第283話 家族との交渉
陸上戦艦<ヨトゥン>を中心に置いて移動する大部隊が、ゆっくりと停止する。
先頭を行くのは、多脚地上母機とその護衛機達だ。
「……」
対するは、魔の森開拓地の警備僧兵。家族の一部隊である。
多脚地上母機の上部ハッチから身を乗り出している人形機械に気付いているようで、即時厳戒態勢というわけではない。
数百mと離れた場所に止まった多脚地上母機を目指し、数人がゆっくりと近付いてくる。
それを確認し、多脚地上母機から人形機械が飛び降りた。3体の人形機械、そして護衛の多脚攻撃機が3機。
即時の敵意は無いことを示すため、それらだけで前進を再開する。
『対話は可能か?』
彼我の距離は、およそ10m。通常はすぐに手を出せる距離ではないが、相手は魔法を使用する僧兵だ。目と鼻の先と言ってもいいだろう。
まあ、それは電磁投射砲を装備する<ザ・ツリー>側にとっても同じだが。
「対話の用意はある」
拡声器を使用した呼びかけに、家族はそう返した。
◇◇◇◇
「ほんとに会話できるんだ」
中継映像を鑑賞しながら、イブが感想を漏らした。
「聖都攻略は順当に終わったけど、こっちはどうかしらねぇ」
数日前、第2次聖都侵攻作戦が実行されたのだ。
結果、<ザ・ツリー>側は相当数の自動機械を撃破されたものの、全ての敵対ユニットの排除に成功。聖都の完全制圧を完了したのである。
最前面に出てきた大司教を飽和攻撃で足止めしつつ、司教クラスをエネルギー攻撃によって撃破。その後、大司教1人1人に地面が溶岩化して沸騰するほどのエネルギーをぶち込み蒸発させたのである。ついでに巻き込まれた周辺の砲弾や各種自動機械の構成元素も蒸発して拡散したため、重金属等の有害物質による土壌汚染が大変なことになっているらしいが、まあ、数ヶ月もあれば回収は可能だろう。現在は誰も生き残っていないため、特に影響もない。
ちなみに、岩石の主要構成物であるシリカ、SiO2の融点は1,650℃、沸点は2,230℃らしい。余談だ。
「何らかの手段で、聖都の状況は伝わっているはず。彼らがどう反応するかは未知数だけど、そう悪いことにはならないと<アイリス>は予想している」
「そうなのね。あのあたりは魔の森に近いから、あんまりうるさくすると面倒なことになりそうだし、争いにならなきゃいいけど……」
家族は魔の森を開拓している。当然ながら、その本拠地は魔の森の入り口だ。
数百km離れた場所でドンパチしたらワイバーンがかっ飛んできた事例があるため、当然油断はできないのだ。
◇◇◇◇
「そちらの要求を聞こう」
「我々への抵抗を行わないこと。対価として、食料その他あらゆる物資を提供する」
「……」
侵略者の言葉に、家族側の僧兵は沈黙した。
おそらく、想定していた答えと全く異なったからだろう。勝者が敗者に、援助すると申し出ているのだ。彼らの考え方、常識を照らし合わせると、理解できない回答だろう。
「我々は、あなた方が行っている魔の森の開拓、聖地への到達について興味がある。それを支援してもよいと考えている」
「……しばし、待たれよ。私では判断しかねる。……テロニーア、ウレベリュア様を呼んでくれ」
「はっ」
従兵と思われる男が、伝令に走る。それを見送り、人形機械のイチハツ=アイリスは振り返って手を上げた。
その挙動に反応し、地上母機がゆっくりとその体を地面に付ける。
側面ハッチが開放され、内部から自走機械が走り出す。
「立ったままでは落ち着かない。テーブルを用意する」
「……承知した」
自走機械に積まれていたタープが自動展開し、即席の会談所が作られた。テーブルと椅子が置かれると、給仕機が水の入ったガラス製のピッチャーを配置する。
カラリと氷の鳴るグラスに、イチハツ=アイリスがピッチャーから水を注いだ。
