第317話 閑話(ピアタ帝国2)
「それで、どういった経緯でこちらに……?」
レプイタリ王国の支援軍が用意した天幕の中には、しっかりと敷物と調度品が置かれ、迎賓用と思しき机と椅子まで準備されていた。
そこで、まずは喉を潤しましょうと供されたのが、香り高い紅茶とお茶菓子である。どちらも、保存状態は非常に良いものだ。
「まあ、まあ。そう急ぐ必要もありません、殿下。これまで、随分と苦労されたでしょうからな。今日、この場だけでも、ゆっくりされてはいかがでしょう」
「そう、ですか……」
皇姉、ニアータ・ピアタは、帝室の血筋を守るため、幼い第二皇子、そして皇弟の娘を守りつつこの砦まで下がっていた。
皇帝は帝都防衛戦に最後まで残っており、そこで戦死したものと思われる。
第一皇子は、初期の国境防衛戦に出陣後、行方不明。こちらも、帝室内では戦死扱いだ。
そして、皇姉率いるこの砦の近衛隊が、ピアタ帝国における最前線の抵抗拠点となっている。
物資の問題で、これ以上後ろに下がれない、という状況ではあったのだが。
最初は数百の近衛兵が所属していたこの部隊も、度重なる撤退戦により漸減、現在は百と余名を残すばかり。
もはや玉砕しか、と覚悟を決めていたところに、この援軍の合流だった。
「しかし、プラーヴァ神国の僧兵の足は、我らの想像以上です。奴らは明日にでも、この砦に襲いかかるやも……」
「ニアータ殿下、ご安心くださいませ。プラーヴァ神国は、ひと月前よりその進軍を完全に止めております。ここからおよそ四十タルファー……十三里ですかな。その先に陣を引き、そこから出てくる様子はありません。レプイタリ王国軍の偵察部隊がそれを確認しておりますゆえ」
「なんと……!」
その情報に、ニアータは目を見開いた。
「ですが、つい先日、西のトラユア砦が陥落したと伝令が……」
「ああ……」
その言葉に、対面の男は顔を伏せた。
「トラユア砦は、残念ながら、賊徒の手によって陥落した」
そして、皇姉の疑問に答えたのは、男の隣で黙々とお茶菓子を食べていた少女の兵士だった。
いや。
この場に同席しているということは、おそらく階級を持っているのだろう。
全くの初対面ではあるが、その程度の推察は、ニアータにも可能だ。
「恐らく、脱走兵ないし敗残兵による襲撃。帝国内の秩序は崩壊しているとみていい。それも含めて、あなた方が国内勢力をまとめ、治安回復を行う必要がある」
「そのための物資は、我々レプイタリ王国が供給しましょう。まあ、そのあたりの難しい話は明日以降で構いませんよ。ですので、今日はお休みください。まずは身体を休めないことには、まともにものを考えることもできますまい」
ニアータは、この場の帝室最年長ということで、多くの責任を負っていた。幼い皇子に、そのような重責を押しつけるわけにもいかなかった。そして、蝶よ花よと育てられてきた、ようやく成人したばかりの姪に任せることもできない。
夜もろくに眠れず、手勢は減るばかり。国内は荒れに荒れ、物資調達もままならない。
近衛兵という、教育の行き届いた精鋭兵だからこそ、反乱も無くここまで辿り着いたのだ。
「少なくとも、この周辺の治安維持は我々に任せていただいて構いません。いろいろと思うことはございましょうが、まずは御身を休めることから。近衛の方々にも、ひとまず今夜は気を抜いていただきましょう。城下の街も、我々が運んできた物資でひとまず落ち着かせることができましたゆえ。ええ、これから多くを決める必要はありますが、少なくとも、明日までの支援に関しては、その対価を求めることはございません。ご安心くださいませ」
この宣言は、その先の支援に関しては対価を求める、ということに他ならないが。
それでも、ただ無償で助ける、と言われるよりは、よほど安心できるものであった。
ここに来てようやく、帝国内に残ったピアタ帝室勢力は、腰を落ち着けることができたのだった。
現状、継承権一位の皇子。
ここで、最後まで帝国内に残り抵抗を続けた、揺るぎなく帝室の権威を示し続けた正統なる後継者の勢力が、国土奪還を正式に宣言することになる。
