第303話 ムキムキワンコ
「前線の自動機械で足を止めさせ、極超音速ミサイルで飽和攻撃を行います。前回のフローズの反応速度や耐久性から想定すると、それで仕留められるという演算結果ですが……」
「フローズが見るからに強くなってますね、お姉さま!」
「数日であんなムキムキになるもんなの……?」
首回りや後脚が明らかに太くなっているフローズの映像に、イブはドン引きしている。
とはいえ、バイオ関連技術の先には人工生命の製造というノードがあり、数日で肉体改造など序の口ではある。問題は、何の技術的裏付けもなく、設備も無しにやり遂げてしまっているところか。
「魔法が生物の意識、願望を形にしているという可能性がある以上、出来ることは全部出来るんです!」
「いやー……。それってまだ仮説のひとつでしょ……?」
アサヒは自信満々にそう言うが、イブは懐疑的だった。当然である。
まあ、アサヒが言うことは大体適当なので、無視してかまわないのだ。
「でもお姉さま、実際そうなってるんですから、そういうものとして受け入れるしかありません! フローズの運動性能は、肥大した筋肉に見合って向上していると考える必要があります!」
「そうなんだけどね~。はー、ウチも大概だと思ってたんだけど、向こうは向こうで相当よね。まあ……安全マージンは十分取ってるし、そういう意味では想定内なのかしら?」
「はい、司令。<アイリス>は許容範囲内と判定しています。子供と思われる個体、<ハティ>が一緒に出てくるところまで想定していましたので、そういう意味ではまだまだ余裕はありますね」
最悪の想定は、3体の<フェンリル>が連携して襲ってくること。<ハティ>は子供サイズとはいえ、逆に言うと小さくすばしっこく、かつ強力な脅威生物であるということだ。多脚戦車よりも小さく、多脚戦車よりも強力な個体が縦横無尽に暴れ回るというのも悪夢だろう。
「さすがに子供までは出てこなかったか。ま、森の縄張りまでは手を出していないし、大丈夫とは思ってたけどね」
ハティはフローズ、ヤルンにとっては守るべき存在だ。3体すべてで襲いかかってくることがあるとすれば、恐らく、森の縄張りを侵したときになるだろう。
「<アイリス>が戦闘開始を宣言した」
「上空給電ドローンの送出出力が戦闘レベルに上昇しました」
「ヨトゥンMが全艦戦闘出力を要求した~」
「後方ヨトゥンも戦闘出力に移行~」
戦場に、大量のエネルギーが集まり始めた。核融合炉で生産される膨大なエネルギーが注ぎ込まれ、マイクロ波の出力が跳ね上がる。
そして、フローズ、ヤルンの2体もその状況を認識したらしい。衝撃波と共に、2体がその巨体を跳ねさせた。
数kmの距離を開けていたはずだが、瞬く間に彼我の距離が縮んでいく。
「フローズ、続いてヤルン、有効射程圏内」
「弾道計算……完了、発砲を開始……」
電磁加速砲が、多段電磁投射砲が、レーザー・メーザー砲が一斉に起動した。2体の目標に対し、その移動を制限するために解き放たれる。
「多数の命中弾を確認、損害なし」
「魔法障壁を確認、無効化できず」
「フローズ、速いよ~」
「トップスピードが600m/s以上~」
マッハ2に迫る速度で移動するフローズに、それに負けない速度で追従するヤルン。2体は数秒で展開する多脚機の群れに飛び込んだ。
踏み込むだけで衝撃波が発生し、移動するだけで多数の多脚機が撃破される。超音速で移動する完全剛体に接触した金属塊など、砂のように崩れて散るだけだ。
「四脚戦車に被害多数~」
「後脚に攻撃を集中~」
現地戦術AIは遅滞戦術を開始。移動の要となる後ろ脚を目標に、攻撃が行われる。
移動するには物体を蹴りつける必要があるため、どんなに移動速度が速くてもその一点のみは予測しやすいのだ。
残念ながら足場にされてしまった多脚機は、貴重な犠牲として砲弾に破壊されてしまうが。
