を、その腹の中に抱え込むようなものなのだ。
気持ち悪いと思うのも、さもありなん。
「よく分からないことがあったら、家族にちゃんと聞きなさいよ。彼らが一番、扱いには詳しいはずだし」
「分かった」
停止した貨物車両が開口し、内部に積み込まれた荷物が次々と運び出されていく。
その様子を鑑賞しながら、イブは微妙な表情をしている<アイリス>の背中を撫でるのだった。
◇◇◇◇
「ふんふんふーんふーんふふーん」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら、ファンタジーご意見番、六号<朝日>は、管制室を落ち着き無く歩き回っていた。
ここは、アフラーシア連合王国はフラタラ都市近郊に建設された基地の内部。
アサヒは、王都傍の大規模研究施設に直接接続するため、なんとか許可を得られたこの場所に来ているのである。
距離的には、直接接続が可能なギリギリだ。アサヒ本人は、もっと近い距離、できれば現場に行く事を希望していたのだが、流石に却下されたのだ。
そして、アサヒがこれから実施するのは、保管していた<ワイバーン>の解体作業である。
「さあ、ようやく。ようやく、ようやく! ようやくですよ、許可が下りました!」
アサヒはテンションをぶち上げ、両手を全力で振り上げた。
「ワイバーンの解体! 実験! 研究! 仮説は死ぬほど立てましたが、よーやく実践の時です!!」
脅威生物の死骸を使った実験は、小規模なものは継続されていたものの、アサヒの提案していた大規模なものは、不確定要素が大きすぎるとして却下され続けていた。
だが、今回。
最前線要塞に、不確定要素の塊である魔法障壁発生器官を設置する、という前例をもって、死骸の利用に許可が下りたのだった。
「とはいえ、貴重な脅威生物の身体ですからねぇ。実物をなぞって、障壁発生器官化するようなやり方を考えるのが良さそうですが……」
研究所に接続して情報をやりとりしながら、アサヒはうろうろと部屋の中を歩き回る。
無線を使用してネットワークにアクセスしているため、アサヒが直接機器を操作する、といった動作は不要だ。
他の5姉妹は作業中に大人しく椅子に座っていることがほとんどなのだが、アサヒは動き回るのが基本である。本人曰く、運動野に刺激を与えていた方が頭脳装置全体の動作効率が上がる、とのことだ。
真偽のほどは不明である。
「そうすると、やっぱり血管を利用するのがいいんでしょうねぇ。筋肉を細めに割いて利用するというのも悪くはなさそうですが。あとは、皮膚ですかね? 普通に革として細長く裂いて使ったりは出来そうです」
計測結果を改めて流し見ながら、アサヒは独りごちる。
「とはいえ、異なる組織同士を繋ぐというのは、さすがにちょっと難しそうですね。そもそも、そんな繋ぎ方をしたら別物と認識されて弾かれたりしそうです」
アサヒの接続先で、腐らないことをいいことに放置されていた<ワイバーン>が、作業場に運ばれていく。
この日のために準備していた、巨大な移動機械が、<ワイバーン>を載せて移動していた。
「うーん、ほんとに全く腐敗していませんねぇ。まあ、定期的に観察してましたから知ってますけども。血液が漏れちゃったのはもったいなかったですかね? とはいえ、穴だらけですし、塞ぐのはさすがに夢の見過ぎですね」
そんなことを喋っているうちに、<ワイバーン>の身体が所定の位置に下ろされ、固定された。
「よしっ。さあさあ、ではでは。アレの出番です!」
そして、アサヒが現地の制御AIに指示をして持って来させたのは、冒険者の町ノースエンドシティで手に入れた、<切断の剣>である。
通常、<ザ・ツリー>が脅威生物を解体するのに使用するのはプラズマカッターなどの高エネルギー装置だ。そのくらいの労力をかけないと切断もままならないのだが、超高温になるという特性上、組織が変質してしまうという問題を抱えていた。
そこで、ノースエンドシティで存在が確認された魔道具で、切断能力の高いものを入手したのである。
「さあ、これを使ってゆっくり丁寧にバラしましょうねぇ! まずは血管を露出させましょう!」
アサヒちゃん頑張る!の回。
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