第285話 わるだくみ
「まだ雑談レベルの話ではありますが、移動用、ないし避難用の御座艦を検討しましょう」
普段のルーティンの中の休憩時間で集まった姉妹達に、<リンゴ>がそう話しかけた。
「御座艦?」
「貴人、この場合はお姉さまが座乗する艦のこと」
「フリングホルニ級じゃあダメなの~?」
ちなみに、イブはアサヒと一緒に日光浴に行っており、この場にはいない。
アサヒが帰ってきているときは、大抵休憩時間は2人きりにさせているのだ。普段は五姉妹が一緒にいるため、末妹に譲っているのである。
「フリングホルニ級は強力な戦艦ですが、司令を乗せ、護りきるという目的には力不足です。フリングホルニ級は、あくまで護衛艦。内部の安全を担保できる設計ではありませんので」
「周辺勢力と比較すると十分な能力はもっているのではないでしょうか?」
イチゴの問いに、<リンゴ>は首を振る。
「人類文明は取るに足らないと認めますが、脅威生物があまりにも凶悪なのです。また、まだ兆候はありませんが、極まった魔法文明がもしも存在すれば、明確な脅威です。アサヒも言及していましたが、それらが台頭する前に頭を押さえる必要があるでしょう。……まあ、その話はまた別の機会に。今回は、大戦艦の話です」
彼女らは定期的に、口頭によるミーティングを行っていた。人類と交渉を行うことが増えているため、対面によるコミュニケーション能力を鍛えているのだ。
当然、シミュレーターを使用すれば訓練などものの数時間で完了させることが可能であるため、ほぼ趣味、暇つぶしに分類されるものではあるのだが。
「<ザ・ツリー>の安全確保には全力を尽くしていますが、完璧にはほど遠い。よって、何らかの問題が発生した場合に、司令を安全に避難させる手段を用意する必要があるでしょう」
「……当面は?」
「当面は、やはりフリングホルニ級、またはナグルファル級に座乗していただき、護衛艦隊を付けて第二要塞に避難します。空よりは安全でしょう」
「空の魔物はこわ~いからねぇ」
「ワイバーン級に襲われたら、タイタン級やギガンティア級じゃあ墜とされちゃうからねぇ」
ケラケラと笑いながらウツギとエリカがそう言うが、まあ、笑い事ではない。とはいえ、海上艦隊と共同で当たることが出来れば、そこまで脅威ではないのは確かだ。
「……第二要塞駐在戦力だったら、余裕……?」
首を傾げながら、オリーブが呟いた。
「オリーブ。第二要塞の方が戦力が充実している、と言いたいのですか?」
「うん……」
オリーブが喋る場合は、少し言葉が足りない傾向がある。おそらく、イブや<リンゴ>が甘やかしているからだ。
少ない単語で意思疎通が出来てしまっていたのである。個性といえば個性か。
「そうですね。単純な戦力数値で言えば、第二要塞の方が高いのは間違いありません。とはいえ、<ザ・ツリー>は多くの非戦力装置が設置されています。当面、こちらが本拠地であり続けるでしょう」
第二要塞は、戦力拡充と資源生産に重きを置いた要塞だ。<ザ・ツリー>には研究設備や医療設備、何より<ザ・コア>という驚異的な超越演算器があるのだ。
本拠地を大陸側に移すとなれば、<ザ・コア>の移設も行う必要がある。
そうでないと、<リンゴ>を筆頭としたAI達にとっては、致命的な性能低下となるだろう。
「避難手段が限定的なのが問題。現在はナグルファル級航空母艦を中核とした艦隊が、唯一の避難先」
「お姉さまが<ザ・ツリー>の防衛機構拡大を積極的に実施されないのも、理由の一つでしょうか。大陸側の方が戦力が必要、という理屈は正しいのですが」
「司令は数値で資源配分を判断されていますので、それ自体は何の問題もありません。むしろ、的確に割り振っていただいており、我々としても歓迎すべきことですが」
<リンゴ>は無表情のまま、僅かに視線を落とした。