◇◇◇◇
「なんだと。帝室の生き残り……しかも第二皇子が見つかった?」
その急報は、国土奪還軍の進軍を宣言する直前に舞い込んできた。
亡命政府からの要請を理由に軍を進めようとしていたベレルフォレスティ国に、動揺が走る。
「帝室は全滅したと聞いていたぞ! それでは、我が軍の正当性に瑕疵が付くことになるではないか!!」
「急ぎ確認を進めます! ですが、この報告は、レプイタリ王国の大使より正式に伝えられました! 事実確認を行わず軍を進めたとなると、後々問題にされかねません!」
「分かっておる! くそ、もう1日遅ければ……!」
最悪のタイミングだった。数時間後には正式に発布される予定だった、国土奪還宣言。
ここに来て、その正当性に疑義が付きかねない情報が飛び込んできたのだ。
当然、レプイタリ王国はその報告日時を正確に記録しているだろう。
聞いていなかった、という言い訳は不可能だ。
ベレルフォレスティ国は上位に数えられる国だが、南の大国、レプイタリ王国に正面から逆らえる力は、さすがに持っていない。
しかも、そのレプイタリ王国からの支援物資を当てにして、奪還軍は編成されているのだ。
支援を打ち切られた場合、国内経済へのダメージは計り知れない。
「……宣言の発布は停止せよ。レプイタリ王国と、すぐに会談を行う必要があるか……!」
その後、レプイタリ王国の大使は、ピアタ帝国亡命政府への支援打ち切りを宣告。
亡命政府に対し、国内帝室への合流を要求した。
当然、編成された奪還軍も、基本的な指揮権はピアタ帝国帝室に渡すよう要請される。指揮権を持たない軍を越境させ、かつ国内を好きに動かれるというのは、さすがに許容できないからだ。
妥協点として同盟軍としての共同作戦を求めたのだが、レプイタリ王国側は一切認めなかった。
当然、レプイタリ王国としても、ベレルフォレスティ国側の思惑などお見通しなのだ。
とはいえ。
ピアタ帝国の国土は広い。
一度無法地帯になってしまったそこを、改めて掌握するというのはなかなかの難事である。
ある程度統制が取れているであろう、ベレルフォレスティ国の兵を使いたい、という思惑もあり、レプイタリ王国側も落とし所を探っていた。
「……解放地の治安維持を?」
「ええ、ええ。さすがに統治権を渡すわけにはいかない、というのがピアタ帝国側の意思です。ですが、そもそも治安維持のための人員が不足しているのですよ。それは、誰かが担わなければならない。ピアタ帝国は現地の有力者を懐柔する方向で考えているようですが、まあ、あまりうまくはいかんでしょうな」
帝国内の話は、帝国民が片付けるべきである。今後の統治の正当性として、それは必要だ。だが、現実問題、いまの状況でそれを成し遂げるのは非常に困難だ。
多くの住民が離散し、盗賊化し、故郷を追われた難民達は至る所に住み着いている。
当然、今、誰がどこで生活しているかなど把握できない。
そんな中で、まとまった戦力を持った治安維持組織を運用できるはずがない。
そこをベレルフォレスティ国の軍が担い、それを足掛かりにして利権を獲得する、という行為を、レプイタリ王国は目をつぶると宣言しているのである。
「もちろん、無法なことをすれば他国からの視線は厳しくなりましょうが。治安維持に力を注ぎ、住民達を十分に助け、そして信頼を得ることができれば。そうなれば、住民感情がどこを向くかなどは自明ではありませんか」
「なるほど……。一考の余地はありますな。この案は持ち帰り検討させていただきましょう」
「結論は早めに。時が経てば経つほど、あなた方を招き入れる理由は小さくなりますゆえ」
人の欲は尽きず、国家は相争う。戦の種は尽きず、恨みは際限なく降り積もる。
超越知性体の欲望も肥大化していますね……もう好き勝手やってます。
抑止力?イブちゃん? ニコニコ眺めてます。
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