第291話 植民地計画
『ピアタ帝国は、帝国という名の通り、帝政を敷いた国だな。元は、ピアタ帝が周辺国家を平定して成り立った。周辺国を併合しながら大きくなっている』
映像の中、傍付きのアイリスが淹れた紅茶を飲みつつ、アマジオが解説する。
『だが、第三代ピアタ帝、現皇帝は首都防衛に失敗し、行方不明に。まあ、十中八九、プラーヴァ神国の僧兵どもに殺されているだろう。一応、血縁のピアタ家が隣のベレルフォレスティ国に有力貴族と共に逃げ延びて、そこで保護されたんだがな』
めんどくせー話だ、とアマジオは付け加える。
『もともと政治を担っていた有力貴族の大半が、首都陥落と同時に行方不明だ。撤退失敗だな。その所為で、ピアタ帝国に併合されていた国の一部が新皇帝を名乗り始めたんだ。当然、継承権で言えばベレルフォレスティ国に逃げ延びた皇族が最高なんだが、逃げたってところを突かれているらしい。逃げずに現地で軍を揚げている自分達の方が皇帝にふさわしい、ってな。そんなやつらが、とりあえず確認できただけでも3人。せめて足並みを揃えて1人を担ぎ上げられてれば、そいつが臨時皇帝か、後見人として実権を握れていたかもしれないが』
つまり、内ゲバが始まったということである。なまじ、戦線を支えられている状態であることがそれに拍車を掛けているらしい。
『で、困った皇族どももベレルフォレスティ国に乗せられて、亡命政府を立ち上げちまった。ま、血筋で言えば間違いは無いんだが、逃げた皇帝に従う国内勢力も居ないみたいでな。順当にいっても3国か4国に分裂するだろう。最悪、相争ってさらに割れる可能性もあるな』
プラーヴァ神国に落とされていない地域だけでも、元は6国ほどの小国家群があったらしい。皇帝不在をいいことに、その地域がそのまま再独立を宣言するというのが最悪のシナリオだ。
それでも、プラーヴァ神国の攻勢が続いていれば一致団結していたかもしれないが、現在はその圧力はほぼ無くなってしまっている。
『レプイタリ王国他複数の国から援助物資が届いている状態だ。当面は飢える心配は無い。国土は削られているが、言ってしまえば他人の土地。奪い返すことに力を割くよりも、地盤固めを優先するだろうぜ』
ピアタ帝国の現状は、時間が経てば経つほど分裂して力を失っていく、というのがアマジオの見立てである。
<リンゴ>もシミュレーションを行っているようだが、情報不足で精度が悪いらしい。
百年以上政治の現場に身を置いていたというアマジオが立てた予想が、今のところ一番可能性が高い未来である。
『で、お次はエーディア・ビースティン連合王国だな。こっちもその名の通り、エーディア王国とビースティン国が合併してできた国だ。歴史的には、ピアタ帝国の脅威に対抗するために連合を組んだのが始まりだな。両王室が婚姻で結ばれた。エーディアの王子とビースティンの姫だ。初代がそうだったから、一応元エーディア国の地域が力を持っているが、誤差みたいなもんだ』
ちなみに、エーディアが東側、ビースティンが西側である。
『ビースティン地域の7割くらいがプラーヴァ神国に呑まれた。王都は落ちてないが、今は前線になっている。現王は緒戦で負傷、ただ命に別状は無くて、後方地域に居を移している。王都で指揮を執っているのはエーディア出身の大貴族だ。王子はまだ5歳だから、さすがに前線に置くことは出来ねえ。エーディア地方が健在だから、王都の貴族は積極攻勢には消極的。これがビースティン出身貴族との不和に繋がっている』
防衛軍は撤退を繰り返し、今は王都に駐屯している。そのおかげで、王都に駐屯している兵の6割はビースティン地域出身らしい。当然、故郷奪還を叫ぶ指揮官も多い。
『エーディア出身は徹底防戦を主張するし、ビースティン出身は故郷の奪還。完全に意見が対立しているな。それでも、プラーヴァ神国が押してきてれば防戦で一致しただろうが』
