第288話 日向ぼっこ
「いい天気ですねぇ、お姉さま!」
「……そうねぇ」
日々の健康のためには、日光浴は非常に重要だ。
太陽光に含まれるUVBと呼ばれる紫外線の効果で、ビタミンDが体内で生産される。
また、強い光を浴びることでセロトニンの分泌が促されるのだ。
もちろん、ビタミンDを投薬などで補うことは可能だ。セロトニン分泌のための光も、人工的に生み出せる。無理に日光を浴びる必要は無い。
ただ、狐獣人という特性なのか、日の光の下で微睡むという行為が、イブにとって精神安定上非常に重要である、というのが<リンゴ>の分析だった。
よって、毎日朝と朝食後に、日光浴するというのが日々のルーチンとなっているのだ。
そして、今日はアサヒが要塞<ザ・ツリー>に戻ってきているため、2人が一緒に行動している。アサヒ自身はほとんど機械化されているため日光浴自体には意味は無いが、お姉さまと行動を共にしているというだけでいろいろと向上していた。
「時間になりましたので、光学シールドを起動します」
少し離れた場所に待機していた<リンゴ>の操作する人形機械が、そう告げる。
適切な電圧を印可された積層クリスタルが、人体に有害な波長の光線を排除した。これで、長時間の日光浴となっても司令の大事な身体に影響が出ることはない。
「……時間かぁ」
丸くなっていたイブがゆっくりと体を起こした。そのまま両腕を上げ、大きく伸びをする。
一緒に転がっていたアサヒも、すっくと立ち上がった。
「飲み物と軽食をお持ちしますね、お姉さま!」
「ありがと~」
自走カートまで走ったアサヒが中から冷えたグラスとポット、氷菓を取り出し、再びシュタタと走って戻ってくる。
その間に、イブは2人掛けのシートに移動していた。ナイロン繊維で編み込まれたカップルシートだ。
「ささ、どうぞ~」
「今日は何かしら?」
テーブルにトレーを置き、アサヒはグラスに飲み物を注ぐ。ポットの中身は、凍る寸前まで冷やされた炭酸飲料だ。北大陸で見つかった柑橘のフレーバーを付けられているらしい。
「んー、おいし~」
炭酸水のような果糖液体や、アイスクリームやシャーベットのようなものであれば、アサヒでも消化可能だ。そのため、今日のデザートは糖度の高い果物のシャーベットである。
マンゴーに似たその果実は、イブのお気に入りのひとつである。
キャイキャイしながらデザートを堪能した2人は、そのままカップルシートでくっついたまままったりし始めた。
普段は他の5姉妹が仕事に戻るため、イブも合わせて戻ることになるのだが、今日はアサヒがいるためゆったりと過ごしている。
「そういえば、アサヒは今後はどうするとか決めてるのかしら?」
「アサヒですか?」
んー、とアサヒは首を傾げる。別に回答に困っているわけではなく、甘えているだけだ。
「そうですねー。とりあえず、神国の方に上陸したいなあと」
「あら、そうなのね。ノースエンドシティまで行くのかと思ってたんだけど」
「あっちは<コスモス>の担当ですしねぇ。アサヒが行ってもあまり自由にできなさそうなので!」
ノースエンドシティは、O級戦略AIの<コスモス>が開発を行っているのだ。魔物素材の加工設備を整えたり、魔の森の開拓装備をテストしたりと、かなり精力的に動いている。
そこにアサヒが増えたところで、リソースの奪い合いになるだけだ、と判断したようだ。
「なるほどねー。それで神国か。確かに、あっちは拠点制御のAIは未定だものね。全体管理は<アイリス>がやってるけど」
「はい、お姉さま。たぶんそのうち、イチゴお姉さまのI級が設置されるんじゃないかと思いますが、今のところ一番自由に動けそうですし、研究もはかどりそうですしね!」
