第308話 空の蓋
「ちょちょちょ」
ジェット燃料に引火し大爆発したリトルオウルが、粉々になって周囲に破片をばらまいた。
「何らかの飛翔体が検知できた。高速の弾体と推定」
『お姉さま! あいつら飛び道具もってますよ!』
孔雀のような鳥の群れは、リトルオウルの爆発を見届けるとぐるりとターン。そのまま、次のリトルオウルに向けて水平飛行を開始する。
「情報収集を優先する。<スカウトA2>、レーダー照射を開始」
<トラウトナーセリー>へ向かう道中に現れた、新たな脅威。その情報を少しでも持ち帰るため、危険を承知で1機がレーダー波の発信を開始。他の2機が、その反射波の収集を行う構えだ。
だが、レーダー波が放たれた瞬間、目の前の鳥の群れが大きく姿を変えた。まるで一個の生命体のようなぬるりとした動きで、照射範囲から逃れたのだ。
歪なドーナツのような形になった孔雀の群れが、<スカウトA2>に迫る。
「レーダーの広範囲照射を行う」
『飛行型の魔物は、マイクロ波感知できるのがデフォなんですかね!?』
マイクロ波による情報収集がうまくいかなかったため、<スカウトA2>は照射モードから拡散に変更。通常のレーダーと異なり、とにかくマイクロ波を広範囲にばら撒くという機能だ。
レーダーとしての実用上は不要な機能だが、情報収集のためにそういったモードも準備していたのが功を奏した。
「接敵する」
そして孔雀の群れと<スカウトA2>の距離が500mをきり、再び黄色い光が瞬いた。
「撮影に成功。高温の飛翔体。高貫通力」
孔雀の頭部付近から射出されたオレンジ色の光の球が、一条の光線となってリトルオウルの機体を貫く。多数の光線に貫かれたリトルオウルは、ジェット燃料に引火し爆散。その様子を、高速度カメラが克明に捉えていた。
『前に<フェンリル>が撃ち出していたみたいな、高温高速の炎弾みたいですねぇ!』
「攻撃手段としてメジャーってことかしら……」
なんだかよく分からない<魔法>という現象にも、ある程度の法則があるということだろうか。
まあ、それ自体は魔法障壁という防御手段を複数の脅威生物種が保有している時点で予想されていたことではあった。程度の差はあれど、再現は可能ということだ。
「司令。機体内センサー情報の解析の結果、高温の弾体が機体を貫いたことは間違いないようです。飛翔速度はマッハ2から3程度。貫通力に優れています」
「爆発はしないのね。でも、結構命中率がよさそう……」
<スカウトA2>は、別に馬鹿正直に真っ直ぐ飛んでいたわけではない。情報収集を目的としていたため急激な機動こそ行っていなかったものの、ある程度の軌道変更は行っていた。つまり、あの孔雀たちは正確な偏差射撃をしているということだ。
「お姉さま。別の群れを探知」
そして、事態は更に悪化する。
空中の騒ぎに気付いたのか、さらに2つの同種の群れが森から飛びたったのだ。
『これは逃げ切れないですかねぇ……』
下方から急激に加速しながら、群れは<スカウト>に迫る。そして、黄色い閃光が瞬くと同時、映像が停止した。
「<スカウトA>、全機信号ロスト。撃墜されたと考えられる」
「……あの孔雀たち、どんだけ居るのかしら……」
<スカウトA>が捉えた孔雀の群れは、最終的に3つ。その総数は、少なくとも500羽。特定の地域にのみ生息しているという可能性は低いため、この規模の群れが周囲に多数存在すると予想される。
つまり、空から侵入する場合は、亜音速で上昇してくる孔雀の群れを突破する必要があるということだ。偵察だけなら超音速で飛べばなんとでもなるだろうが、侵攻部隊を空挺することはまず不可能だろう。
「やっぱ空はダメかぁ。地道に地上を切り拓くしかないってことね」
『タイタン級ならなんとかなるかもしれませんが、他の脅威生物が寄ってくる可能性が高くなりますからねぇ……』
全身針鼠といった風情のタイタン級であれば、あの群れを防ぎきることも可能だろう。だが、そうすると目立つタイタンやその護衛機を前線に進出させることになる。
下手をすると、あの<ワイバーン>が複数襲ってくるなどという悪夢が発生しかねない。
『レーダー封鎖状態だといろいろと支障がでますし、ここは時間を掛けて取り組むしかないですね!』