「どうぞ」
「……いただこう」
毒物は警戒していないのか、この場の代表と思われる男がグラスに口を付ける。
「美味い水だ」
その場の全員が水を飲み干した頃に、少し装飾の多い服装をした男と、従兵数人が歩いて近付いてきた。
「……あなた方との交渉を担当することになる、ウレベリュア氏だ」
「そう」
イチハツ=アイリスは頷き、彼女も歩いて男を出迎えた。後ろには、護衛兵が2人を付けていた。
「ようこそ。私があなた方と交渉のために派遣された、イチハツ」
「ウレベリュアだ。降伏勧告かと考えていたが、他に何かあるのかね」
「交渉である。我々は、あなた方と交渉を行いたいと考えている」
そうして、両者はテーブルについた。
用意された軽食を、イチハツ=アイリスが率先して口に入れる。
やや戸惑っていたようだが、ウレベリュアも焼き菓子を手に取った。
「我々は力を示している。あなた方と対話を行うために必要と考えたからだ」
「ふむ……。……我々のことは、知っているようだな」
ウレベリュアの確認に、イチハツは頷いた。
「調査は行っている。とはいえ、実際に会話するのは初めて。そして、まともに会話できたこの国の権力者も、あなたが初めてだ」
「…………」
イチハツの言葉は単なる事実の羅列ではあるが、牽制、ないし苦情ととられたようだった。ウレベリュアは眉間にしわを寄せつつ目を閉じ、腕を組んで軽くため息をつく。
「聖都の連中は、融通がきかん。我々とは目的を共にしていた。ゆえに、問題は無かったが。あなた方とはぶつかることになった、か」
「それに関しては、この場では気にしなくていい。我々が始め、我々が終わらせた。そして、本質的にあなた方とは関係ないと理解している」
「……そう、か」
彼は、イチハツの言葉を疑ってはいないようだった。手段は不明だが、聖都での戦いを、ウレベリュアは知っているらしい。<ザ・ツリー>の力を理解しているのか、会話を続けるつもりがあるようだった。
「あなた方と戦うことは、犠牲が大きい。ゆえに、交渉。あなた方に食料その他の物資を提供する用意があり、そして魔の森の開拓を続けてほしい。その力は開拓にのみ使い、我々と敵対しない。我々はそれを求めている」
「……なるほど。我々にいささか有利すぎるな。あなた方の利点を教えていただきたいが」
「魔の森の開拓。そして聖地への到達。我々もそれを目指している」
「…………」
信じられない。
それが、家族の総意だろう。
普通の国家、あるいは集団との交渉であれば、最初から躓いた状態といえる。
だが、良くも悪くも、家族は普通ではない。
損得勘定が、通常の人類集団とは異なるところで行われているのだ。
「聖地への道の開拓。これを邪魔せず、支援してもらえるということであれば、我々としては歓迎すべき事であり、反対するものではないが」
「支援の量については、気にする必要は無い。十分に足るものを用意できる」
「承知した。この場で全てを受け入れることはできないが、言葉による交渉を継続しよう」
イチハツの言葉の真贋は判断できない。だが、交渉は続ける。
それが、ウレベリュアの回答だった。
「言葉による対話ができることを嬉しく思う。今日はこれ以上続けるのも難しいだろう。続きは明日として、まずは贈り物を持ってきた」
「……贈り物?」
「食糧。そして、武器のサンプル。特に食料については苦労しているのではないか」
「……あなた方が全てを止めたからではあるが、その通りだ」
プラーヴァ神国のインフラは、ほとんど停止した状態だ。当然、侵攻によって輸送隊が動けなくなったからだ。
第2次侵攻はさくっと飛ばしました。特筆すべき事は特に起こりませんでした。
さ、謎のチミヤーとの交渉開始です。




