第293話 魔石を調査する
多くの計測器が、それに向けられている。可視光による解析、X線による撮影。
中心にあるのは、わずかに光を放つ巨大な石。
ここは、プラーヴァ神国聖都の中央部、地下堂。都市の中央に設置された、巨大な魔石を、<ザ・ツリー>は全力で解析していた。
X線を始めとした各種放射線による、計測装置。
可視光を中心とした電磁波の撮影装置。
周辺に配置された、多数の魔素計。
そして、それらの計測機器から収集される大量のデータを処理する、リアルタイム解析演算器。
美しく装飾された、荘厳な地下神殿。そこは占領時の掃討戦で破壊された上、調査のために全ての装飾を剥ぎ取られていた。室内には大量のセンサーが設置され、それに接続されたケーブルが床を這い回り、当初の面影は全く残っていない。
『<アイリス>。情報解析に問題はありませんか?』
『問題ない。ノイズの排除もできている。地下はノイズが少なくて計測しやすい』
『地上は給電用のマイクロ波が飛び交っていますからねぇ。まあ、今のところパターンマップを作れるレベルですから、問題はないんですが。他の文明があったら、こんなものじゃ済まないですからね。<ザ・ツリー>一強っていうのはいいですね』
A級戦略AI<アイリス>は、朝日とデータ交換を行いつつ、都市障壁の実験を行っている。
障壁の要と考えられる中心部の魔石をありとあらゆる手段で観察しつつ、障壁が発生する攻撃を加え、発生する事象を記録・解析するのだ。
『では、まずは砲撃からやってみましょうか』
外周部に配置している多脚戦車を操作し、主砲を城壁に向ける。
『5秒後に撃ちます。2、1、今!』
『障壁展開を確認』
200m/s程度の低速で撃ち出された金属砲弾が、城壁に衝突。その瞬間、光の文様が周囲に走る。展開された障壁が、砲弾を完全に防御。目標となった城壁には、傷一つ付かなかった。
『うーん、<アイリス>、これ、どう思います?』
『情報不足。サンプル数が足りない。センサーの値を信じるなら、障壁展開時に僅かに体積が減少しているように見える。けど、もともと魔石は測定するたびにサイズ変動が観測されるから、誤差の可能性もある』
『同じ場所・同じ威力で100回くらいやってみましょうか』
とりあえず試行、ということで、2人は地道な観測を繰り返した。
レールガンは、発射時の初速を自由に変更できる。こういった繰り返し計測にはうってつけだろう。
もちろん、レールガンを観測道具にするなどという使い方は想定されていないのだが。
『一応、有意な変動はあるということでよさそうですね!』
『同意する。障壁展開時に魔石サイズの減少。十数秒をかけて、元のサイズに戻っている。障壁は、少なくとも展開時にある程度の消費が発生していると予想できる』
巨大魔石を全方位から観察していたセンサーは、ミクロン単位の揺れも正確に記録していた。その解析結果から、魔石の体積が変動していることを観測したのだ。
『魔石が発している光も、通常時も僅かに輝度が変動していますが……。障壁展開と同時に若干暗くなっているようですね』
『障壁展開に、何らかのエネルギーを消費している。そして、その消費エネルギーは自然に回復しているということ』
都市を守る障壁が展開されると、体積が僅かに減少し、輝度も落ちる。そのまま放置すると、数秒で体積は戻り、輝度も回復する。それが、複数回の試行による結果だった。
『うーん。魔法障壁を無効化するには、継続ダメージか連続ダメージが必要ですが……。つまり、この魔石に蓄電器の役割があって、それが枯渇するか、一定の割合を下回ると障壁が消える。そんなところでしょうか』
『普通に考えると、そう』
<アイリス>とアサヒは仮説検証のため、さらに砲撃による攻撃を継続する。
その結果、以下のことが判明した。
・障壁は、魔石の魔力(仮称)を消費して展開する。
・攻撃を無効化した際、魔力が消費される。
・魔石に蓄えられた魔力が減少すると、障壁は展開されなくなる。
・魔石の魔力は、時間で回復する。