このまま時間が過ぎれば、国土奪還に意見が傾きそうな状況である。ただ、前進するには物資が必要だ。しかし、国土奪還に消極的なエーディア地方からの出資は、あまり期待できないのである。
『他国からの支援物資を当てにするしかなくなるだろう。だが、エーディア地方を経由して届けられることになるから、どうなるかは予想が付くだろう?』
支援物資が前線に届けられる頃には、相当に中抜きされていることになるだろう。
実際、現時点でもかなり横領されているようだ。
防衛するだけであれば十分な量だが、侵攻に使えるほどではない。そして、エーディア地方はこの支援物資のおこぼれ目当てに、時間稼ぎを主張する。
『まあ、これもそのうち内戦になりそうだな。軍部のクーデターが起こってもおかしくない情勢だ。実際、それっぽい物資の動きも確認されている。とはいえ、今は実行できるほど余裕はないから、しばらくは大丈夫だろうがな』
プラーヴァ神国の攻勢が止まっている状況が長引けば、余計なことをしでかす可能性が高い、ということだ。
そして、逆侵攻を掛けられると、戦力の補充が出来ない僧兵達が押し負ける可能性がある。
『だから、現状の国境を固めて、逆侵攻、国土奪還を諦めさせる必要があるな。こいつは今、ウチの首脳陣に計画を立てさせている。陸軍を近代化させて、演習ついでに海岸からの侵攻をさせるとかな。現状の暫定国境周辺を、レプイタリ王国で奪って植民地化するってのがベターなプランじゃねえか?』
犠牲を払って敵を殲滅し、壊滅した現地の統治機構に代わって暫定政府を立ち上げる。当事国はいろいろと文句を言ってくるだろうが、最終的にものを言うのは武力だ。国土奪還が出来なかった国の発言権は低下するだろう。
とはいえ、そうするとレプイタリ王国に敵意が向くことになるのだが。
『それこそ願ったり叶ったりだ。直接国境を接しているわけじゃねえから、戦争をふっかけられる可能性は低い。むしろ物資支援をしている側だからな、国際感情は複雑だろうが、最終的にはウチに傾くだろうよ。こっちが出血しながら手を差し伸べたのは事実だ。結果がたまたま、実質的な植民地になっただけだ、てな。実情はどうでもいい、主張できる根拠さえあれば、あとは強い方が勝つんだぜ』
さすが、海軍力であらゆる富を収奪していた国のトップは言うことが違う。
「このあたりは、<アヤメ・ゼロ>とアマジオ氏が協議して示したシナリオの一つです。このシナリオを基軸に、実際にレプイタリ王国に動いてもらうことになるでしょう」
『アシダンセラの嬢ちゃんが、御前会議で話をしてくれることになってる。軍事物資の供給、製造技術移転。対価となる資源輸出量も、採掘技術向上で右肩上がり。ウチは今、空前の好景気に沸いている。そこに、実質的な領土確保の奏上だ。まあ、問題なく承認されるだろうぜ』
細かい内容はこれから詰める必要はあるが、当面の対応はこれで決まりだろう。
<ザ・ツリー>としては、物資面でレプイタリ王国による侵攻を支援。実際、各国の軍事拠点と前線の距離を考えると、海を挟んでいると言うだけでレプイタリ王国が最も近いのだ。
海を越える技術さえあれば、レプイタリ王国が直接派兵によって支援することは間違っていないのである。その実態がどうあれ、派兵できていない他国よりはよっぽど貢献できるのだ。
「聞いてると、なんだかうまくいくような気がしてきたわ!」
そして、この場で完全に空気になっていた総指令官は、そう叫んで話を締めくくった。
アマジオ氏から見ると、イブちゃんは孫娘枠です。
AB構造体は一種のスーパーコンピューターで、エネルギー炉まで内蔵した逸品ですから、そんなものをプレゼントされればニコニコしちゃうのは当たり前ですね。




