第325話 トップ会談
「北方諸国は、なんとか落ち着いてきたようですな」
資料を流し見ながら会話を切り出したのは、レプイタリ王国総提督のアルバン・ブレイアスだった。
「一時はどうなることかと思いましたが……。報告では、プラーヴァ神国が攻勢限界に到達した、と書かれていましたが」
「どうだろうな。結局、プラーヴァ神国の内情は分からんままだ」
それに答えたのは、アマジオ・シルバーヘッド公爵。
この場には、現在実質的にレプイタリ王国の舵取りを行っている派閥のトップが集まっている。
王国内の最大勢力、レプイタリ王国海軍を率いるアルバン・ブレイアス総提督。
貴族院のトップに返り咲いた、アマジオ・シルバーヘッド公爵。
そして、国外勢力でありながら経済を掌握しつつある、<パライゾ>の全権大使、アシダンセラ=アヤメ・ゼロ。
更に、周辺海域でその力を示しつつある<パライゾ>艦隊の提督、ドライ=リンゴ。
「あちらの封鎖線も落ち着いている。これから斥候を浸透させるフェーズ」
「フェーズ……段階、でしたか。そうですな。あなた方の助力のおかげで、前線に潤沢な物資を送ることができている。人員にも余裕がありますからな」
「お前も……もう少し危機感を持たんか……?」
アシダンセラの言葉にあっさり頷いたアルバンに、アマジオはため息をつく。
とはいえ、このやりとりも既に恒例行事だ。
アルバンは既にアシダンセラ、ひいてはその背後の<パライゾ>に対し、個人的に信頼を寄せている。
そもそも、建国の父であるアマジオ・シルバーヘッドが率先して茶会を開き、国内有力者を次々に招いているのだ。
既にズブズブの関係と言っていい。
アルバンには、若い頃からアマジオ・シルバーヘッドに付いて海軍を育て上げた、という経緯がある。
そのため、アマジオ公爵が全力で交流している<パライゾ>に対し、好感情を持つというのは至極当然のことだった。
「またいつものお小言ですか。しかし、少なくとも現状、<パライゾ>の方々とは極めて誠実に取引ができていると信じていますぞ。双方の貿易量はうなぎ登りですし、無駄に敵視する必要は無いでしょう」
「アルバン殿の誠意は常々感じている。その心意気に、我々は応えたいと思っている」
「……セラ殿は、随分と餌付けされておられますからなあ」
アマジオの揶揄に、アシダンセラ=アヤメ・ゼロはふん、と鼻で笑って答えとした。そして、手元で切り分けた焼き菓子をフォークで刺すと、優雅な所作で自身の口に運ぶ。
「本日も素晴らしい出来。タルト生地の焼き加減も完璧。カスタードクリームも、雑味も無くバランスの良い甘さ。職人に感謝を伝えてほしい」
「おお、お気に召したようで何より。以前アシダンセラ様が直接お礼を伝えられてから、ずいぶんと気合いが入っているようでしてな。また次も新作を出せそうですぞ」
「それはいい。アマジオ殿、次も頼む」
「……はいはい」
早速次の茶会を催促されたが、本日の茶会も始まったばかりだ。アマジオはため息をつき、意識を走らせる。
その思考制御信号に反応し、テーブルに仕込まれた投影ディスプレイが映像を表示した。
「……さあ、今日の本題だ。問題の北方諸国への支援。しばらくは大量に輸送する必要があるから、軍の輸送艦には大いに働いてもらわねばならん」
「建材と金具が主でしたな。まあ、内海ですし、目一杯まで積んでも転覆はしないでしょう」
ちなみに、この投影ディスプレイも<パライゾ>製である。今のところ、アマジオにしか使用は出来ないが。
「建材はそれでいい。食糧やらなんやらは、当面陸路、しかも馬車で送り込む必要があるからなぁ。はやく鉄道を通したいぜ……」
アマジオは、馬車輸送の効率の悪さに大層不満があるようだった。
まあ、運べる荷物もせいぜい1t程度。<パライゾ>から供給する鋼鉄車両を使っても、結局街道の問題で5tが限界だ。
それも主要街道のみで、末端は最悪、人夫を雇って小さな荷車に載せ替える必要があるのだ。
「街道整備は、むしろ嫌がられると聞いたが」
ドライがそう口を挟むと、アマジオは額を抑えながら同意した。
「そうだ。防衛上の問題とかでな……ったく、これだから小さくまとまってる都市は面倒なんだよ」
「故に、我々がこれだけ力を付けられた、というのもあります。我が国は、ずいぶんと交通網の整理に苦心しましたからな」