・障壁展開が出来なくなっておよそ18秒で再展開可能になる。
・再展開が可能になる時間(チャージ時間)は、16秒以上20秒以内。
・間隔を空けても、障壁が攻撃を防ぐことが出来る回数は変わらない。つまり、魔力が最大まで回復した状態では障壁を展開できるが、少しでも不足していると展開できない。
・砲撃回数とレーザー攻撃では、防御可能回数または時間はレーザー攻撃が圧倒的に短い。
・単純な攻撃のエネルギー総量ではなく、攻撃が命中している時間が関係している。
・砲弾1発が直撃するよりも、継続的圧力を数秒間掛ける方が障壁への負荷が高い。
『レーザー攻撃が有効とは思いませんでした』
『ワイバーンにはあまり効果が無かったと記録にある』
城壁への攻撃実験を行った結果、少なくともこの聖都の魔法障壁については、レーザー砲による攻撃で障壁が展開され、かつ障壁無効化までの時間が非常に短いと分かったのである。
だが、ワイバーンと戦った際、レーザーまたはメーザーによる攻撃はほとんど効果が無かった。
これは、何らかの種族特性のようなものなのか、あるいは別の理由があるのか。
現時点では比較対象が無いため、何の予想もできなかった。
『これまでの<ザ・ツリー>の戦術が間違っていないことが、確定しましたね! 障壁持ちの脅威生物であれば、撃ち続ければ剥がせるというのが明確に観測できたのはよいことです!』
『個体差あるいは種族差があると推定できるのも、悪いことでは無い』
脅威生物が展開する障壁も、少なくともワイバーンとそれ以外で明らかに性質が異なるというのは戦闘の中で判明していたが、事例が増えたのはよいことだ。
今後、障壁を持った脅威生物との戦いとなった場合に、まずは魔法障壁の性質計測を行った方がいいということである。
『ひとまず魔法障壁そのものの特性はこれでいいとして。あとは、どんな条件で障壁が展開されるのか。都市内部の攻撃はどうなるのか。いろいろと確認が必要なことはありますね』
『了解した。試験内容はリスト化する』
外からの攻撃に反応し、障壁が展開することは分かった。
では、何が攻撃と判定されるのか。攻撃と判定されないのは何か。どんな条件があるのか。
これらを解明できれば、脅威生物攻略が一気に楽になる可能性がある。
そして、できればこの魔石の利用による障壁展開。これを再現したい。
この障壁の特性を解明した上で利用できれば、<ザ・ツリー>が建造する構造体の強度を飛躍的に高めることができると思われるのだ。
『お姉さまを守ることに使えればベストなんですがねえ』
『不確定要素の多い装備に頼るのは、あまりに危険』
魔石を使用した障壁展開というのは魅力的だが、原理不明な技術に頼ると肝心なときに使用できないなどのリスクが拭えない。急に爆発することもあり得る。
であれば、<リンゴ>を始めとしたAI達は、そんなものを組み込むことを許さないだろう。
少なくとも、自分達が製造したものであれば、原理は完全に理解できる。何かあった場合も対応できるため、そちらを優先するだろう。
だが、効果が高いということであれば、一次防御手段として採用するという可能性はある。
そのためにも、可能な限り、その特性を解明し、そして再現する必要がある。
『少なくとも、自爆することがないことさえ確認できれば、使いようはありますね!』
『確保したワイバーンの魔石を活用できるといい』
ちなみに、この会話を聞いていた<リンゴ>が、慌てて<ザ・ツリー>から<レイン・クロイン>の搬出を始めたのだが、余談である。
アサヒが思いつくまで、自爆の可能性を全く想定していなかったのだ。
魔石が何らかのエネルギーを内包した結晶体であるなら、急に爆発することがあるかもしれません。
Q:なんでこれまで気付かなかったの?
A:魔力(仮称)の消費と再充填という事象が観測できていなかったため。魔力を生み出す器官なのか、使用する器官なのか、貯蔵する器官なのかよく分からないので、リンゴちゃんがあんまり考えないようにしていた……のかもしれません。
ファンタジー恐怖症の一環とご理解ください。




