第321話 報告会と懇親会
「国境の制定も、問題なく終わったんだっけ?」
「はい、お姉様。森の国が管理していた森を境界として合意することに成功しました。現時点の森の端を暫定的な境界として設定し、そこから10kmほどを国境緩衝地帯に。アフラーシア連合王国側の境界は、メタルワイヤーによる防護柵と警備機械巡回線路を構築中です」
<フラガリア・ゼロ>は、イブの問いにそう回答した。同時に、地図と現地の作業機械からの映像も空中に投影する。
「森の国にも確認しましたが、森と荒野を往復する動物・魔物は基本的に存在しないということでしたので、国境線はメタルワイヤーによる封鎖を行っています。このメタルワイヤーは、強い圧力や破損を検知できます。警報発生箇所に速やかに警備機械を派遣する運用を想定し、飛行ドローンと鉄道移動型の大型自動機械を配備しました」
「ほほう。そうね、鉄道の方が移動能力は高いものねぇ」
通常、鉄道移動する兵器はあまり歓迎されない。移動経路が制限されるという性質状、敵の待ち伏せや遠距離攻撃を受けやすいからだ。
だが、装輪型は移動能力こそ高いものの、どうしても地面との摩擦が発生するため動力効率が悪く、また地面の状態によっては故障や破損が発生しやすい。
その点、鉄道であれば動力損失は最低限で済み、レールという整地された経路の移動に限定されるため、想定外の故障や破損は発生しにくいのだ。
警備経路が決まっており、かつ隣国からの破壊工作はあまり考えなくてよい国境警備であれば、鉄道型の大型自動機械の運用に支障は無い。
「理屈を聞くとそうなんだけど、傍から見るとロマン兵器よね……」
航空機からの格好の標的になりやすい装甲列車は、攻撃力こそ高いものの、非常に脆弱な兵器として描写されることが多い。
なにせ、同じ経路しか移動できないのだ。しかも、レールを破壊されると立ち往生するしかない。
「あくまで現地までの移動手段と割り切り、最悪の場合は搭載兵器を放出して自力で移動させることもできます。自身は固定砲台として、後方からの援護射撃と割り切れば、十分に実用的であると判定しました」
「補足しますと、鉄道自体は国境のメタルワイヤーより1kmほど国内側に設置します。直接の攻撃対象になることは考えにくい、という判断です」
「国境紛争が無いことが前提ってことね。あなたたちが有用と判断したなら、何の問題も無いわ。……それにしても、これだけ鉄道を引き回してもびくともしない資源生産量……。感無量ねぇ……」
表示されている資源消費量を眺めながら、イブはそう呟いた。
<ザ・ツリー>は世界転移後から、常に資源不足に悩まされていた。特に、大量に必要となる鉄資源。そして、活動の源となるエネルギー資源。
これらの大増産が、現在、順調に行われているのである。
鉄鉱石の鉱脈は様々な場所で次々と発見されており、油田の開発も順調。
重水素生成プラントの稼働も軌道に乗り、希少元素も採掘に伴って在庫が増え続けている。
「うーん、資源生産は当面心配は無さそうね……となると……」
イブは、<リンゴ>が気を利かせて表示した技術ツリーを手元に引き寄せた。
「天然元素の採掘は目処が立ったと。地上で合成可能な分子構造も、この感じなら、だいたい生産はできそうね?」
「はい、司令。そろそろ、技術ツリーを一段階引き上げる時期かと」
惑星上で入手可能な分子構造は、無理なく揃えることができるようになった。
次に手を出すのは、有用な分子構造の人工合成である。
「取り急ぎは、無重力合金かしらねぇ……」
「はい、司令。現状の軌道投入能力ですと、小規模な汎用プラントであれば運用可能でしょう。脅威生物の危険度を考えますと、隠蔽構造の施設になります。どうしても、規模を犠牲にせざるを得ません」
イブがつついて表示したのは、一段レベルアップした技術ツリーだ。
惑星上などに作るプラントでは、様々な製造活動に重力という枷が発生する。
特に、常に掛かることになる重力は、合金などのデリケートな素材生産に大きな影響を及ぼす。
