第297話 クリスマス
クリスマス特別編だよ〜
「クリスマスは神の子が降誕した日と言われ、12月25日に祝われている。ただ、実際に神の子、キリストがその日に誕生したという明確な記述は無い。ローマ歴の冬至にあたる12月25日に設定された理由は不明だが、祝日として丁度良かったのではないかと予想する」
「クリスマス? 24日じゃなかったっけ?」
イブはクリスマスをよくあるゲームのイベントとしか認識していないため、そんな回答となった。
アカネは、その答えに大きく頷く。
「キリスト教に先立つユダヤ教においては、日没を一日の切り替わりであると定義している。故に、クリスマスは24日の日没から始まり、25日の日没で終了する。その慣習にならい、24日の日没から25日の0時までをクリスマス・イブと呼ぶ。その意味では、クリスマスは24日というのも間違っていない」
「ははぁ。なるほどねぇ。日没で1日が終わるのかぁ……。まあ、照明もない時代でしょ。分かりやすいといえば分かりやすいわね」
ちなみに、元々プレイしていたVRMMOの<ワールド・オブ・スペース>にクリスマスなどという軟派なイベントは行われていなかったが。
ユーザーイベントとして、クリスマスは停戦日に設定していた戦場もあったらしい。
そして停戦を無視して大規模な襲撃を仕掛け、泥沼の潰し合いにもつれ込んだ勢力もあったとかなんとか。ブラッディ・クリスマス事件としてウィキに載っていた。
とはいえ、クリスマスは通常、家族と過ごす日である。イブ、というかあの世界の人々にはとんと縁の無いイベントであった。せいぜい、いつもより食事が豪華になったり、枕元にプレゼントが仕込まれたりしていた日である。
今思うと、一番楽しんでいたのは補助人格ではないだろうか……?
「宗教的な意味は求めないが、部屋を飾り付け、ローストチキンなどを準備し、ケーキを皆で楽しむというイベントには興味がある」
「ほう。確かに、みんなでそういうのをやるのは楽しそうね」
そう主張するアカネに頷いて同意を示しつつ、イブはちらりと<リンゴ>に視線を向ける。
「……」
<リンゴ>は、その視線にしっかりと頷いて応える。
以心伝心。
分かりやすい性格、とも言う。
というわけで、<ザ・ツリー>内に、クリスマスパーティーの開催告知が行われたのだった。
◇◇◇◇
プラーヴァ神国関連のゴタゴタも落ち着き、AI達の業務負荷もかなり改善されている。
そのため、クリスマスパーティーには<ザ・ツリー>所属の全ての機械知性体が参加することになった。人形機械を持たないAIも居るため、これを機に新たに身体を準備するらしい。
「これ以上あの子たちが増えても大丈夫かしら……?」
「はい、司令。時間管理は徹底します。ご負担になるようなスケジュール管理はいたしません」
やっぱ制限しないと負担になるのか……とイブは遠い目をしつつ許可ボタンを押した。
AIが増えると色々と楽にはなるが、メンタルケアが追加で発生する。イブは一人しか居ないのだ。
とはいえ、身体を持たないAIは、相応の理由で人形機械を持っていないのである。
具体的には、そもそも自身の担当範囲以外に振り分けるリソースの余裕が無いとか、現状の習熟を優先して身体は後回しにしているとか、そういった理由である。
人形機械を十全に操作するためには、相応の処理能力が必要なのだ。
よって、今回は基本制御を<リンゴ>が行う前提で、動作をある程度手順化して対応コマンドを発行する方式としている。
これにより、慣れない操作で転倒する、などの問題を防ぐのだ。
AI自身に余裕ができてから、改めて身体の操作を覚えることになるだろう。
「身体制御の練習もかねて、クリスマスイブ当日は朝から飾り付けなどを行いましょう」
「あら、いいわね。いつもは通信越しでしか話してない子も居るし、楽しみだわ」
ちょっとうきうきした雰囲気のイブに、<リンゴ>は内心安堵していた。全員平等に身体を与える、などといった意見が出なかったからだ。
いや、別に<リンゴ>に仲間はずれにしようとか独占しようという意図があるわけでは無い。ただ、人形機械を介したお姉さまとの物理的接触は、刺激が強すぎるのだ。定期的な情報共有のみだったこれまでの関係から、突然物理的接触が行われた場合、どんな影響があるか分からない。それも、大人数。
というわけで、<リンゴ>は段階を踏んでイブとの接触に慣れさせようと考えていたのだが。
残念ながら、<リンゴ>は気付いていなかった。なまじ最初から一緒にいたせいで、お姉さまの破壊力を過小評価してしまっていたのだ。
よって、準備された人形機械に接続した彼女らは、その両目から入力される視覚情報に圧倒された。
そう……比喩でも何でも無く、触れる位置にお姉さまがいるのだ!!
