第328話 魔法兵器の初投入
「J-12、有効射程距離に到達。センサー同期率、95%以上を維持。全主砲、間接照準を開始した」
「自律弾頭が選択されました。弾頭初速は、6,000m/sを予定しています」
<アイリス>は、ヨトゥン12番艦を使って飽和攻撃を加えるつもりのようだ。
通常弾頭の中に、燃石弾頭を混ぜる段取りだ。下手に狙い撃つと、避けられる可能性が高いのである。
「J-12、砲撃開始」
ヨトゥンの主砲6基6門、副砲16基64門が一斉に白煙を吐き出した。精密に制御されて撃ち出されたスマート砲弾が、微妙に軌道を制御しながら目標に向かって飛翔する。
「連続砲撃しています。<フローズ>が迎撃行動をとっています」
「J-12、火器管制レーダー起動。燃石弾頭が撃ち出された」
彼我の距離はおよそ2km。発砲からおよそ0.3秒で、砲弾は<フローズ>に到達する。
丁度、直前に飛来した砲弾を回避した直後、確実に直撃する位置に燃石弾頭が飛び込んだ。
「着弾」
燃石を覆う金属カバーが、<フローズ>の展開する魔法障壁に衝突。弾頭前後に挟まれた燃石が押しつぶされ、瞬間的に膨大な熱量が発生する。
燃石が発生させた熱量が、<フローズ>の障壁を侵食、局所的に防御機能を失ったその隙間に、後続の砲弾が直撃した。
「ダメージ確認」
映像の中、赤い煙が爆発的に広がった。極超音速の徹甲弾が、<フローズ>の背中の一部を貫通したのだ。
通常徹甲弾では牽制にしかならなかった、陸上戦艦からの砲撃。それが、明らかに大ダメージを与えていた。
「貫通を確認。快挙」
「<フローズ>の挙動が変化しました。明らかに怯んでいます」
「砲弾が直撃貫通して怯んだだけだと……?」
負傷した<フローズ>が、慌てて跳び退る。それを確認し、<ザ・ツリー>側も攻撃を停止した。
力を見せて撃退するのが目的で、駆逐までは想定していない。下手にこの<フェンリル>親子を排除してしまった場合、魔の森の氾濫を招く可能性があるのだ。
予想も出来ない強敵が出現するよりも、ある程度対応方法が確立している<フェンリル>を相手にする方がマシ、という判断である。
「損傷度合いを測定中です。胴体中央の背中付近を、弾頭が貫通したようです。周辺の毛に焦げ跡も確認できます。貫通創から推測すると、背筋の一部が損傷していますが、内臓までは到達していません。着弾時に、身を捩ったと考えられます」
アカネが解析結果を読み上げてくれた。
イブは、その微妙な攻撃結果に、なんとも言えない表情になる。
彼我の距離は、2km以内。非常に近距離で狙い撃ったにもかかわらず、それを直前で察知され、あまつさえ致命傷にならないよう避けられたのだ。
実際、この<フェンリル>という種を仕留めることができるのか。シミュレーションは繰り返しているようだが、いまだにその撃破率は50%を超えていないらしい。
「燃石弾頭1発で、後続の徹甲弾を通せるだけの障壁無効化を確認。非常に有効な弾頭」
「詳細は解析中ですが、燃石弾頭衝突箇所を中心に、直径1~2m程度、魔法障壁が無効化されるようです。障壁全体を無効化できるわけではありません」
<フローズ>が、血をだらだらと流しつつ、ゆっくりと森に向かって下がっていく。
こちらが、何か致命的な攻撃手段を持っているということを理解したらしい。
そして、不用意なことをしなければ、殺し合いにはならないということも、恐らく理解しているのだろう。
「<フローズ>、緩衝領域から撤退しました。<アイリス>が戦闘態勢の解除を宣言しました。境界警備隊は第二種戦闘配備に移行します」
「J-12、火器管制レーダーを停止。パッシブモードに移行」
<フローズ>が完全に戦意を喪失したのを確認し、展開していた自動機械群もゆるゆると包囲を解いていく。
特に、ヨトゥンのアクティブレーダーが停止したことで<ザ・ツリー>側も引き上げ始めたと察したのだろう。
<フローズ>は、森の中で踵を返し、怪我をしているとは思えない速度で走り出した。