「そうね。焦ってヤバいものを引き込んだら、シャレにならないもの」
ナパーム弾頭やサーモバリック弾頭などで森を焼き払う、という手段も考えられるが、当然、非常に目立つ行為だ。フェンリルのような、総力をもってようやく追い払える程の脅威生物が襲ってくる可能性を考えると、なかなかとれる手段ではなかった。
全方位に喧嘩を売って勝てるほど、戦力が整っているわけではない。
「こいつら、アマジオさんの記録に残ってたかしら?」
「該当するのは<ピーコック>とタグ付けされた魔物でしょうか。空中での遭遇記録。地上では発見されていません」
「生息域の調査も進めて。でも、当面は道を通すしかないわね。長丁場になりそ~」
そんな出来事のあった数日後、魔の森の中を4脚2腕の自動機械、<ジャンパー>が進んでいた。
地上の偵察のため、多数のジャンパーを派遣したのだ。
<ジャンパー>は、全長2mほどの小型の機械だ。移動用に4脚を装備し、2本のマニュピレーターを持っている。
これ自体には制御用のAIは搭載されておらず、後方から電波で操作することを想定。
現在、後方1kmほどに制御用AI筐体を載せた<バックパッカー>が待機していた。
電波による制御、そして動力供給もマイクロ波を使用しているため、いつ脅威生物に襲われてもおかしくない状態だ。
その位置を誤魔化すため、有線接続で発信装置を載せた別機体を先行させ、心臓部たるAI筐体を後方で隠蔽している状態だ。
「お姉ちゃん! やっぱり周りに何か居るよー!」
「ずーっとまとわりつかれてる感じ~」
前線に偵察機として進出させたジャンパーとバックパッカー群を制御しているウツギとエリカが、嫌そうに首を振る。
どうやら、姿を捉えられないまでも、何かが周りに集まってきていることは分かるらしい。
『積極的に寄ってきているということは、好戦的な魔物の可能性が高いですねぇ』
データ分析を手伝いつつ、アサヒはそう言ってきた。魔の森に棲む魔物の情報は、いろいろな場所から収集している。
現時点で情報のある魔物は、非常に少ない。それも、アフラーシア連合公国の北部のものがほとんどで、3,000km近く離れた場所だ。生態系は異なっている可能性が高かった。
『植生に紛れていて、かつ移動速度も速く、カメラに捉えきれません。木の上を移動しているのでしょう。そうすると、可能性が一番高いのは霊長類。あるいは、樹上生活に特化した哺乳類。爬虫類ということも考えられますね!』
「何にせよ、何も分かってないってことね……」
ジャンパーの搭載する複数のセンサーは、何かが移動していることははっきりと捉えている。それは主に音波だが、時折不自然に揺れる枝葉などもそれを補強していた。
だがそこまで分かっていても、ジャンパーの視覚センサーにはその生き物は全く映らない。
「高度に擬態しているとか……?」
「能動擬態であれば、性能によってはジャンパーのセンサーを誤魔化せる可能性はある」
全く姿を見せない、というのも不自然ではあった。だが、明らかに移動していることは分かるのに、映像で全く捉えられないのは異常である。
とはいえ。
『これだけ葉っぱが茂っていたら、見えるものも見えないですねぇ』
そうなのだ。
このあたりは植物が大量に繁茂しており、数m先すらまともに視認できないのである。それでも地上付近は日の光が届きにくいせいかある程度開けているのだが。
『樹上を移動されるとなかなか捉えられませんねぇ』
ジャンパーは不整地踏破能力が高い。だがそれでも、樹上を自由に歩き回れるほどの運動性能は持っていない。まだ監視だけの推定魔物を、いたずらに刺激するのも良くないだろう。
「当面はこのまま進ませる。マッピングはできている」
というわけで、ジャンパー達は周囲の気配を無視して偵察を続けるのだった。
ステージギミックみたいなものです。空に蓋をされています。
強引に突破すると、レイドボスみたいな奴が突っ込んできます。知らんけど。
ふへへ……これから先生に絵を描いてもらうんだぜ……。
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