第318話 手作業が大事
魔の森の開拓を行っている<ザ・ツリー>は、魔の森直前に築いた前線基地からおよそ6kmの距離を打通した。
ここで、共同進出している家族からの提案により、拠点要塞を建設することを決定する。
「…………」
「ノイン殿。周囲の掃討は完了した。班を通常哨戒に戻すが、問題ないか」
指揮車の足元でディスプレイを眺めていたノイン=アイリスは、話しかけてきた総主教トゥーランタに顔を向ける。
「了解した。不審な動きは探知されていない。問題ないと判断する」
「うむ」
家族は、<ザ・ツリー>では探知できない方法で、仲間同士の通信を行っている。恐らく、魔法の力を使っているのだろう。
人員の配置変更を遠隔指示したらしきトゥーランタが頷き、そのままノインの隣まで近付いてきた。
「丘というのがいい場所だ。しっかりと壁を作れば、一方的に攻撃できる」
「地形に恵まれた。もう数km進出すればもっと条件の良い山もあったが、現状ではここが進出限界だろう」
「そうだな。まだ無理をする場面ではない」
小高い丘を確保した<ザ・ツリー>の部隊は、頂上に複数の多脚戦車を展開し防衛体制を整えると、周囲の掃討を開始。家族と共同し、安全を確保した。
現在は、木々を切り倒して建設用地を確保している最中だ。
もちろん、地中に潜む魔物が残っていないかも、神経質なほどに確認している。
「しかし本当に、あなた方の建設能力は素晴らしいな。我々だけでは、そもそもここまでの進出すら無理だっただろう」
「お互い様だ。我々だけでは、森を焼き払いながらでないとここまでは来られなかっただろう」
<ザ・ツリー>と家族の共同作戦により、実にスムーズに魔の森の打通は実行されている。
労働力や防衛体制の維持、物資の輸送を<ザ・ツリー>の自動機械が請け負い、障害となる魔物の掃討や、周囲の偵察を家族が実行する。
この役割分担が非常に上手く嵌まり、迅速な展開が可能になったのだ。
現状、魔の森内部を通る道の維持、護衛は主に家族が担っている。
定期的な巡回と侵入してきた魔物の掃討により、<ザ・ツリー>の設置する各種設備が守られていた。
この主道を中心に両側に緩衝地帯を設け、最終的に家族の巡回を最低限にすることが当面の目標になるだろうか。
「魔物の侵入頻度は、いまのところ大きな変動は観測されていない。ただ、これを問題なしと取るか、異常と取るかは判断できない」
「ふむ……。ああ、なるほど。日あたりの発見数と討伐数か。感覚としては理解していたが、こういう絵にしてもらえれば、非常に理解しやすいな」
そのグラフ化されたデータを見て、トゥーランタはしきりに頷く。魔物、あるいは通常の動物の探知数と交戦数。それらの1週間移動平均は、いっそ見事なほどにフラットの線となっていた。
「現状、まだ周囲の縄張争いが落ち着いていないということだろう。我々の進出に伴い押し出された魔物達が、争いながら拡散している。押し出されたそれらが、一定数、こちらの支配領域に侵入してきているのだ。まあ、もう数週間もすれば減少していくのではないか」
「分かった。変動が観測されれば、また相談させてもらおう」
そう返答しながらノインは指を振り、ディスプレイの表示を拠点要塞の設計図に変更した。
「さて。ひとまず、これが建設予定の要塞。丘の頂点はレーザー砲台を配備し、主に対空警戒を行う想定。そこから中腹までは、対地攻撃砲台を設置。宿舎は丘の地下に建設する。生活施設は中腹より下。最外殻は、視線確保のために、金網で防壁を設置する」
「金網か。あれはいいな、強度があるし、視界を遮らない。地を這う魔物が多いから、壁をなくすことはできないと思っていたが」
コンクリートなどの基材で壁を建設すれば強度は確保できるが、小型の魔物の観測が難しくなる。特に、基部に取り付かれた場合、気付かないうちに穴を空けられていた、などといった問題が想定された。
そのため、一時的な足止めを目的とした多重金網の展開と、接敵時は金網ごとレーザー焼却と迅速な再設置という構造をとることにしたのだ。
