第300話 踊る巨体
数百のレーザー砲から照射された光線が、1点に集中する。
投入された高エネルギーが熱に変換され、大気がプラズマ化。激しい発光と超高温が周囲に広がった。
「まぶしい~」
「センサーがホワイトアウトしちゃったよ~」
あまりに激しい電磁波、可視光の放出により、周囲のセンサー類が検出上限を超えたのだ。スクリーンが真っ白になり、ほとんどの観測値がMAXに振り切れる。
「やりすぎ……?」
「搭載センサーの見直しが必要ですね」
司令室の表示データが、遠隔観測に切り替わった。映像の中心には、まるで太陽のような純白の輝きが生まれている。
この熱量、普通に考えれば<フェンリル>ほどの大きさであっても耐えられないはず。
だが、脅威生物はその理不尽な力によって脅威生物たり得るのだ。
「動体反応」
「フローズを確認しました!」
超高温のその場所から、フローズが飛び出してくる。
本来、フローズの移動に合わせて照準を変更するはずだが、センサーがホワイトアウトしてしまっている前線の機械達にはそこまでの対応は出来なかったようだ。
「……損傷を確認」
だが、それでもこの超高エネルギー攻撃は、フローズに対して有効だったようだ。
望遠映像の解析により、体表面が著しく焼損している状態が確認できたのである。
「お、フローズにはレーザー攻撃が有効のようですね!」
その映像を確認したアサヒが、歓声を上げた。
「魔法障壁で軽減されたのかもしれませんね! あの熱量なら体がまるごと蒸発しても不思議は無いはずですが!」
「さすがに一筋縄ではいかないかぁ……」
レーザー攻撃から逃れたフローズは、そのまま全力で逃避を開始。戦術データリンクの指示に従い照準の変更を始めた自動機械群から逃げ惑う。
だが、その移動速度が尋常ではない。
トップスピードは音速を超え、踏み込みで発生する土砂が視界を遮り、レーザー攻撃がうまく行かなくなっていた。
「フローズの動作に支障は見られない」
「体毛の損傷はありますが、筋組織までダメージが入っていないようです」
「痛みはないのかな~」
通常の生物であれば、火傷による皮膚の痛みで動きがおかしくなるはずだ。だが、戦闘に伴う興奮か、あるいは痛みを無視できる構造なのか。
フローズは凄まじい勢いで動き続けており、レーザーによる集中攻撃ができない状態になってしまっていた。
「お姉さま、すごいですね。動きが速すぎて砲塔の旋回が間に合っていません! これは早々に戦術を見直さないと、あの速度に翻弄されてしまいますねぇ」
今回、アサヒは作戦運営に関わっていないため、のんびりとそんな意見を言っている。だが、現地の戦術AIはそれどころではないだろう。
レーザー集中攻撃の余波でセンサー類の感度が低下している状態で、超音速で移動する目標を攻撃し続けなければならないのだ。
「有効な攻撃を行うことが出来ていない」
「<アイリス>は基本方針を情報収集にシフトしました」
そして、<アイリス>からの戦略変更が通知され、フローズに対する攻撃圧力が低下。積極的撃破から、移動妨害に攻撃の質が変化する。
その変化を、フローズは敏感に嗅ぎ取ったようだった。
高速移動が、避けるためから攻撃するために変化したのだ。
踏み込み、体をひねり、一気にヨトゥンに近付くフローズ。
正面から来るその脅威生物に、たまたま砲口が一致していたレールガンから、砲弾が撃ち込まれた。
「当たった! ……けど、さすがに障壁があるか」
最初の攻撃は、なんとか凌いだ。
だが、次は無理だった。
展開していた多脚戦車を巻き込みながら着地したフローズは、そのまま一気に、目の前のヨトゥンBに突撃する。
もしかすると、砲塔の方向にしか攻撃が行われない、という事実に気付いたのかもしれなかった。フローズの跳ぶ先に、攻撃可能な砲塔が存在しないのだ。
「損傷確認。第5主砲が全損」