神国の上陸拠点である、ヤーカリ港。一応ここにもO級AIである<ロータス>が設置されているが、仮設置のままだ。そのうち、もう少し内陸、大規模鉱脈のそばに生産拠点を建設するため、そちらに移設される予定である。
そんな状況であるため、神国の安全性は非常に高い。
何なら、現地統治機構を残したままのアフラーシア連合王国よりも、数段安全かもしれない。
「あー、そういえば新しい護衛機の開発してるって言ってたわね。アサヒが使うことになるのかしら?」
「あ、そうですねお姉さま! はい、アサヒの護衛用、ひいては要人警護に使うための護衛機ですね! 試験的に、ノースエンドシティから取り寄せた炎杖という魔道具を組み込む予定なんですよ!」
「ほ、ほう」
「これ、火を吹くトカゲの魔石を使って作られた魔道具なんですが、気合いを入れたら炎の塊が発射されるんですよね! なんとかこれを自動機械に組み込めないかと試しているんですよ!」
「そうなのね……」
「そんなわけで、今は護衛機のテスト中です。問題なさそうならそのうちヤーカリ港に上陸するかもしれません!」
「気を付けるのよ。ほぼウチの勢力圏だから大丈夫とは思ってるけど、陸も海も、完璧に掃討出来てるわけじゃないんだから」
「はい、お姉さま!」
イブも、<ザ・ツリー>が順調に勢力圏を広げていることは認識している。観測できている限りの人類文明は全て対策済だが、魔物、脅威生物対策は万全とは言い難い。
とはいえ、それを恐れているだけでは前に進めない。
脅威度を判定しつつ、許容範囲内であれば進出を繰り返す。現在はこれを継続している状態だ。
「ひとまず神国の問題はほぼ片付きましたが、お姉さまはどういう風に考えられているのでしょうか?」
これは、アサヒの純粋な疑問だろう。アサヒは研究メインで動いているため、決定していない戦略情報にはあまりアクセスしていないのだ。必要であればダウンロードするだろうが、この場はただのレクリエーションである。
イブもそれは理解しているため、おしゃべりとして情報を口にする。
「そうね。アサヒも分かっているとは思うけど、今は拡大フェーズよ。資源の確保が成功して、生産量は右肩上がり。戦力増強を行って防衛力を強化しつつ、生産設備を増やしている段階ね。鉱脈も土地も、神国制圧で相当に広がったわ」
プラーヴァ神国は内陸国家だ。平原を開墾し、畑を作り、食糧を増産することで一気に国土を広げている。本来不足する戦力は、僧兵という忠実な魔法兵を運用することで賄っていた。
「アフラーシア連合王国の国土も周辺国家と比べたら相当に広いんだけど、プラーヴァ神国とは比較にならないわね。当面、私たちは土地と資源に困ることはないわ」
「そうですねぇ。まだ手を付けていない鉱脈も多いですし、神国内には大規模鉄鉱床もありそうなんでしょう?」
「そうそう。西側に、そういう痕跡が見つかったわ。ちょっと離れてるから詳細はまだ分からないんだけどね」
北大陸は、まだまだ東西に広がっている。なんなら、プラーヴァ神国のさらに西側にも、人類国家がある可能性がある。衛星画像からは見つけられていないが、ファンタジー世界では何の保証にもならないのだ。
それに、西に国がなくとも、東にはまだまだ未到達の国家が複数存在するのだ。
ゆえに、衝突に備える必要がある。
支配地域は、一気に広がった。今度は、そこを完全に勢力下に組み込まなければならない。
そのためには、まだまだ自動機械もAIも、数が不足しているのだ。
「プラーヴァ神国は、拠点の増設を進めないとね。あとは、西側国家と交渉を進めるとか。森の国より向こう側の情報が、全くないしね」
「そうですねぇ。じゃあ、当面は内政強化ですね! アサヒも魔法を習得して見せます! お役に立ちますよ!」
「ふふっ。期待してるわ、アサヒ」
小休止、みたいな感じでしょうか。
拡大フェーズですね。




