第316話 閑話(ピアタ帝国1)
「それで、いつ国土奪還が始まるのかね?」
男がソファに座ったところ、対面の初老男性からの第一声がそれだった。
「……陛下、そう慌てられても、予定通りにしか事は進みませんよ」
ベレルフォレスティ国のピアタ帝国対応外交官の男はため息をつきつつ、そう返答する。
「しかしだな……」
対するは、ピアタ帝国の皇弟。ピアタ帝国亡命政府で皇帝を名乗っている、行方不明となった皇帝の弟だ。
ピアタ帝国皇帝は、帝都防衛線で最後まで前線で指揮をとっており、そのまま連絡が取れなくなったという経緯がある。
相対していたプラーヴァ神国の僧軍は、もっぱら貴族や王族は皆殺しにしているという噂のため、恐らく既に生きてはいないだろう。
「やみくもに軍を派遣しても、国土奪還は成りませぬとお伝えしているでしょう? 陛下、今は雌伏の時です。我が国も、外征となると準備に時間がかかります。中途半端な軍を送っても、一部の確保が精一杯なのですよ」
「そうは言うが、もう我々がこちらに来てから、半年も経つではないか。我は軍事の専門家ではないが、三ヶ月もあれば外征の準備は整うと聞いていたぞ。さすがに時間がかかりすぎではないか」
それは、おそらくピアタ帝国における農兵動員という話なのだろう。おそらく機密情報のはずだが、まあ、この状況ではほぼ意味の無いものだ。
外交官は特に指摘すること無く、頷いた。
「他国と戦争するということであれば、当然。我が国も、迅速に準備は整うでしょうな」
「では……!」
「ですが、今のところ、我らの国土が侵されている訳でもございませんので。ご存じかと思いますが、農民の動員を行うと、その年、そして翌年の穀物収穫は激減しますぞ。特に、今は農繁期。貴国の領土奪還はもちろんお手伝いさせていただきますが、我が国の財政を傾けるわけにもいきますまい」
「……むう。では、いつ征伐に出ることができるのだ。我はいつまで待てばいいのだ!」
この皇弟。性格はそこまで酷くはないのだが、如何せん能力に問題があった。自分では動こうとせず、他人に頼るばかり。
そして、ピアタ帝国の国境が破られた際には真っ先にベレルフォレスティ国まで逃げ出したという臆病っぷりだ。逃げ足だけは早い、と言えばいいのか。
そして、そんな臆病者に付いてきた貴族達も、揃って無能ばかり。
さすがに国元ではないため大きな問題は起こしていないが、配下には相当に当たり散らしているようだ。
既にその配下達は、当初の半数がベレルフォレスティ国へ亡命という名の逃亡をおこなっており、順次帰化している最中だったりする。
そんな状況のため、亡命政府は皇弟という正統な血筋のみが残った、張り子の虎となっていた。
「今、職業軍人を訓練し、傭兵を集めている最中です。今しばらくお待ちくださいませ、陛下。準備が整った暁には、陛下を大将軍とした征伐軍を送り出しましょう。正統なるピアタ皇帝として、再び全土をその手に収めることができましょうぞ」
「むう……。まあ、分かった。よろしく頼むぞ」
「我が国にお任せください。また報告には参ります故」
外交官はそう適当に皇弟をあしらうと、慇懃に礼をして退室した。
「……やれやれ。陛下にも困ったものですな」
馬車に乗ってしばらくして、外交官はぽつりとそうこぼした。
「軍の派遣は、もう間もなくでは?」
従者にそう聞かれ、外交官は頷く。
「ええ。国土奪還軍は、もう数日で出発するでしょう。あの忌々しいレプイタリ王国の支援ではありますが、物資は潤沢。兵力も問題ありません。大義名分も、あの通りですよ。もちろん、軍は我が国主導で指揮します。なんと言っても、我々の軍なのですからな。暗愚が上に立った組織ほど悲惨なものはありませんから」
「な、なるほど……」
ベレルフォレスティ国は、ピアタ帝国亡命政府が自国内にあることを理由として、ピアタ帝国内に軍を進めようとしていた。
一応、ピアタ帝国自体はその国土の3分の2ほどをプラーヴァ神国に占領されている状態ではあるが、まだ国家として残っているという状態だ。
それを、亡命政府による統治という名分で併合してしまおうとしているのだ。
