第290話 外から操る話
プラーヴァ神国の聖都陥落から、およそ1ヶ月が経過した。
その間、<アイリス>は送り込まれてくる自動機械と資材を使用し、次々と神国国内の開拓を実施。大規模な鉱脈採掘設備を2つ稼働させ、大型の汎用工作機械2基の設置を完了させた。
当然、その他の製造設備や輸送路の整備も行われている。
<ザ・ツリー>としては、相当の内政拡大であった。
一方、プラーヴァ神国の外征は完全に停止している。
前線には相当数の司祭や僧兵が残存しているが、そこから前進することはせず、防衛体制となっていた。拠点としている村や町の間を僧兵が行き交い、侵入者の対処を行いつつそれらを維持しているようだ。
少数の兵では当然突破できないが、大規模な攻勢のために軍を集めると周辺から僧兵達も集まってくるのだ。
そんなわけで、戦線は完全に膠着状態に陥っている。
『北側がピアタ帝国。南側がエーディア・ビースティン連合王国だ。どちらも、おおよそ半分がプラーヴァ神国に奪われている状態だな』
地図を指し示しつつ、立体映像のアマジオ・シルバーヘッドはそう説明した。
『レイディア王国、ターラー・リンド公国、ゴダマン公国、カティ・アンダル・リティン公国は知っての通りだな。聖都防衛のためにほぼ全ての戦力が引き上げられたから、戦力は残っていない。そこにお前らが部隊を派遣して、残りの僧兵どもを駆逐している。』
「そうね。その4国の支配権は、<ザ・ツリー>が完全に掌握しているわね」
既に自治機能を失った4国については、人形機械による暫定統治が行われていた。よって、これらについては心配ない。
『問題は、ピアタ帝国とエーディア・ビースティン連合王国だ。こいつらは、東側に政治中心が移動している。ピアタ帝国は隣のベレルフォレスティ国に亡命政府が立ち上がっているし、エーティア地方は元王都に貴族どもが集結しているな』
「まだまだ降伏する状況じゃないし、なんなら反攻作戦があるかもしれないってことね」
『そうだ。工作員からの情報によると、実際に大規模反攻作戦が立案されているらしいがな』
これらの国々に対する偵察は、<ザ・ツリー>としては衛星による空撮くらいしか行われていない。ボット類には活動限界距離が存在し、中継拠点なしではどんなに工夫してもせいぜい百kmが進出限界なのだ。
内陸の情報を集めるには、レプイタリ王国の諜報網に頼る必要がある。
『まあ、そいつらはしばらく心配無いぜ。物資集積地なんかを調べさせているが、ウチから送ってる物資の7割は途中で無くなってるらしいからな』
「7割もなくなってるの?」
『途中で破損することもあるが、大半が横領されてるんだろうな。荷運び人から倉庫の管理人、門番兵に地方の豪族。移動するたびに目減りしてるんだよ』
「治安も何もあったもんじゃないわねぇ」
経由する国や街が多いため、レプイタリ王国から送られる物資は最終的に3割程度しか前線に届いていないらしい。
まあ、途中で消費されているのであれば、それはそれで物資提供の意味があるため、一概に悪とは言えないようだが。それに、戦線が膠着するのであれば、そちらの方が好ましい。
『そんな状況だからな。反攻しようにも、なかなか物資が集まらないってわけだ。ま、当面はそのままでいいだろう。てめえらで戦線を押しとどめてるって錯覚させておけ』
問題は、とアマジオは続けた。
『武器弾薬も無くなってるってことだ。こりゃ、案外内戦でも起きるかもしれねえぜ。情報がまだ少ないが、銃器を買いあさってる奴らがいるらしいからな』
「うーん……使節団を送り込んだ方がいいかしら? もうちょっと情報が欲しいわね」
ボットによる諜報網ができれば、物流の全てを監視することも出来るのだが。現状は海岸線に上陸させているだけだ。街道はほとんど押さえられていない。
とはいえ、<リンゴ>が用意する人形機械を派遣するわけにも行かない。あまりにも目立ちすぎる。
