第324話 閑話(エーディア・ビースティン連合王国)
「やはり、ビースティン王は行方不明か」
「はっ。直系親族も、杳として行方が知れません。傍系はまあ、おりますが……」
「……無念ではあるが、仕方があるまい。血統は血統である。さすがに、認めるわけにはいかんだろうよ」
エーディア・ビースティン連合王国と、フランカ共和国の国境近く。
その地に、生き残った貴族達が集結していた。
国王の次に力を持つエーディア公は、エーディア地方に領地を持つ公爵の血筋だ。
一方、ビースティン地方の貴族達は、そのほとんどの当主が戦死ないし行方不明となっていた。
プラーヴァ神国の侵略戦争の矢面に立っており、そしてほとんどの領地を奪われているのだから、そうなるのは必然だろう。
逃げ延びたのは、比較的東側に位置していた領主達や、事前に避難していた血族のみ。
それも、女性や小さな子供がほとんどで、血筋以外に必要とされることはまず無いだろう。
少数ながら政治に携わっていた女性も居るには居るが、その人数もたかがしれている。
「では、ここに参加いただいた皆の認識は共有できたと考える。この時を以て、レイダール・エーディアが王の座に就く。事が事ゆえ、略式となるが、国土奪還が成った際に改めて戴冠式を行おうぞ」
「我らが王に!」
『我らが王に!!』
こうして、戦時の混乱から長らく政治的空白が発生していたエーディア・ビースティン連合王国だが、ようやくまとまりを取り戻しつつあった。
もちろん、国内勢力が互いに協力し、全会一致でこの場が開かれた――ということであれば、どんなによかったか。
「皆様方がこうして一堂に会し、王位継承も滞りなく終わったこと、実に喜ばしいですな!」
拍手が一段落したところで、朗々と喋りながら立ち上がったのは、この王権会議の主催を行った国家の代表。
レプイタリ王国外交省、エーディア・ビースティン連合王国担当官として派遣されたバリダーン・レビダルだ。
彼は連合王国内を走り回り、関係者を説得し、援助し、時には脅し、ようやく議会として運営できる状況までをお膳立てした、正に立役者。
故に、敵も多かった。
事実、幾人かの貴族は忌々しげに彼を睨んでいる。
とはいえ、だ。
彼が人事を尽くし、連合王国のために働いていることは事実。
いくら不愉快に思っていても、それを口にすれば、ここぞとばかりに爪弾きにされてしまうだろう。
「これから皆様が為すべきは、まずは領地の安定。そこからようやく、国土奪還の話ができるようになりますぞ」
「……そうは言うが、バリダーン殿。我々は、家を追い出された領民を、彼らの故郷へ戻す義務があるのだ。新天地で家を建てろと言うは易いが……」
早速とばかりに反論したのは、実際に領民を率いて撤退を成功させたとある領地の領主であった。現在は避難民としてどこぞの領地に身を寄せているが、それとて一時的なものである。
「無論。ですが、現状では兵を集め、軍を組織し、そして長期間にわたってそれを維持するには……敢えて口にしますが、あなた方にはもう、これ以上の戦いを始める余裕はありますまい」
国外の大国ゆえ。
そして、敵意を買ったとてそれをはねのける力があるからこそ。
レプイタリ王国の外交官は、痛みの伴う現実を口にする。
「国内の治安も考える必要がありましょう。食糧の生産もままならぬのでは、次々と新たな賊どもが生まれるばかりでは?」
「……」
有無を言わせぬ物言いに、貴族達は黙り込む。
言いたいことは多いだろうが、下手な反論は身を滅ぼすことになるだろう。
それを、全員が理解しているのだ。
もちろん、そうなるようにバリダーン・レビダルがあらかじめ説得して回っていたから、というのもあるのだが。
「それに、我々としても、いつまでも無償で援助というわけにはいきませんからな。……既に全ての方々にはお伝えしておりますが、我々も交易の意思はある。それをもって、まずは国内安定を目指しましょう。それでも国土奪還は、皆々様に多くの努力をしていただくことになりましょうが……。ですが、今では無い」