恐らく、フローズが噛み千切ったのだろう。接触は一瞬だったが、それだけで後部主砲が砲塔ごと破壊され、宙を舞っていた。
周囲からレーザーや砲弾が撃ち込まれるが、フローズは巨体にも関わらずそれらを器用に回避しつつ移動を続けている。
そこからさらに2度、フローズはヨトゥンBに飛びかかり、主砲塔を破壊。完全に、現地自動機械群が翻弄されていた。
「ヨトゥンBの主砲が無くなっちゃうよ~」
「これはたぶん無理~」
ウツギとエリカが、フローズの移動速度と砲塔旋回速度を計算したようだ。
フローズの数秒先の移動先を正確に予想できない限り、現状の装備では有効な攻撃を撃ち込めないらしい。だが、フローズは超音速で動き回っており、数秒どころかコンマ1秒先の移動経路も予測が怪しくなっていた。
そして。
映像の中、ヨトゥンBが突如、内部から炎を吹き出した。
「ヨトゥンB、重大な損傷を確認しました!」
「2番、3番動力炉が停止。作動流体の循環を強制停止中」
「お姉さま、フローズが炎を吐いたみたいですよ!」
交戦開始から、僅か数分でヨトゥンが撃破された。映像解析で、フローズの口から放たれた炎の塊がヨトゥンBに直撃するのが確認されている。炎の速度も超音速であり、鈍重なヨトゥンでは絶対に回避できない攻撃だ。
「ヨトゥンB、緊急停止。コアルームの隔離を開始」
「<アイリス>が対障壁ミサイルの発射を選択しました!」
このままでは、早々にヨトゥン部隊が壊滅する。
戦略AI<アイリス>はそう判断し、後方のミサイルプラットフォームから極超音速ミサイルを発射する。
電磁カタパルトで瞬時に超音速に加速されたミサイルは、凄まじい速度で飛行を開始。
「対障壁ミサイル、加速中。着弾まで28秒」
極超音速ミサイルは軌道修正能力を持っているが、自身のセンサーは使用できない。センサーを設置しても、その速度で発生する空力加熱によってセンサー開口部が超高温になってしまうためだ。熱からミサイル本体を守るため、先端部には気化熱によって温度を奪う耐熱装甲が装備されている。
よって、ミサイルの操作は外部から行われる。
四脚戦車、多脚戦車の砲塔が、全てを同期させてフローズに砲弾を吐き出した。秒間数百発という大量の金属砲弾が、波状的に目標に撃ち込まれる。
だが、フローズの魔法障壁を無効化するには至らない。移動速度が速すぎて、直撃させられないのだ。それでも、移動経路や攻撃動作を牽制することはできる。
フローズが吐いた炎の塊が僅かに進路を逸れ、ヨトゥンDの至近の地面に着弾。炎弾は爆発的に炎上し、周囲の四脚戦車が蝋のように溶け流れる。あまりの熱量に地面が溶岩化し、真っ赤に燃え上がった。
「ヨトゥンD、前部動輪に動作支障が発生しています」
ヨトゥンDのステータス表示が真っ赤に染まる。炎弾着弾地に近い部分が、輻射熱だけで損傷したのだ。
この炎弾が直撃すれば、確かに一撃で行動不能になってもおかしくはない。全身を巡る作動流体を伝って、高熱が艦体全てに影響を及ぼすことになるだろう。
「予想移動経路に小規模なレーザー集中点を複数設置している」
致命打とはならなくとも、なんとか攻撃を当てたい。<アイリス>は攻撃力を捨て、とにかく有効な攻撃を当てるため、レーザー砲の集中をある程度分散し、移動予想経路の確率が高い順にレーザー照射を設定。
偶然ではあるものの、そのうちの1箇所にフローズが飛び込んだ。集中した熱線が、フローズの障壁に高負荷を与える。
フローズは慌ててその場所から跳び退り。
「対魔法障壁ミサイル、着弾」
そして、真っ赤に輝くミサイルの弾頭が、空中のフローズに突き刺さった。
ビュンビュン跳び回るワンコに翻弄される戦車達。そして、視界外からかっ飛んでくるでっかいミサイル。
ところで、弾頭が空力加熱で赤くなってる表現って胸が躍りませんか?