「相変わらず丈夫ねぇ……。フェンリル種って、もっと数が居るのかしら……?」
「不明です、司令。ただ、繁殖しているのは間違いありません。複数の個体が存在すると想定した方が良いでしょう」
<フローズ>や<ヤルン>といった成体のフェンリル種は、単騎で<ザ・ツリー>の自動機械群を翻弄できる力を持っている。
現状、成体2体と幼体1体のみが確認されているが、通常時は非常に隠密性が高く、光学衛星による探査では見つけられない。
つまり、この<フェンリル>という種が、どれだけの数、この魔の森の中に生息しているのかが分からないのである。
さらに、この種は縄張を持ち、その維持に積極的だ。さらに、隙あらばそれを広げようと行動するということも判明している。
「何かがきっかけで、<フェンリル>種複数体と同時多発的に戦闘状態となった場合、防衛線を突破される可能性があります。最終的には撃退は可能でしょうが、大変な被害が発生することになるでしょう」
「それは、私もそう思うわ。今の、警戒すべき隣人って立ち位置で牽制しておくのがベストってことかしら?」
「<アイリス>は、そう判定している。<リンゴ>もそれを支持している」
<ザ・ツリー>所属の超越知性体達は、<フェンリル>に関しては現状の維持を選択していた。たとえ確実に仕留めることが出来る場面があったとしても、今回のように見逃すということだ。
「まあ、いいんじゃない。ちょっと舐められ掛けてたところに、今回の奴でしょ? いい楔になってると思うわよ」
そして、今回の結果を以てイブはその方針を追認した。今後、少なくとも<フェンリル>の縄張に接する領域については、<ザ・ツリー>は拡大を停止することになる。
◇◇◇◇
そそり立つ岸壁から、ガラガラと岩石が砕け落ちていく。
その様子を、設置されていたセンサーが克明に捉えていた。
<ザ・ツリー>は、現時点での最大の脅威である<ザ・リフレクター>を警戒している。
そのため、いくつかの自律型自動機械を派遣し、隠密状態で観測を続けていたのだ。
そして、遂に<ザ・リフレクター>が動き出したのである。
<ザ・リフレクター>は、体長280m、体高140mという巨大な亀型の脅威生物である。種族名は<霊亀>。幸いなことに、現時点では<ザ・リフレクター>以外の個体は確認されていない。
だが、この<霊亀>によく似た魔物は確認されている。
体長が、小さいものは80cmほど。大きいものは3m近い、亀によく似た魔物だ。
この魔物は<アイアンタートル>と呼ばれており、その甲殻に様々な金属を含んでいる。
アフラーシア連合王国のノースエンドシティでは、重要な金属資源として見つけ次第狩られているという、不憫な魔物だ。
そして、亀は非常に長命である。魔物の特性を考えると、その寿命が長ければ長いほど巨大化すると想定される。
魔の森の外縁部では、人間の狩人などに狩られる可能性が高く、あまり大きく育った個体は確認されていない。
だが、少し森の奥に入れば、より大きな個体が生き残っていると考えられる。
<アイアンタートル>の甲殻は非常に強靱で、高純度の合金が生体組織と複雑に組み合わさっており、非常に高い防御力を発揮する。そこに魔法の力が組み合わさるのだから、生半可な攻撃では傷すら負わせることはできないだろう。
そんな魔物が長い年月を生き延び、<ザ・リフレクター>という巨大な魔物となったのではないか、というのがアサヒの予想である。
そしてこれまで、全く動いていなかった<ザ・リフレクター>が、何の前触れも無くその身を捩った。それが緊急信号として、監視機械から発報されたのだ。
前回動きが確認されたのは、<ワイバーン>同士の争いに巻き込まれたときである。
今回、動き始めた理由は何か。
情報を受信した<リンゴ>は、即座に情報収集を開始した。
おいたする子にはお仕置きよ!という回です。
そして、最後になにやら不穏な情報が……。こわい!
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