『ウチの奴らに通信機を持たせるだけでも、ずいぶん違うかもしれねえがよ。そこまで技術を突っ込むのもなぁ……』
「電子製品を出回らせるのは反対?」
『技術が追いつかねえのさ。長い目で見たら、ちゃんと基礎を積み重ねないと国力にならねえ。ある程度発展させるつもりがあるなら、製品輸出じゃ無くて教育に力を入れるべきだろうよ。だが、まあ……ある意味緊急事態ではあるか。どうするかね』
なんにせよ、国家群が暴走しないよう、手綱を握る必要があった。
あるいは、情報収集を優先し、暴発されても対応できる準備をしておくか、だ。
「レプイタリ王国から、政治的に干渉できるのかしら」
『難しいな。大使館はあるし、発言権も強いが。そもそも国家として、ピアタ帝国もエーディア・ビースティン連合王国も、半分崩壊してるんだ。何か約束させても、速攻で破られるんじゃねーかな』
イブは考える。政治問題ということであれば、<リンゴ>には苦手な分野だろう。アマジオの助力が必要だ。
『ま、これを機に関係を太くするとしよう。物資運搬の専用部署を作るか……。北方国家群はそれほど重要視してなかったと思うが』
アマジオは、レプイタリ王国の上層部に進言を行うようだ。本人は引退したつもりだったようだが、<ザ・ツリー>と関わることでまた表舞台へ上がろうとしてる。
本人の能力は非常に高いため、現執行政府の面々は是非に戻ってほしいと熱望している。意思を示せば、すぐにでもトップに据えられるだろうが。
『用意してくれた拡張頭脳構造体のおかげで、思考加速も記憶保管も数百倍になったからな……。国の舵取りくらいなら片手間でできるようになったがよォ。正直、ずっと指示出しし続けるのは勘弁してほしいぜ』
「あら。国のトップとしての矜持とかはないのかしら?」
『できれば優秀なAIに丸投げしたいね。成功事例がすぐ傍にあるのに、それを見習わないのは愚かだと思わないか?』
「……えへ?」
アマジオは非常に優秀だ。地頭が良いようだし、身体機能も拡張済みだ。さらに、今はAB構造体に接続することで処理能力が格段に上昇している。
だが、<リンゴ>という超知性体を前にすれば、その能力も塵に等しいだろう。そういう例がすぐ隣にあるのに、自分が苦労するのは馬鹿げていると感じるのは、正しい感情だ。
『まあ、それはいい。俺は信頼を積み重ねるしか無いからな。とりあえず、帝国も連合王国も、内情がボロボロすぎて外から制御するのは不可能だ。食糧援助でも武器供与でもいいから、ある程度の勢力をこっちから食い込ませる必要があるな』
「ピアタ帝国、確か、北側の魔の森の被害が増えてるって話だけど」
『それもある。帝国は頭が国外に逃げちまってるから、現場の足並みが揃ってねえ。衛星写真を見た限り、相当の村が森に呑まれてるな』
アマジオの予想では、少なくとも半年から1年程度は、混乱が継続するとのことだ。その間、侵攻前線を何らかの形で維持できていれば、両国は内乱などで崩壊する可能性が高い。
そこまで持って行ければ、領土の確保は成ったも同然だ。
崩壊した国家は、レプイタリ王国を含む周辺国家が支援することで人命を保護しつつ、じわじわと吸収合併されていくことになるだろう。
『とはいえ、<パライゾ>製の武器弾薬がな。戦国時代になるかもしれんが』
「弾薬の使用期限はあるし、供給を絞れば制御できるんじゃない?」
『たぶんな。まあ、やってみないことには分からん。銃も精密機械だ、整備できなければ数ヶ月で使えなくなるとは思うがね』
「そうね。……私たちが進出すれば、全てを併合できるとは思うけど。アマジオさんは理解してるわよね。それをすると、とっても面倒だって」
『統治用のAIを置いて放置してもいいんだぜ?』
「AIの幸福の定義にもよりますが、正直、共感は出来ませんので。私は推奨しかねます」
興味の無い人類種を積極的に守るつもりも、導くつもりも無い。
それが、<ザ・ツリー>のAI種の共通見解のようだった。