そうして、レプイタリ王国からの要求と、それに伴う支援の内容が発表される。
治安維持と国力回復を最優先とし、警邏隊創設と同時に常備軍の解体を行うこと。
弾薬を含む武具の供給は最低限とし、食料を含む生活必需品を中心とした支援に切り替える。
武器弾薬を絞るのは、国力を回復しないままに貴重な男手を兵として消耗しないようにするためだ。
働き手を失っては、たとえ国土奪還しても無人の野山となるだけである。
少なくとも、大地を耕し開墾できる程度の人員の準備ができない限り、取り返しても無駄だ。
そうやってそれぞれの貴族は諭され、あるいは武力で脅され、レプイタリ王国からの要求に頷くことになった。
だが、その中に少数ながら、秘密裏に武具の供給が約束された者達がいる。
彼らは、特に野心が大きく、かつ領地が東側に位置したためにあまり被害を受けていない領主達だ。
彼らはそれぞれに、秘密条約が結ばれていた。
ある程度の期間をおいて、軍事クーデターを起こすように。
そして、国内勢力を掌握後に、改めて国土奪還軍を編成するように、と。
彼らは、レプイタリ王国から言葉巧みにその野心を刺激させられていた。
今の各領主による独自の軍が編成されるようなやり方では、とてもプラーヴァ神国に対抗できない。強力な指導力をもって、一つの軍を編成する必要がある、と。
さらに、今の王家ではそのような強権は発動できず、必ず失敗すると。
それは実際に十分予想された未来であったし、軍の指揮系統を統一する必要があるのも間違いない。
だからと言って、一地方の領主が実際にできるのかというと、まあ、無理であろうと誰もが思い至るのだが。
知らぬは本人達ばかり。
レプイタリ王国によって蒔かれた種は、これから、様々な場所で芽吹いていくことになるだろう。
◇◇◇◇
プラーヴァ神国が敷く封鎖線の近くにある、とある街。
ここには周辺からの避難民がその身を寄せ、またなんとか撤退してきた兵達が防衛に当たることで陥落を免れた、珍しい都市だった。
『食料は、全員に行き渡る量を用意している! 順番に並べ!』
『家族がいる者は、受け取る際に申告せよ! 嘘が発覚した者は捕縛し、処罰する!』
『食料は、また7日後に配給を行う! 必要以上に受け取る必要はない!』
そして、そんな切羽詰まった都市に定期的に配給が届くようになったのは、ここ2ヶ月ほどのことだった。
最初は国軍だったが、徐々に彼らは人数が減っていき、現在は全く別の者達がこの配給と、場合によっては治安維持行動を行うようになっていた。
ここ3週間ほどでやってきたのは、全て、普通とは異なる者達だ。
これまで誰も見たことのない、獣の耳を頭部に付けた、見目麗しい少女達。
だが、その見た目に反して彼女らは非常に高い戦闘力を持っている。
少女自身は10〜15歳程度の背丈しかないのだが、彼女らが着込んでいる大柄な鎧によって2mを超える身長となっていた。
さらに、その膂力もとんでもない。
侮って喧嘩を売った札付きの悪漢が腕の一振りで吹き飛んだり、簡単に組み伏せられたりといった光景が繰り返されると、やがて誰も反抗しなくなっていた。
普段は粗暴な男達が黙って配給の列に並ぶという光景も、既に珍しいものではない。
『これより、病人、怪我人の診察を始める! 動けるものはこちらに並べ! 動けないものがいる場合は往診する! 我々に伝えよ!』
そして、この都市の人々が彼女らに従う最大の理由は、怪我人・病人の対応を行ってくれるからだ。
武力をもち、物資供給を行ってくれ、さらに医者まで用意してくれる。
そんな新たな支配者に、従わないという選択をする人々はほとんどいなかった。
いろんなところに仕込まれる毒、みたいな。
ザ・ツリー的には、体勢を整えるまで適当にお茶を濁せれば、みたいな気分でかき回しています。
陣頭指揮は、もちろん甘鮭氏。
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