第322話 燃石弾頭
『砲撃実験を開始』
聖都郊外、距離にしておよそ1kmほどの場所に展開した多脚戦車の一群が、その砲塔を城壁に指向する。
『第一射、発砲』
砲口から、閃光がほとばしった。プラズマ炎を纏った徹甲弾が、城壁に向けて撃ち込まれる。
鋼鉄製の弾頭が、展開された魔法障壁に阻まれた。
完全剛体に正面から衝突した弾頭は、塑性流動を起こして粉々に砕け散る。
『効果を測定。一切の影響は観測できず』
城壁を守る魔法障壁は、砲弾の威力を完全に無効化していた。
もちろん、これは最初から予想済みの現象だ。今まで散々、障壁の性能テストは実施している。
「さあさあ、お姉さま、次ですよ次!」
「落ち着きなさい、アサヒ」
その試験を見守るのは、テンションがぶち上がって身体を揺らすアサヒと、隣でその肩を抱いて動きを抑えているイブ。
アカネとオリーブはオペレータ席に着座し、流れてくるデータを眺めている。
イチゴ、ウツギ、エリカは後方の休憩スペースで、<リンゴ>が供するティーセットを嗜んでいた。
『第二射装填。燃石弾頭を選択』
そして、今回の実験の目玉。
新開発の、燃石弾頭だ。
燃石弾頭は、文字通り弾頭に燃石を仕込んだ砲弾である。
おおよそ1kgほどの燃石の塊を耐熱コーディングした鋼鉄皮膜で覆い、弾頭先端に組み込んでいる。
『第二射、発砲』
<アイリス>の言葉とともに、燃石弾頭が砲口から飛び出した。
2,000m/sという超音速で飛翔した砲弾が、城壁に直撃する。
展開された魔法障壁に衝突した燃石弾頭は、衝突面と弾頭尾部の鋼鉄の質量によって押しつぶされ、その性質通りに内包する熱量を解放した。
閃光。
一瞬で圧縮された燃石塊は、一万℃近い超高温を発しつつ消滅。周囲に存在する分子がプラズマ化し、激しく発光する。
『命中、効果測定中』
さすがに、砲弾の一発で聖都全体を守る魔法障壁がどうにかなることはない。
だが、その効果は通常弾頭とは全く異なった。
『城壁の表面に、一部ダメージを確認。燃石が放射した熱によって、表面がガラス化している』
「おおっ!」
「やりましたよ、お姉さま!!」
なんと、全てのエネルギーを遮断していたはずの魔法障壁を貫通し、燃石が発生させた熱が内部の城壁に到達していたのである。
既に実験によって予想できていたこととはいえ、砲弾としての形で効果が確認できたのは大きい。
「けっこうな熱量が通過したみたいですね! 表面がガラス化しているということは、少なくとも800℃くらいにはなってるはずですよ! これなら十分にダメージになります!」
「さすがに運動エネルギーは通らないかぁ……。でも、これだけ熱が入るなら、複数当てるだけでもいい攻撃になりそうねぇ」
『計算完了。少なくとも20%の熱エネルギーが城壁に到達していると考えられる』
そこに、センサー情報を解析していた<アイリス>が、結果を報告してきた。
『ただし、燃石の効果は0.1秒程度で、大型の脅威生物に対する危害効果は限定的。これだけで決定打とするには威力不足』
「ふーむ。まあ、そうね。赤外線で炙ってるだけってことよね?」
『そう。次は、障壁の耐久試験』
<アイリス>は冷静にそう返すと、次の試験の準備を始めた。待機していた陸上戦艦の機関出力が上がり、ゆっくりと砲撃位置に移動を始める。
「通常弾による耐久試験は何度もやっていますし、最初はただの確認です! 多少誤差はあるみたいですが!」
「掘り出して再利用するんだから、壊さないようにね……?」
『通常砲弾であれば問題ないが、燃石砲弾は城壁崩壊の危険性がある』
心配になったイブの言葉に、<アイリス>はそう返した。
ぎょっとした顔で、イブは<リンゴ>を振り返る。
「はい、司令。<アイリス>が計算済みですので、問題ありません。目標とする城壁内部に存在する魔物組織は最低限であり、例え崩壊して該当範囲の魔物組織を失っても、前線要塞への移植には支障ありません」