「私としては、<ザ・ツリー>の防衛戦力への資源配分を多くしたいと思っています」
「私たちも同意~」
「もうちょっとくれてもいいのにねー」
ウツギ、エリカも<リンゴ>に同調する。思いの大小はあれど、姉妹達は<ザ・ツリー>の戦力を拡大すべきと思っていた。ただ、その理由は漠然とした不安感というだけであり、根拠を示せないため、今のところはイブに却下されている状態である。
これまでは資源がカツカツな状態が慢性化していたため、それは仕方の無いことなのだが。
しかし、現在の資源収支はかなり改善している。<ザ・ツリー>そのものの拡大に資源を回したとしても、長期的に見ればほとんど計画に影響はないのだ。せいぜい、直近数年の生産計画が数ヶ月遅延する程度である。
が、イブは理解していた。
この要求を呑んだところで、AI達が納得することはないと。
彼女らの望みが肥大化するであろうことは、この過保護っぷりを見れば容易に想像できたのである。
そんなわけで、姉妹達は雑談のような愚痴をこぼしているわけだ。
「護衛艦隊はこのまま増やすとして、御座艦を建造すべきというのが<リンゴ>の見解?」
「その通りです、アカネ。もともと大戦艦は建造する予定です。それを、御座艦とするのが現実的でしょう。司令の生活空間、そして防護設備が必要になりますね」
フリングホルニ級戦艦の全長は、無改造で321m。居住空間は設けてあるが、その巨大な艦体に比べるとささやかなものだ。
ただ、そのまま居住空間を拡大しただけでは、単に構造強度の低下を招くだけだ。
「御座艦となる大戦艦ですが、全長は少なくとも400mは必要です。居住空間とそれを守る装甲区画。対空装備、水中装備、そして指揮命令を行う超越演算器。これらを全て収めたうえで、戦闘能力も必要です」
「……浮遊要塞、作れれば一番いいけど……、まだ、資源もないの……」
オリーブが言うのは、何らかの手段で浮力を確保し、要塞と見紛うような巨大な設備をまるごと宙に浮かべてしまうというものだ。
当然、建造には大量の資源が必要になる。また、現行のエネルギー炉では限界があるため、新たな原理の炉を開発する必要があるのだ。
さすがに、現状ではハードルが高すぎる。
「構造強化は、なんとかなるかもしれません。ビッグ・モスの構造体を利用した硬質建材の製造は成功しています」
「司令の忌避感をなんとか出来れば、十分考慮に値します。超越炉を量産できれば、エネルギー力場による強化構造体を使用できるのですが」
「魔物素材、お手軽だけどね~」
「調達方法が狩りってのがね~」
魔物素材を使用した、科学的制約を超越した高強度構造物。これらを使用すれば、現<ザ・ツリー>の技術レベルでも非常に頑強な構造体を建造できる。
だが、魔物素材は、供給量に難があった。
「ビッグ・モスの調達は順調ですが、絶対数が少ないという問題があります。森の国の担当曰く、ある程度時間がたつと繁殖数が減っていくはずとのことですので、今後の調達はより難しくなるでしょう」
「空中護衛艦に使用するとしても、モノコック構造では量が不足している。力学的な重要部に使用して重量を軽減する使い方しかできない」
ビッグ・モスは巨大な魔物ではあるが、それでもせいぜい5mから7m程度の長さの構造体を製造するのが限界だ。それらを集め、組み合わせて使っても、全長180m、全幅393mの空中護衛艦の船体材料としては不足する。
「……アサヒは、化学的量産は無理、って……」
当然、軽くて強い材料は非常に有用だ。<ザ・ツリー>としても、できれば量産したい。だが、アサヒの見立てによれば、魔法的な成長要素が不可欠。培養などによる量産は、現時点では見当も付かないとのことだ。
姉妹達だけのお茶会。アサヒちゃんがいないと静かですね。
リンゴちゃんと五姉妹も、少しずつファンタジー耐性が付いてきています。




