第298話 おさんぽ開始
<ザ・ツリー>勢力により<フェンリル>と分類された脅威生物、個体名<フローズ>は、いつも通りの縄張り巡回を行っていた。
魔の森から出てくると、そのまま近くの廃村へ向かう。
フローズによる最初の襲撃で破壊されたその村は、完全に緑に覆われている。偽緑樹という種類の植物系の魔物が繁茂し、僅か数ヶ月の内に小さな森を形成していた。
フローズは、邪魔になる魔物や敵対的な生物が入り込んでいないかをその眼と鼻で確認しながら、廃村を覆う森を歩き回る。その際はトレントの幹に体をこすりつけ、マーキングを忘れない。
そうして数時間ほど森を彷徨った後、フローズはまた森を出て歩き始めた。
1日を掛けて回るのは、4つほどの廃村・街だ。そして、日が落ちる頃に元王都にたどり着く。
既に偽緑樹がはびこっている王都だが、それでも強固に作られた土台、石積みの城壁や城塞はまだ残っている。
王都中央の崩壊した王城、そこがフローズお気に入りの寝床だった。
今回の縄張り巡回も、この場所を中心に行っていくのだろう。
これは、過去の縄張り巡回の記録から、ほぼ間違いないと判断されている。
そして、そこからさらに丸一日。
観測を続けた結果、今回の縄張り巡回が、これまでと同じ経路で行われていることが確認された。よって、プラーヴァ神国方面担当のA級戦略AI<アイリス>は、作戦開始に支障なしと判断する。
「<アイリス>より、準備完了の連絡を受信しました」
「チェックリストは全て合格。予想モデル乖離率は2%未満。<アイリス>は最終判定を待機している」
司令席でその報告を聞いたイブは、うむ、と頷いた。
「アマジオさんにもちゃんと連絡を入れたし。あっちはあっちで待機済ね。オーケー、やりましょう。アカネ。作戦開始を許可するわ」
「了解。作戦、犬の散歩の開始を通達」
「<アイリス>より返答を受信。ウォーキングザドッグ、開始します」
◇◇◇◇
「……なかなか、味のある作戦名だな?」
「肯定する。こういった大規模作戦の命名は、基本的に第1世代のアカネが行っている。作戦内容を端的に示しており、司令からの評価も高い」
「……親株か。おんなじ感性してやがるぜ」
アマジオは大人であるため、批判を口にすることはなかったが。
多少、人間の機微について理解が進んでいる<アヤメ・ゼロ>操る人形機械、アシダンセラは、ちらりとアマジオに視線を向けた。
「なにか?」
「なんでもねえよ。しかし、<フェンリル>に手を出すか。そのままにしといた方がよかったんじゃねえのか?」
それが、この作戦を知らされた時にアマジオが素直に思った感想である。
「わざわざ、眠る犬に石をぶつける必要は無いだろうに。余計なことになる可能性は無いのか?」
「その懸念は検討済み。このまま<フェンリル>を放置した場合、2年後には魔の森の領域が南に13km拡大、元の村や町に発生した森は周囲25kmほどに拡大するという予想。この拡大率を続けた場合、50年から80年程度で、<フェンリル>が縄張りにしている領域は全て森に覆われるとの計算結果が出た。であれば、早期に対処を始める必要がある」
そんな説明と共に、アマジオ宛にシミュレーション結果が送信されてくる。
拡大率が一定、と仮定しても、100年経たずに国が森に呑まれるらしい。
「……なるほどねぇ。まあ、仮に失敗しても<フェンリル>の縄張りが変わるわけでもなし、か。動かせる戦力があるからぶつけるってのも、まあ、間違っちゃいねえか。人類国家と違って、戦力損耗が国力低下に繋がるわけでもねぇからな」
「更新対象の自動機械の有効活用。既に次世代機の配備が始まっている」
<ザ・ツリー>勢力が擁する自動機械群は、定期的なメンテナンスだけでなく、定期的な装備更新も必要だ。通常であれば装備寿命は数年を見るものだが、現在<ザ・ツリー>はその技術ツリーを凄まじい勢いで解放している。
そのため、数ヶ月というスパンで装備が陳腐化しているのだ。
