第286話 ハッピーハロウィン
2巻発売記念&トリック・オア・トリート。
「ハロウィン、またはハロウィーンとは、毎年10月31日に行われる夜の祭り。カボチャ、カブをくりぬいて作るジャック・オー・ランタンを飾る、子供達が魔女やお化けに仮装して近所の家々をまわってお菓子をもらう、などの風習がある」
「……へえ。お祭りねぇ。そういえば、ゲーム内だとそんなイベントやってるところもあったような、無かったような……?」
残念ながら、元々プレイしていたVRMMOの<ワールド・オブ・スペース>は硬派な仕様であり、地球を飛び出してどれだけ経ったかも分からない世界観では、全ての歴史が失われていた(という設定だった)。そのため、地球由来のお祭りイベントなど全く縁が無かったのである。
もちろん、リアルの世界の方ではそういったイベントもやっていたため、時期は知っていたのだが。
「ところで、それ、10月31日が大事なの?」
ただ、宇宙スケールで考えると、暦上の日付に関連付けられたイベントなどあまり意味をなさないだろう。なにせ、1年が365日であるという保証はないのだ。
そういう意味だと、この惑星の1年は380日と7時間12分であり、地球基準で計測すると1日が26時間3分12秒である。10月31日という日付は、いったいどう当てはまるのだろうか。
「文献によると、冬季の始まりとされる11月1日の前日、日没から開始される祭りが起源。つまり、<ザ・ツリー>は北半球に所属しているので、11月1日の前日、10月32日の日没から始めるのが正しいと考えられる」
「なるほどねえ」
冬季、冬季ね。とイブは呟きつつ、目の前のサイダーをこくりと飲んだ。
氷がカラリと音を立て、グラスに結露した水滴が、ぱたりとテーブルを濡らす。
今日は、10月32日。
天気は快晴。
外気温は31℃。湿度72%。
亜熱帯気候の<ザ・ツリー>には、冬季という言葉は似合わない。
「この日の夜間は世界の境界が曖昧になると考えられていた。この世とあの世の間に門が顕れ、親しい者の死霊も悪霊も妖精も、全てが自由に行き来できるようになる。よって、生者は悪いものに連れて行かれないよう、悪魔や悪霊、妖精の仮装をして身を隠す。一方、親戚や親友の霊も帰ってくるため、家の中で盛大に歓迎する」
「へ~。由来なんて調べたことなかったから、知らなかったわ。やっぱりアカネは物知りねぇ」
イブに褒められたアカネは、得意げに胸を張った。
そして、イブは思いつく。
せっかくアカネが調べてくれたのだから、ハロウィンをやってもいいのではないか、と。
とはいえ、イブにとってはとんと縁の無かったイベントである。
何をすればいいのかは分からない。
まあ、分からなければ調べればいいし、なんだったら適当にこじつければいいのだ。
この世界には、ハロウィンなどという風習は存在しないのだから。
「よし。<リンゴ>、ハロウィンしましょう」
「……はい、司令」
◇◇◇◇
ジャック・オー・ランタンを飾り、ついでにそれっぽい人形やぬいぐるみを準備する。
灯りは蝋燭やランタンを使えば、かなりそれらしくなるようだ。
その他、お化け、コウモリ、蜘蛛や蜘蛛の巣。ドクロも悪くない。
ただ、あまりおどろおどろしいものは普通に怖いため、コミカルな方が好まれる。
カラーリングは黒、紫、オレンジあたりがよいようだ。
このあたりはお任せである。
そして、肝心なのは参加者の仮装である。
ハロウィンといえば仮装。
「お化けの格好は……地味ね。これ以外で」
「はい、司令」
魔女。
ゾンビ。
悪魔。
コウモリ。
骸骨。
黒猫。
一般的な仮装はこのあたりだろうか。
「うーん……どうせなら可愛らしい感じのほうがいいわね。ゾンビとかフランケンシュタインの怪物とか、怖くしても面白みはないし……。あいつらって引き立て役でしょ? こういう場合」
それは、諸説あるのでなんとも肯定しがたい。
