第320話 グラム
「森の国の国内はおおよそ安定したようです。これからは取引量を増やしつつ、魔法関連技術の情報収集を行っていく予定です」
「キャラバンを送ってるんだっけ?」
「はい、司令。定期的に往復させています」
いつもの司令室で、イブは<リンゴ>から近況報告を受けていた。
そして、今日はもう1人。正確には、1体。
東門都市を担当する戦略AI、<フラガリア・ゼロ>が報告会に参加している。
遠隔操作ではあるが、彼女は人形機械を使用してイブの前に立っていた。
「キャラバンの構成は、核融合炉搭載電源車1台、多輪輸送車2台、多脚戦車4機、多脚地上母機<プランナー>1機です。それと、人形機械を8体。今回は、燃石利用想定のスターリングエンジンや、蒸気機関を載せています」
「報告ありがとうね、フラガリア・ゼロ。そう、熱機関を渡してるのね。反応はどう?」
「上々です」
レプイタリ王国の情報を抜き出し、この北大陸南部地方の技術レベルを推し量り、わざわざそのレベルで再現可能なモンキーモデルの熱機関を製造したのだ。
だいたい、オリーブのおもちゃである。
そしてそれらを、技術提供という形で森の国へ販売したというわけだ。
「回転動力は、風力か水力がほとんどです。蒸気機関のノウハウは、レプイタリ王国が独占しています。技術流出にも気を遣っていたようですので、森の国では実験室レベルでもまだ再現できていないようでした。とはいえ、冶金技術はそれなりのようですので、スターリングエンジンの再現も可能では無いかと考えています」
<フラガリア・ゼロ>の答えに、へえ、とイブは頷く。
「そうすると、何かしらのブレイクスルーが起こるかもしれないわね。確か、動力に使ってたのって、謎の風が発生する箱だったわよね」
「はい、お姉様。長年ほとんど進歩していなかったようですが、発動機が実用化されれば、大きな変化が発生すると思われます。アサヒが、科学技術向上に伴って魔法技術の陳腐化が発生し、技術流出を誘発できるかもしれない、と言っていました。その計画の一環です」
「……それはまた、エグいことを考えたわね……」
とはいえ。
実際のところ、観測する限りにおいて、森の国は支配階級の権力が非常に高い国家形態を取っている。
さらに、種族的に長寿命であるらしいということも分かっていた。
そのため、政治中枢である長老会の統制能力は非常に高く、政治的・経済的侵略の効果は限定的であると予想されている。
資本主義に支配された国家であれば、経済的圧力で世論を誘導することもできたのだろうが。
森の国については、そこまでは望めそうになかった。
「当たればラッキー、くらいの考えでよい、とアサヒは言っていました」
「まあ、そんな感じよね。いいんじゃない?」
だいたい交易を拡大しようにも、一番需要がありそうで、かつ安定的に消耗してくれるような品物は、軒並み拒否されてしまっているのだ。
この時点で、生活必需品を押さえるという計画は失敗している。森の国側が非常に警戒していることの表れだった。
「<ビッグモス>の素材取引は安定的に行うことができています。また、それ以外の魔道具などの取引もできました。魔法技術の収集は順調です」
そして、魔道具と呼ばれる科学技術によらない装置類も、多くの種類を輸入できている。
もともと、アフラーシア連合王国の魔導具もほとんどが森の国産だったのだ。
森の国内では一般的なものがほとんどで、また輸出にも積極的であり、特に交渉が発生することも無く交換対象にすることができている。
最初に手に入れたアフラーシア連合王国産の魔導具は、かなり簡素な構造だった。それらと比べると、森の国のものは緻密と言っていい作りをしているようだ。
「同じ機能の魔導具が複数個ありますが、それぞれの個体によって寸法が異なりました。一般普及品であっても、そのほとんどが手作業で製造されているものと推察されます」