街道は、国の動脈。この流れがよければ国は活性化するし、滞れば活気を失う。
これを徹底して実践し、国力を急激に伸ばしたのがレプイタリ王国だ。それは、この場に居るもの達の共通認識だろう。
「輸送用のトラックも出せるが、時期尚早?」
「あー……。あれか、スターリングエンジンとか言う。ウチじゃ整備もできんぞ、あんな精密機械。故障したら放棄ってわけにもいかんだろ?」
「加工精度の問題だけ。理論も設計も、あなた方の技術力であれば再現できる」
「技術指導のおかげでな。100年は先に進んだんじゃ無いか? ん?」
そして、これも急激に進むレプイタリ王国の技術改革。<パライゾ>による工場建設に伴い、多くの技術者がその叡智に触れ、地力を伸ばしているのだ。
「よいことでは?」
「我々からしますと、あなた方の持ち出しが多すぎるのでは無いかと、そう心配しているのです。取引というのは対等が基本。そうでなければ、いずれどこかで破綻してしまいますぞ」
「ふむ……」
アルバンにそう言われたドライは、そのままアシダンセラに視線を向ける。
この地の担当は、アシダンセラを操る<アヤメ・ゼロ>だ。
<リンゴ>は口を出さず、静観の構えである。
「双方に、価値観の違いがある。あなた方が貴重だと思うことと、我々にとって真に貴重なものが一致するとは限らない。そして、その一致しないものを取引することで、その差額で儲けるというのが貿易の基本である、と私は理解している」
「取引を行う両者にギャップがあればあるほど、価値の認識齟齬も大きくなるものだ。現状、我々パライゾと、あなた方との間には大きなギャップが存在している」
「確かに断絶があり、このままでは対話すらままならない。私は、そう判断した。故に、まずは橋を渡そうとしている。……それに、一方的な持ち出しでもない。たとえば、この焼き菓子。我々が似たような物を作ろうとすれば、多くの労力を注ぎ込む必要がある。そして私は、これらを生み出す歴史の重みを、十分に理解していると自負している」
アシダンセラの語り、ドライの相づち。その答えを聞き、アルバンはなるほど、と頷いたのだが。
「おい、セラの嬢ちゃんよお。つまり何か? 菓子がうまいから工場建てましょうってか? もう少し言葉を選べ、言葉を。食い意地張ってるだけじゃねーか」
そんなアマジオの砕けた言葉に、アルバンはやや驚いた顔をする。
アシダンセラとアマジオが、ここまで仲が良いとは思ってなかったようだ。
「失礼な、アマジオ殿。あなた方が惜しみなく歴史を開示してくれるからこそ、と言いたいのだ。それに菓子だけではない。各地域における保存食、独自の調味料。その地域の気候、植生から類推される食の進化。あるいは、食糧増産のための試行錯誤の歴史。長距離輸送手段の開発、保存技術の向上。これらに伴う、死亡率の低下、寿命の向上。その全ての記録が、我々にとって値千金である」
「8割方飯の話じゃねーか」
「馬鹿にしないでもらいたい。寿命延長は栄養失調や食中毒の減少、栄養状態改善に伴う体力増加、免疫力向上が大いに関係している。8割ではなく10割」
「おい、全部飯の話かよ!」
「単に食べるだけではもったいない。歴史だ、アマジオ殿。この焼き菓子に詰まった歴史を、私は今ここで味わっている。この繊細な味が、この国の歴史の積み重ね。つまり、私は国を食している。食い意地などといった低俗な表現はしないでもらいたい」
どや、と得意げな表情でそう語り終えたアシダンセラは、フォークで刺したその焼き菓子を口に運んだ。
アマジオも、もともとじゃれ合いのような適当な突っ込みだったのだろう。国と来たか……などとつぶやきながら焼き菓子をフォークで切り分け。
「あ、あの……申し訳ないのですが、この菓子の原料はすべてパライゾから仕入れた物でして、作り方もアシダンセラ様からうかがったもののアレンジと、職人からは聞いておりまして……」
「…………」
「…………」
その場に、気まずい沈黙が下りた。
孫に甘いおじいちゃんのようなムーブの甘鮭氏。
人生経験という尺度では、紛うこと無き祖父と孫ですね。
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