ボアのような巨大質量に対しては効果は薄いが、これはドーザー系の自動機械で対処する。最悪、電磁投射砲で砲撃すれば吹き飛ばせるため、強固な壁は不要という判断となったのだ。
「あとは、聖都に設置されている障壁発生器の移設だけだ」
そして、この拠点要塞の目玉。
プラーヴァ神国の聖都に設置されている、魔法障壁を展開する巨大な魔石とその構造体の取り出しと移設である。
「聖壁か。あれは、我らも記録としてしか知らないからな。あなた方には苦労を掛けるが」
「問題ない。移設が完了すれば、今後、同様の構造体を増設できるようになるかもしれない」
聖都の中心に設置された巨大な魔石と、そこから都市全体に伸びる生体器官。これらを掘り出し、移送し、この拠点要塞に設置する。
そんな提案が、家族から行われたのである。
もともと、聖都は国民達のシェルターとして作られた前線都市だったようだ。それが、勢力拡大に伴い前線から遠ざかり、その用途をすっかり忘れられてしまっていたのである。
宗教的な象徴として、巡礼のルートにも設定されていたということだから、役に立たなくなっていた、というわけではないのだが。
「やはり、我々の重機を使用することはできなかった。障壁による防護の対象になってしまう」
「そうか。あれは、自身を害するものを拒絶する。あなた方の使うあの機械では、修繕の意図が伝わらないのであろうな」
そして。
現在その移設作業に取りかかったところなのだが、そこに問題が発生したのだ。
埋設されている生体器官を掘り出そうと、重機で壁を破壊しようとすると、障壁が発生するのである。
聖都は、多くの住民が暮らす都市である。
日々発生する補修作業や、建物の撤去、増改築については普通に実施できるらしい。
だが、<パライゾ>による大規模工事は、悉く弾かれてしまうのだ。
どうやら、壁を補修する、といった意思を持っての破壊であれば許容されるが、重機を使用するなど、意思の無い破壊は拒絶されてしまうらしい。
そのため、現在、人足を集めて壁を掘るという工事を始めたところだ。
その際も、意図を理解せず単に掘り返そうとすると弾かれてしまうため、しっかりと工事の目的を伝える必要があり、地味に面倒な状況となっていた。
「我々には理解しがたい現象だ」
「……あなた方は、魔法を使用できなかったな。それなのに、これほどのものを運用できるとは、敬服に値するが……」
魔法の存在が当たり前の家族達にとって、<パライゾ>の扱う自動機械群は奇妙に感じるのだろう。魔法効果を全く使用していないにもかかわらず、僧兵達よりもずっと力強く、頑丈なのだ。
もちろん、<ザ・ツリー>側から見れば、技術の粋を極めた自動機械と同等の働きをする僧兵は、脅威以外のなにものでもないのだが。
「少なくとも、今回の移設作業については、我々が責任を持って実施しよう。あなた方が直接作業すれば、なんとかなりそうな気もするが……」
「我々の個体数は少ない。聖都全体の工事を我々の手だけで行うのは不可能。まあ、神国住民の公共工事になる、問題は無い」
実は、人形機械を使えば聖都の工事は可能、という検証結果は得ていた。
しかし、そもそも、人形機械は力仕事に向いていない。それも、現状、<ザ・ツリー>が運用する人形機械は全て少女型だ。これが成人男性型であればまだやりようはあったのだが。
「この拠点で聖壁を展開できるようになれば、開拓の安全度は格段に上昇する。我々の本隊をこちらに移すこともできるはずだ。そうすれば、僧兵達の交代も楽になるし、育成も効率的にできるようになる」
家族としても、早く前線に本部を持って行きたいらしい。
彼らにとっては、聖地に近ければ近いほど、モチベーションのアップに繋がるのだ。
魔法をベースにした文明が中世ヨーロッパ風、というところに、個人技術に依存しすぎて文明が発達しないから、などの理由付けがされていることがありますが、なんかいいですよね。
それらしい理由が付いてるって、とっても重要です。
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