第296話 害獣討伐計画
「実際のところ、フェンリルの強さってどんなものなのかしら……」
「体重と魔石の比率、ひいては魔石の大きさが魔法現象の能力に影響を与えていると考えられます! そう考えると、<レイン・クロイン>がおよそ1,900トン、ワイバーンは2,000トン。単純に考えると、300~400トンと想定される<フェンリル>種の魔石性能はそう高くありませんが……」
イブの疑問に、アサヒは首を傾けながらそう答えた。
「あくまで、さらに小型の魔物、ワームやハイエナなどの魔法能力との比較ですので、<フェンリル>サイズの脅威生物の魔法能力が低い、とまでは言えません。確かに<レイン・クロイン>の魔石サイズは大きかったですし、<ワイバーン>も似たようなサイズでした。体重と魔石の大きさに関係性があるのは間違いないのですが、魔法能力とも比例する、と断定できるほど事例が無いんですよね!」
「<フェンリル>は巨大地虫よりも小さいのですが、地虫は体のサイズに比べて魔石が小さい可能性が高い、と分析されています。地虫は脅威生物の中でも、魔法能力があまり高くありませんでした」
地虫の魔石も回収されているが、<ワイバーン>のそれと比べると遥かに小さかったのである。地虫は魔法障壁を持っておらず、その魔法能力は低い、と分類されていた。逆に、<レイン・クロイン>の幼体については(幼体とはいえ既に体長は4mを超えているのだが)既に魔法障壁能力を持っている。そして、体内の魔石のサイズは地虫よりも小さいと考えられる。
「過小評価するわけにはいきません。とにかく、全力で当たるしかありませんね!」
「とはいえ、航空機を使うのは他の脅威生物、<ワイバーン>を引き寄せる可能性があります。ですので、ギガンティア部隊を前線に置くことはできません」
アサヒが気炎を吐く中、<リンゴ>は淡々と作戦マップを表示した。
<フェンリル>が南下するタイミングで、待機させていた陸上戦艦を中心に据えた地上部隊を前進させる。
脅威生物は相手の魔法能力を捉え、脅威度を判定している可能性が高いと推定されている。
そのため、陸上戦艦へどの程度の敵意を向けてくるかが不明だった。
「レーダー照射は、最低限にする必要があります! 地上兵器は有視界戦闘が基本ですので問題ないでしょうが、後方のギガンティア部隊は工夫が必要ですね!」
「GPS誘導、またはレーザー照射による誘導になるでしょう。GPS静止衛星は基数が不足していますので、低軌道衛星が上空を通過する時間帯に作戦行動を行う必要があります」
現在、<ザ・ツリー>が運用している兵器群は、電磁波を使用したものが多い。航空レーダーをばら撒くと<ワイバーン>が寄ってくる、という問題は判明しているため、魔の森近くで航空機を飛ばすのは非常にリスクが高いのだ。
「作戦時間が限られるってことね。この<フェンリル>の普段の移動速度はそこまで速くないみたいだし、そこは問題ないのかしら?」
「はい、司令。そうですね。<フェンリル>の縄張り巡回は、毎回ほとんど同じルートですので、作戦開始時間は選択できます」
地上部隊接敵後、後方から発射した極超音速ミサイルにより魔法障壁を無効化し、地上部隊の電磁加速砲や多段電磁投射砲などの高威力砲で攻撃する、というのが基本戦術となる。
懸念事項は、接敵後に鎧袖一触で蹴散らされる、という可能性だろうか。
<フェンリル>の戦闘力が不明なため、陸上戦艦を中核とした部隊をぶつけた場合の被害予想ができないのだ。
交戦距離は、少なくとも数kmは確保したいところだが。
「とりあえずミサイルぶつけるとかはダメなの?」
「あ、それはアサヒも考えました! でも、明確に敵を用意しないと撤退させるのは難しいんじゃ無いか、っていうのが予想です! 撃破できればそれが一番いいんですけど!」