「ざっくりデザイン作って、みんなで選びましょうか」
というわけで、イブは早速姉妹達を集め、ハロウィンの開催宣言を行った。
「アカネが教えてくれた、このハロウィンというお祭りをしましょう!」
「ほう、ハロウィンですか」
こういったイベントに造詣の深そうな、アサヒが真っ先に反応する。
「そうよ。本来のお祭りみたいにお菓子の収集はできないけど、まあ、仮装してパーティーする感じでいいと思うのよね!」
「お姉様も仮装なさるのですか?」
「もちろん!」
となれば、姉妹達が参加するのは当たり前である。
各々に好きな仮装を選ばせるとアサヒ以外はお姉さまとお揃いになることは目に見えていたため、各自で気になる仮装をピックアップした後にくじ引きを行うことになった。
「では! 1番アサヒ、引きます!」
真っ先に手を上げたアサヒが、嬉々として<リンゴ>の持つくじ引きボックスに手を突っ込み、ガサガサとかき回し、くじを引っ張り出す。
予測選択させないよう、ボックスを持つ<リンゴ>が絶妙に両手を操りランダム選択を強いていた。超性能AIの面目躍如である。
「ほう……。小悪魔、ですか」
アサヒは小悪魔。
アカネは魔女。
イチゴは黒猫。
ウツギは悪魔。
エリカはコウモリ。
オリーブは小悪魔メイド。
<リンゴ>は堕天使。
「黒猫……メイド?」
そして、イブはにゃんにゃんメイドをすることになった。
引いてしまったからには仕方が無い。
役になりきる必要がある(ない)。
「メイドね! お茶とか淹れればいいのかしら!」
「……サポートはいたします」
当然そんな家事をやったことが無いイブが、何か出来るはずが無い。
キャイキャイ言いながらそれぞれの仮装に着替えた8人は、結局全員でパーティー会場を飾り付けることにした。
飾りは汎用工作機械で出力し、料理も自動調理器が作り出していく。
そうして準備をしているうちに日が落ち、丁度よい時間となった。
「「「「「「「「ハッピーハロウィン!!」」」」」」」」」
全員が声を合わせて叫ぶと同時、展望室の照明がゆっくりと落ちていく。
水平線に沈んだ太陽が、世界を暗いオレンジ色に染めていた。
<リンゴ>が手にしたロウソクに、パチリと火を灯す。
「どうぞ」
「おお、ロウソクなんて初めて使うわ」
差し出されたロウソクに、イブがおっかなびっくりという手つきで自身の手に持つロウソクを近付ける。ぷるぷると震えるそれに、かろうじて火が燃え移り、ぽう、と灯りが増えた。
「……ほえ~」
火を使った灯り、というものを見たことがなかったイブは、その小さな炎に魅入られたようだ。その間に、他の姉妹達も<リンゴ>から火を分けてもらう。アサヒは嬉々として自身のロウソクに火をもらうと、そのまま部屋に積んであるジャック・オー・ランタンに突撃していった。自分で火を点けたかったらしい。
部屋のいたるところに置かれたロウソクやランタンに全て灯が点った頃、イブがようやく我に返る。
「おお……。こりゃまた、ずいぶん雰囲気が変わったわねぇ……」
「お姉様、きれいですね……」
「「おお~~」」
「…………」
オレンジ色の灯りに照らされた室内は、人工照明と異なる情景を見せている。普段と異なる光景に、姉妹達はだんだんとテンションが上がってきているようだ。
「とりあえず……始めましょうか」
投影ディスプレイが、空中に大きく文字を描き出す。
「「「「「「「「トリック・オア・トリート!!」」」」」」」」」
全員の声に合わせ、クラッカー音と共にキラキラとしたエフェクトが宙を舞った。
「あっ……。やば、これがパーティーってやつか……」
「「きゃー!」」
「おー!」
そんなキラキラ空間で、テンションの上がりきったウツギ、エリカ、そしてアサヒが走り出し、イブは何やら感慨深そうに頷く。心の琴線に触れたらしい。
こうして8人の少女達は、かわいいポーズをとったり(黒猫になりきって)にゃんにゃん鳴いたりと、大変楽しい時間を過ごしたのだった。