しかも、各種鉱脈を次々に確保している状態のため、資源生産も増え続けている。
この状況であれば、旧式の自動機械はスクラップに回すほうがコストが掛かるのだ。
「それに、今後も脅威生物との争いは継続的に発生する。これまでは偶発的接触からの交戦が多かったが、今回は準備を整えた上での開戦。よい経験になる、と<リンゴ>は判断している」
「情報収集ってわけか。まあ、確かにな。<パライゾ>の……いや、<ザ・ツリー>の拡大速度を考えると、今後は魔の森の開拓に入ることになる。ってことは、魔物の駆除も必要になるわな」
「肯定する」
現在の<ザ・ツリー>の支配範囲の北方には、非常に広大な面積の魔の森が広がっているのだ。手つかずの大地、即ち資源の宝庫。
探査範囲での資源分布状態から、魔の森領域にも相当の鉱脈が眠っていると想定されていた。
故に、<ザ・ツリー>はその領域を欲しているのだ。
「ウチは半島だからか、地下資源は微妙なんだよな。大陸の方は露出した鉱脈も多いらしいし、期待はできるだろうぜ」
「レプイタリ王国も、基本的な成り立ちは北大陸と同様。海底も含めて、掘れば出るのでは?」
人類国家が支配している領域は、北大陸のごく一部。魔の森から離れた領域だけだ。そういう意味では、人類の暮らす平原領域よりも、魔の森を開拓した方が遥かに効率がいい、というのが<ザ・ツリー>の考えである。
もちろん、人類の未来を考えなければ、その限りでは無いのだが。
人間という代表がそれを望んでいないのだから、人類生存圏の当面の安全は保証されたとも考えられる。
「掘れればなあ。あとは単純に、地下資源の分布を調べる技術がなぁ。まあ、あと100年もすれば変わるだろ。俺たちからすれば、放置しても問題は無いって方針だろう?」
「肯定する。お姉さまの目は、人類国家に向かっていない。その他大勢としてしか認識していないと思われる」
要塞<ザ・ツリー>から外出しないイブにとって、外国は物語上の存在なのだ。故に、<ザ・ツリー>の直接の障害とならない限り、積極的に関与するつもりは無いのだろう。
その点が危ういと考えるのか、安全と考えるのかは思想によるだろうが。
「イブの嬢ちゃんはなぁ。まあ……あのままでいてくれればいいんじゃねえか?」
そして、それは恐らく、アマジオの本心だろう。
100年以上の記憶を全て取り戻したアマジオにとって、イブはまだまだよちよち歩きの子供だ。それも、優しく、暴力的ではない理想の人物。
既に現状にある程度満足していると思われる彼女に、わざわざ人類の愚かさを晒す必要は無い。
今の力関係では万に一つも無いだろうが、もしも後ろ暗い行動が必要になった場合。
「裏方は、あんたらAI種と、あとは俺が対応すればいいさ。そういう積もりだろう?」
「……少なくとも、<リンゴ>はその積もり」
甘い甘い、夢のような世界。<リンゴ>は、それを作ろうとしている。
多くの物語に触れているアカネやその他のAI達の中には賛否両論あるようだが、おおむねそれを肯定しているのだ。
だが、それを為すには、いまだ道半ば。
<ザ・ツリー>は、貪欲に資源を欲している。
「ところで、あなたの<トラウトナーセリー>では、エネルギーシールド技術は実現していた?」
「ああん? いや、結局製造には至ってないはずだが。んー、もしかするとモスボールした兵器群の中に、それ系の死蔵品があるかもしれねえな。倉庫の整理、結局できなかったからなぁ」
遂にGOが出ました、巨大毛玉わからせ作戦。イブちゃん達は、果たして上下関係をわからせることができるのか。
Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0CLW4TZLQ?ref=cm_sw_tw_r_nmg_sd_rwt_cUN4RgETZZntS
BOOK☆WALKER https://bookwalker.jp/series/417083/list/