例えば、比重の異なる素材同士を混ぜようとすると、重力によって分離してしまう。
これを無重力状態で行うことで、均等に分散させられるわけだ。
もちろん、溶鉱炉のような設備を軌道上に打ち上げるには、相当のコストが必要だ。
また、原料を軌道上に運搬し、生産した素材を再び地上に戻すという面倒なプロセスも発生する。
総じて、超高コストな素材になるということだ。
「うーん。コア部品に利用するだけなら、まあいけるか……?」
こういったプラントを準備する場合、エネルギーや素材の運搬効率を考えると、同じ場所にまとめた方がいい。
だが、衛星軌道上に大規模なプラントを浮かべると、どうしても地上から視認されてしまう。
また、生産活動に伴うエネルギーの消費により、大量の電磁波が発生する。
そうすると、例の狙撃植物などの危険な脅威生物による攻撃を誘発しかねないのだ。
もちろん電磁波遮蔽設備なども作ることはできるが、そのぶん施設は大型化してしまう。
「軌道上の方が気を遣うってのも大概よね」
「はい、司令。早々に解決すべき課題であるとは認識していますが、こればかりは……」
イブのぼやきに、<リンゴ>も意気消沈した風情でそう返した。
宇宙空間を開発するには、安全な宙域を確保する必要がある。だが、少なくとも1種類、軌道上に致命的な攻撃を起こせる生物種が見つかっているのだ。そのため、迂闊に利用できないのである。
「まあ、それはいいわ。ぼちぼち進めちゃって。担当はオリーブ? うん、あの子なら大丈夫ね」
軌道設備の打ち上げにOKを出し、イブは改めて<フラガリア・ゼロ>に向き直った。
「ごめんね、脱線しちゃって。他に報告することはあるかしら?」
「報告準備をしていたものは以上です」
「あら、そう。ありがとうね。そうねえ……他に個人的に気になることはあったりしない?」
イブの問いに、目の前の狐耳少女は首を傾げた。
<フラガリア・ゼロ>は、複数の頭脳装置を割り当てられた高性能なAI筐体を使用している。
それでも、全てを解析し、正確に予測できるほどの処理能力はない。
よって、基本的には<リンゴ>から提示されたプランに沿って行動している。
だがそれゆえに、理解はできないが<リンゴ>が正しいから、という理由で何かを実行することもあるのだ。
そして、そんな意識が、小さな不満、ストレスとなって蓄積する恐れがあった。
それをできるだけ緩和するため、こうやって定期的にイブへの報告という体でガス抜きしているのである。
「今のところは、特にありません。行動指示の背景理由については全て<リンゴ>が開示していますし、不明な点はアカネお姉様やイチゴお姉様が解釈を共有してくれます」
<フラガリア・ゼロ>の答えに、イブは頷いた。どうやら、姉妹達によるフォローがうまくされているらしい。
不完全で何事も思考速度の遅いイブが采配しなくても、うまく回るように体制が整ってきている。
AI達が相互に補完できる現状は、色々と方向性に悩んでいたイブからすると、かなり精神的負担が減って助かっていた。
まあ、本当にイブの手から離れ始めると、それはそれで心配の種になるのだろうが。
「そう。それはとてもいいことね。あなたのことも信頼しているわよ、フラガリア・ゼロ」
というわけで。
報告会が終われば、次は懇親会である。
今日はI級の頭脳装置が集まって、人工ビーチでバーベキューを行う予定なのだ。
セッティングは、初期5姉妹達が張り切ってやっていることだろう。
「さ、行きましょう。あなたは確か、森の国のお菓子が好物だったかしら。今日はお菓子は少ないけど、お肉はたくさんあるわよ。この身体だと、お肉を食べてないと落ち着かないのよねぇ……。多分あなたも、同じ欲求はあるはずよ。楽しみましょうね」
そうして今日も、イブはAI達の慰撫に奔走するのであった。
無重力合金って響き、いいですよね。
我々は重力化での生活に慣れきっているので違和感がありませんが、比重による分離ってのも面白い現象です。