「んー。なるほどねぇ。結局不確定要素が大きすぎるってことかぁ……」
<フェンリル>を倒せる算段が付かないため、撃破可能性が高い、という基準で選択された作戦だ。そもそも、追い払って帰ってくれるかどうかも分からない。逆に執着され、頻繁に襲われるようになる、ということも考えられる。
放置してもいいことは無いため、だぶつき始めた地上戦力を、在庫処分を兼ねてぶつけてみようと考えたのだ。
当然、再資源化すれば無駄にはならないのだが、現状は鉱脈を掘り起こす方が資源獲得のコストは低い。自動機械は使わなければどんどん劣化してしまうため、用途があれば使い潰した方がお得、という考え方だ。
「まあ、いいわ。とりあえずぶつけてみましょ。どうせ、どこかのタイミングで戦力測定はしないといけないしね」
「はい、司令。陸上戦艦<ヨトゥン>を中核とした部隊を編成し、攻撃計画を立案します。最終的には対魔法障壁ミサイル投入からの飽和攻撃としますが、それまでにいくつかの戦術を使用しましょう」
「電磁波兵器も有効の場合がある、と分かりましたからね! 単純な投入エネルギーだけで考えれば、いまのところ一番強力なのがレーザーかメーザーの集中運用ですし!」
ある一点に投射するエネルギー量のみを考えれば、複数の照射点をまとめることができるレーザー、メーザーがもっとも強力だ。
また、マイクロ波給電システムを転用し、任意の一点にエネルギーピークを発生させることもできる。
<ワイバーン>は電磁波に対する強力な耐性を持っていたが、プラーヴァ神国聖都の魔法障壁は電磁波攻撃が有効だった。これは、アサヒの予想によると、<ワイバーン>の鱗が電磁波を反射して有効な攻撃と判定されていなかったのではないかとのことだ。
即ち、魔法障壁は自身に対して害ある攻撃を選択的に排除している可能性があるということ。
よって、<フェンリル>に対し、有効な攻撃が何かを探るのは非常に重要だ。
例えば、実は砲撃に対して強い耐性を持っている可能性もあるのだ。いや、考えにくいのは分かっているが。
「えーと、今回はちゃんとアマジオさんに連絡して……と。うーん、作戦概要ができたら送って、打ち合わせでもすればいいのかしら……」
「……本人に確認するのがよろしいかと」
◇◇◇◇
「……む」
「……? アマジオ殿、どうしたのだ」
サーリャとの交流を兼ねて歴史の講義をしていたアマジオ・シルバーヘッドは、突然送られてきたその情報に、思わず声を上げてしまっていた。
「ああいや、すまん。至極どうでもいいことを思い出しただけだ。気にしないでくれ」
「……そうか? まあ、アマジオ殿は国の重鎮、いろいろと考えることが多いのは理解しているぞ!」
理解のある女を目指してそうのたまうサーリャに、アマジオは苦笑する。その様子を見ているリナネルも、ニコニコとしていた。
「さて、次はこいつだ……。ラプツネン上級男爵。国境守の騎士爵をまとめる重要な役割を担っていた。要衝の防衛だからな、男爵とはいえかなりの支援を得ていたし、俸禄も多かったらしい。ただ、辺境伯とはそこまで仲が良くなかった。支援物資を中抜きされていたからな」
そんな歴史を語りつつ。
アマジオ・シルバーヘッドは、送られてきたその情報を脳内で展開する。
本体はこれまでどおり動きつつ、AB構造体の演算領域を使って情報解析を行っているのだ。
そして、送られてきた情報は。
アマジオ・シルバーヘッドの認識では、大型魔獣。<パライゾ>言葉で脅威生物に分類される、<フェンリル>の討伐計画であった。
ちなみに、アマジオさんの語る歴史は全て、その目で見てきたものです。
生き証人という奴ですね。