ピアタ帝国の皇弟は、皇弟という立場であったならば無難な男だった。権力は無いものの、相談役という立場で皇帝に意見することができ、またその生活も帝室によって保証されていた。
だが、帝室は既に崩壊しており、今はベレルフォレスティ国に保護されている状態。
それでも、皇弟が積極的に動いていれば、また違った歴史が紡がれていたのかもしれない。
現実は、ただただ誰かが何かをしてくれるのを待っているだけの、無能な男であった。
そして、そんな男に付いてきた貴族達も同様だ。
何もせずに甘い汁を吸っていただけの連中である。国土奪還のための具体的な行動は一切行っておらず、全てを周りが采配してくれると勘違いした愚かな男達であった。
そのため、ベレルフォレスティ国は全権委任という免罪符を言葉巧みに引き出し、その国土を貪欲に狙っているのである。
「少しでも周りから情報収集していれば、国土奪還軍の準備が整っていることくらいすぐに分かります。それを怠って、私の報告を鵜呑みにしているのですから、滑稽なものですよ」
外交官の言葉には棘があるが、実際にその通りなのだ。
市場にでも人をやり、物資の相場や世間話を集めるだけでも、国境への大規模な軍の展開が終わっていることはすぐに想像が付く。
それすらできていないのだから、ピアタ帝国の亡命政府は、無能集団として軽んじられているのである。
ただ、自分達が大義名分のためだけに生かされているということにも気付けない。
鳥かごに入れられた鳥になっているというのに、ただの見世物になっているというのに、なぜか全てが自分達の思うとおりに上手くいくと信じている、愚か者達だった。
◇◇◇◇
「おお……。その顔、間違いなく……」
「ニアータ殿下、よくご無事で……!」
ここは、ピアタ帝国のとある砦。
砦の責任者として姿を現したのは、ピアタ帝国皇帝の姉にあたる、皇姉ニアータであった。
「そなたらは……?」
「はっ。失礼いたしました。我々は、第二軍所属のルアータ防衛軍であります。恥ずかしながら、ルアータ失陥時に領主一族と脱出し、ここまでなんとか落ち延びて参りました。今は、こちらのレプイタリ王国の支援軍に身を寄せております」
戦線方面から来たその一団は、ちぐはぐな姿をした面々だった。
見るからに軍人、という体の男達。彼らは、レプイタリ王国から派遣された軍隊であると紹介されても違和感は無い。
だが、もう一つの集団。
彼女らは、明確にそれらの軍人達と一線を画していた。
頭と目元を覆う光沢のある黒い兜。身体を覆う鎧も柔らかい素材と装甲が組み合わされており、所々が謎の光をぼんやりと放っている。
何より、その体格は、明らかに少女のものであった。
それでも、異様な兜と手に持つ大型の銃器は非常に威圧感があり、小柄な少女だからといって侮ることはできないだろう。
「ご紹介いただきました、レプイタリ王国、ピアタ帝国方面支援軍、第三軍代表のバルーダ・グランディスです。帝室の方々と合流できて、本当に良かった。もし許していただけるのでしたら、こちらに合流させていただき、国土奪還のお手伝いをさせていただきたい」
「ああ、ああ……。本当に……。しかし、大変申し訳ないのですが、この砦では最低限のもてなしもできないかもしれません。建物も、人手も、食糧も、何もかも不足しているのです」
皇姉は顔を青褪めさせながら、しかしきっぱりとそう告げる。
現状をしっかりと把握しており、そして軍人が増えるというのがどういう問題をもたらすかも予想できる。
非常に優秀な女性であるようだった。
「安心してほしい」
そして、その言葉に返答するのは、傍に立っていた少女の兵士だった。
「我々は、食糧、炊事、宿舎は自前で用意している。広場さえ提供いただければ問題ない。いかがか」
閑話が増えちゃいましたが、「転」の場面なのでご勘弁を。
さりげなく、内陸の国家にまで魔の手を伸ばすパライゾ。
果たして、彼女らに対抗する手段はあるのか――(ない)。
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