「……そうなの。びっくりした。じゃあ<アイリス>、危険性があるっていうだけで、問題は無いのね?」
『肯定する。試験に使用する砲弾が全て城壁に命中しても、破壊範囲は限定的。今後の作戦行動に影響はない』
「了解よ。なら、ちゃっちゃとやっちゃいましょう。魔物組織の掘り出しが終わったら、もう当分試験なんてできないでしょうし」
「魔法障壁を確認できるサンプルがありませんからね! <レイン・クロイン>の幼体はまだ成長途中で弱いですし、かといって<ワイバーン>を呼び寄せるのはさすがに怖いですからねぇ!」
アサヒの楽しそうな声に、イブは激しく反応する。
「あったり前よ! 絶対に呼び寄せたりしたらダメだからね!」
「うぬぬ……。さすがにアサヒもそこまで無謀なことは……!」
イブにぐにぐにとほっぺたを揉まれながら、アサヒは弱々しく反論した。
どうやら、本人も自覚があるようだ。
『砲撃開始』
そんな寸劇を尻目に、<アイリス>は淡々と実験手順をこなしていた。
砲撃開始の信号を受信した陸上戦艦が、左舷および中心線設置の砲台で砲撃を開始する。
『障壁無効化を確認』
多量の砲弾を受け止めて輝いていた障壁が、その効果を失った。厳密に制御された砲撃により、城壁にはほとんど影響を与えず、的確に障壁の無効化が行われたのだ。
一応、大元が生物由来の装置であるため、その時々に応じて障壁強度の揺らぎは存在している。その揺らぎも含め、<アイリス>はかなり正確にその強度の予測を行ったということだ。
『想定通りの結果を確認した。障壁が効力を取り戻すまで待機する』
魔法障壁の再展開までは数秒だが、最大強度を取り戻すには時間が必要だ。
しかも、揺り戻しのような現象も発生するため、安定させるには10分程度時間をおいた方がいい、ということも判明している。
「これは、燃石弾頭を使ったときに障壁の耐久値がどう変わるかの試験ってことよね?」
『はい、お姉さま。次は、全て燃石弾頭を使用した場合の計測を予定している』
「もし有意な差が認められれば、通常弾頭と燃石弾頭をミックスして、割合によってどう変わるかのテストも予定していますよ!」
ちなみに、今回のテストで使用する燃石量は、ここ1年ほどで諸外国と取引を行った重量の半分に達する。
今後本格的に燃石弾頭を使用するようになれば、レプイタリ王国の貿易担当者が泡を吹いて倒れるほどの大量の燃石が消費されることになるだろう。
『予定時間を過ぎた。砲撃開始』
そして、<アイリス>が引き金を引く。
僅かな時間差をもって放たれた弾頭が、連続して城壁に着弾した。
『障壁無効化を確認』
中継映像の中で、魔法障壁が弾けるように消滅する。
阻むものが無くなった砲弾が複数、城壁に突入。脆い石壁を崩壊させつつ、その膨大な熱量を解放した。
『効果測定中』
「あー。崩れちゃった……」
石積みの城壁は、超音速で衝突する砲弾に抵抗できるほどの強度は持っていない。通常砲弾より柔らかい燃石弾頭だったことで、その運動エネルギーが十分に浸透。さらに発生した超高温が周囲の石材を加熱、細かい破片は蒸発し、一部は溶解しつつ飛び散っていく。
『想定以上の砲弾が城壁に命中した。一次解析結果、発砲した燃石弾頭のおよそ半数で魔法障壁が無効化されている』
「お姉さまお姉さま!! すごい、あの障壁がたったこれだけで崩壊しましたよ! え、アイリス、ちゃんと記録できましたよね!!」
『記録されている。二次解析結果、通常弾頭の五十倍以上、八十倍以下の対障壁飽和圧力があると判定』
<アイリス>の報告に、イブはおお、と声を上げた。
データを受信したらしいアサヒも、歓声を上げて立ち上がる。
「おー! おー! これなら戦術の幅が一気に広がりますねぇ!」
こうして。
<ザ・ツリー>は、燃石弾頭という新たな武器を手に入れたのだった。
ファンタジー攻略始めました。
(謎のファンタジー物質をすごい勢いで投げつける。相手は死ぬ)