地面に埋められたセンサーも次々に沈黙しているが、それでも多方面から収集されるデータによって、<アイリス>ならびに現地戦略AIはフローズ、ヤルンの予測移動先を演算し続けている。
フローズの肥大化という想定外のファクターはあったものの、その情報も既に入力済で、予測精度は加速度的に向上していた。
「ヤルンが炎を吐いた。直撃。ヨトゥンM-3が大破」
「ヨトゥンM-2がカバーに入りました。炎を吐く際、動きが停滞するようです。次は狙えます」
フローズとヤルンは、攻撃を受けつつも次々に現地の戦力を破壊していく。このままでは、遠からず前線部隊は壊滅するだろう。
が、当然、この状態は想定済みだった。
「お姉さま、ミサイルが現着しますよ!」
アサヒが、弾んだ声でそう知らせてくる。
「こいつでなんとかなればいいけど……」
開戦と同時、後方から発射された対魔法障壁ミサイル。極超音速質量弾頭を搭載した大型ミサイルだ。
これが、実に16基。
まさに、物量にものを言わせた飽和攻撃だ。
前回、フローズが対空攻撃可能と思われる炎塊を飛ばしていた。そのため、ミサイルは各々散開し、たとえ狙われたとしても巻き込まれない位置取りをしている。
音速の6倍、2,000m/s以上の速度で突っ込む弾頭。弾頭重量4t、ミサイル本体重量を加算すると、燃料消費済とはいえその重さは倍の8tにも迫るだろう。それがもつ運動エネルギーは、単純に計算するとおよそ16GJ。
火薬式の徹甲砲弾で、砲弾重量20kg、初速600m/s程度の初期エネルギーが3.6MJ程度ということを考えると、実に4,400倍のエネルギー量となる。
さらに砲弾とは異なり、直撃する瞬間まで加速は継続している。速度は衰えることなく、余すこと無く対象に衝撃を浸透させるのだ。
「ミサイル群、着弾まで5秒~」
「フローズに反応あり、続いてヤルン」
「おーっと! 動きましたね!」
まだ10km近く離れた場所を飛行しているミサイル群。だが、<フェンリル>の2体は、明らかにそれに気付いたそぶりを見せる。
だが、それでどうにかできるほど<ザ・ツリー>による包囲網は甘くない。
どんなに運動性能が高くても、踏み込む際に始点となる脚や地面を砲撃によって狙撃することでその勢いを削ぐことが出来るのだ。
とはいえ、どうやらこのやり方も少しずつ順応しているようにも見受けられる。
踏み出しのタイミングが変わってきたり、明らかに何も無い場所を踏み締めるような挙動が確認され始めているのだ。
「でも……もう、遅いですよ!」
アサヒの興奮した叫びとともに、映像の中、戦場に輝線が突き刺さる。
残念ながら、イブの動体視力ではマッハ6のミサイルは光の線としか認識できなかったが。
おそらく、何発かは直撃した。上空から、浅い角度でミサイルは突入している。
2体の脅威生物に対し、その逃げる先すら予測し、可能性の高いポイントに分散させたのだ。
目標を外れたミサイルが地面に激突し、大爆発を起こした。弾頭は単なる金属砲弾だが、衝突速度が尋常では無いのだ。
地面がめくれ上がり、膨大な土砂が吹き上がる。
その土砂の壁を突き破り、2体の脅威生物が転がり出てきた。
「観測中です。ダメージを確認、有効と判定」
映像に捉えたフローズ、ヤルン。2体は、明らかにダメージを負っていた。
フローズは左前足の付け根に直撃があったのか、だらりと力なく揺れている。
ヤルンは頭部と背中だろうか。どちらも引き裂かれたような怪我が確認できる。
だが、それでもほとんど行動に支障は無いようだった。
跳ね起きた2体が、唸りながらヨトゥンMをにらみ付ける。
ミサイル突入時に重量8トンとすると、1/2×8t×2000×2000=16GJ。
TNT火薬1トンのエネルギーが4.184GJらしいので、運動エネルギーだけでTNT換算4トン弱となります。
核弾頭であればまあ……。でも核爆発は目立ちますからね。ちなみにツァーリボンバーは50メガトン。桁違いですね。