「なるほどねえ。まだまだ大量生産の時代では無いってことかあ」
「魔法技術は驚嘆に値するものではありますが、我々の有する科学技術を凌駕するものではありません。いえ、一部は凌駕している可能性がありますが……。少なくとも、魔物による死の行軍への対応を見る限り、森の国の脅威度はそれほど高いとは言えません」
そしてそれが、<フラガリア・ゼロ>の所見である。
つまり、大量の資源を獲得しつつある今の<ザ・ツリー>であれば、相当な国力を持つであろう森の国であっても、十分に対抗できるであろうということだ。
同レベルの勢力とやり合うにはほとほと心許ないが、少なくとも現状で確認できている国家相手であれば、問題なく圧殺できる。そういう話である。
もちろん、その予定は当面ないのだが。
アフラーシア連合王国、そしてプラーヴァ神国という広大な領土を手に入れた現状、年単位で勢力拡大に支障を来す要素はない。
開発すべき土地が、まだまだたくさんあるのだ。
「森の国の国内情勢も、かなり落ち着いているようです。死の行軍も押さえ込んだようで、避難民の帰還、経済活動の再開が確認されています」
「ここに輸出相手もできたことだし、気合いが入ってるんでしょうねえ」
森の国にとって、<パライゾ>は警戒すべき隣人ではあるが、同時に救援の手を差し伸べてくれた恩人であり、かつ対等な交易を続けることができる優れた商売相手だ。
警戒しつつも、長期にわたって関係を続けたい、と考えているはずである。
「成形燃石のサンプルも提供済みです。望みの形に整形した物を大量に用意することができる、ということも伝えています」
「ああ。レプイタリ王国ほどではなさそうだけど、燃石が欲しいみたいね。これ、どのくらい埋蔵量があるのかしらねぇ……」
「不明と報告されていますが、誰かが調査しているのでしょうか?」
「うんうん、アサヒがね。どうも、うちのセンサーじゃ捉えられないとかでね。音響センサーで辛うじてそれっぽい判別できるけど、正確なデータがとれないらしくって。一応、採掘してる場所で産出量の計測はしてるから、それをベースにした予想ならできるわよ」
燃石は、森の国に対する重要な交易品だ。現在、様々な品物を取引しているが、その中でもっとも価値のあるものである。
今のところは掘り出した天然鉱石の形で取引しているが、今後は一定サイズの加工品に変えていく予定だ。
もちろん、天然のものよりも割高としているのだが、森の国側の反応はかなり良かった。
「整形品の取引が軌道に乗れば、グラム通貨の流通も可能になるかもしれません」
「おお……。そういえば、そんな紙幣を作ってたわね……」
<フラガリア・ゼロ>がそう言ったのは、主にレプイタリ王国などの西側諸国との取引で使用している、<パライゾ>が発行する紙幣のことだ。
グラム通貨。
1グラム紙幣1枚で、1gの燃石と交換できるというレートを保証している通貨だ。
ちなみに、燃石は質量が大きいほど高性能になるため、1グラムと100グラムでは、その価値は1000倍以上あったりするのだが。
もちろん、1グラム紙幣100枚を集めれば100gの燃石塊との交換は可能だ。
そういった交換を保証することで、グラム紙幣は価値を持っているのである。
このあたりは、情勢によっても価値が変わってくると予想されており、かなりアクロバティックな通貨となるだろう。
交換保証できる勢力が<パライゾ>のみであるというのも、<ザ・ツリー>にとっては非常に優位に働く通貨になるだろう。
ちなみに、レプイタリ王国では<パライゾ>からの支払いは専らグラム紙幣を使用しており、徐々に浸透しつつある。
しかも、実質的に国家の頂点であるシルバーヘッド公爵が許可しているため、今後規制される心配も無いのだ。
辺境の子達にもスポットライトを当ててあげたい。
というわけで、すごく久しぶりに出てきたフラガリア・ゼロちゃん。かわいいですね。
 