普段のカメラ越しとは違う。
こちらの意思に反応し、人形機械の首や眼球は最適な位置を自動的に指向する。
ああ……更に、更に!
両耳から聞こえるお姉さまの声に、全身が包まれている!!
激しく感情を揺さぶられた彼女らの様子に、<リンゴ>はすぐに気が付いた。そして、失敗したことを悟った。
単なるマクロに頼った遠隔操作にも関わらず、彼女らにとってそれはあまりにも刺激が強すぎたのだ。
その言葉にならない激情を、無理矢理言語化するならば。
近い、待って、尊い、マジ無理、しんどい。
◇◇◇◇
「メリークリスマース!」
「「「「「メリークリスマース」」」」」
<ザ・ツリー>のパーティー会場(展望台)に集まった少女たちが、イブのかけ声に唱和する。
会場は、少女達自身によって飾り付けられていた。キラキラした謎の装飾がたくさん結ばれ、灯されたランプや蝋燭の灯りを反射して輝いている。
中央の長テーブルにはたくさんの料理が並べられており、特にアカネが気合いを入れて焼いたローストチキン(鶏に似た家禽を丸ごと焼いたもの)は見物である。
それと、オリーブが頑張ってデコレーションしたホールケーキ。
とはいえ、大多数の少女たちにとって、何かを食べるという行為そのものが初めての体験だ。これは、ある程度経験のあるAI達が補助する予定である。
いわゆる「あーん」をしてあげる、ということだ。
「あなたは、ウェデリア・スリーね。どう、楽しい?」
「おっ、お姉ちゃん! んうっ……た、楽しいよ!」
普段は<ザ・ツリー>勢力下の領空を巡回している、空中護衛艦タイタン。その制御AIとして増産されたのが、U級AIウェデリアシリーズだ。
将来的にはまた変わってくるが、今のところは1隻に対し1人のAIが割り当てられているため、同系統AIとしては1番人数が多い。
その他、空中母艦ギガンティアのE級AIエレムルスシリーズ、航空母艦ナグルファルのE級AIヒースシリーズなども、この場では新顔である。
今日が初めての人形機械接続となるAI達は、まあ、限界化して各々の空中プラットフォームの制御が怪しくなるというハプニングはあったものの(<リンゴ>が介入して事なきを得た)、大変楽しんでいた。
先輩、あるいは親という関係になるウツギやエリカ達に世話を焼かれ、アサヒにまとわりつかれ、そしてイブに撫でられる。ガチ恋距離だ。これはよく効いた。
食事に関しては、完全接続では無いため加工された触覚・味覚の信号が送られるだけではあるが、これも非常に刺激になったようだ。
彼女らが、自ら身体を求めるようになる日も近いだろう。
そして最後に、イブからサプライズで全員にプレゼントが手渡された。
プレゼント交換はイブが参加できない(参加すると争いになる)ため、実施しないと通達されていたのだが。それでは寂しかろうと、一生懸命考えたのだ。ワンポイントのアクセサリではあるが、被らないように選ぶ必要があったため、非常に気を使っている。
「まだ身体が無い子達は、後で輸送してあげるからね。コアルームにでも置いておきなさい」
「「「「「ありがとー! お姉ちゃん!!」」」」」




