第282話 自己犠牲の構造
「そういえば、前にアサヒが生物兵器がどうとか言ってたけど……。こんなところに実例が……」
以前、<レイン・クロイン>に機械を埋め込んで生体兵器化する計画を立てていたアサヒを思い出し、イブはため息をついた。
『お姉さま! これはいい事例ですね! 徹底的に調べないといけませんよ!』
アサヒはうっきうきでそう叫ぶ。
『魔石の有効利用の一つではないでしょうか! この障壁を生み出せるなら、たとえばギガンティアに搭載できれば無敵の空中要塞にできますよ!』
「それはそうだけど、死体の再利用はねぇ……」
やる気のあるアサヒと違い、イブは難色を示していた。
生体部品といえば聞こえはいいが、実態は死体の継ぎ接ぎである。普通に考えて、あまり気持ちのいいものではない。たとえば、脳を取っ払って代わりに電子計算機を突っ込んで動かすなど、外道の極みではないだろうか。
アサヒは<レイン・クロイン>を解体し、魔石と血管をつなぎ、表皮を外装に貼り付け、骨格を補強材として配置し、筋肉を各可動部位に接続する案を提示しているが、あまりにも冒涜的だった。
「どうしようもなければ許可するけど、いらないでしょ? 正直」
『まあ、いまのところ必要性は特にありませんが……。お姉さま、挑戦無くして科学の発展はありませんよ!』
「死体の再利用を発展させてもねぇ……」
そんな主従の会話を、<リンゴ>はじっと聞いていた。基本的にはイブの意向を尊重するが、状況によってはアサヒの案も呑むつもりなのだ。例えば、司令の安全性が飛躍的に向上するなら、反対を押し切ってでも製造するつもりである。
『まあ、まずは調査からですよ、お姉さま! 案外、別の方法で再現できるかもしれませんし! 調査のためにも、動作する現物は確保する必要があります!』
「まあねえ。一応言っとくけど、緊急事態以外は、この魔物の生体部品化は私に報告しなさいよ。知らないうちに死体の中で暮らしてた、とかヤダからね?」
「はい、司令」
そんなやりとりが本拠地で行われているなか、<アイリス>はプラーヴァ神国侵攻部隊の再編成を行っていた。
3日以内に、陸上戦艦<ヨトゥン>4隻の海上輸送が完了する。四脚戦車の生産は順調で、第2次侵攻開始時には定数まで回復する見込みだ。
さらに今回は、バックアップに主力多脚戦車も投入し、ギガンティア部隊も2部隊を当てる想定である。航空戦力と空挺が加わることになるため、戦力評価値は第1次侵攻時の1.5倍と判定されていた。
一方、プラーヴァ神国聖都側の戦力は、第1次侵攻時と比較しおよそ半分。
しかも、戦力の回復の当てはない。
地方に出ていた司教クラスの人員がいたりした場合は大きく変わってくる数値ではあるが、今のところその兆候はない。神国側も、可能な限りの戦力を集中させていたということだ。
つまり、現状の戦力を撃破すれば、神国の戦力は払底するということである。
<アイリス>は第2次侵攻で、現在判明している超戦力ユニットを全て撃破するという想定のもと、戦略を再策定していた。
一応、侵攻開始前に降伏勧告は行う予定である。
ただ、これまでの経験上、プラーヴァ神国の聖職者が投降する可能性はほぼゼロだ。
駐屯していると思われる家族の動きが見えないことが不確定要素ではあるが、前回の戦いに出陣しなかったことを考えると、次の戦いにも姿を現さないのだろう。
そもそも、今も聖都にとどまっているのかは不明である。彼らの目的は、あくまで魔の森に道を拓くことなのだ。聖都防衛など、彼らからすると些事である。
<パライゾ>は、大きな力を示した。
そろそろ、家族との対話も可能かもしれない。
◇◇◇◇
プラーヴァ神国聖都に潜ませたボットが、情報を送信してくる。
城門を破った際に侵入させた自動機械は大半が破壊されたが、情報収集用のボットや地下埋設式の情報収集装置は、ある程度の数が生き残っていた。
そこからもたらされるデータによると、聖都の防衛部隊はかなりのダメージを負っているようだ。
機械とは異なり、生身の人間である。
数日程度で戦いの傷が癒えるようなことはない。
ただ、厭戦気分が広がっているというわけではなさそうだった。
疲れた様子は見せているが、彼らは淡々と後始末を行っている。
破壊された四脚戦車の残骸を持ち帰ろうと近付いた多脚重機は、巡回の僧兵に見つかると破壊されてしまった。人員が大幅に減っているはずだが、それでも定期巡回は欠かしていない。
ある種、機械のように自身の職務を全うしている。
<アイリス>は、これを強力な洗脳によるものと推定していた。
洗脳と分類しているが、要は教育環境である。
幼い頃から歯車としての生き方を強制されていれば、個人の感情を押し殺した忠実な機械のような兵士ができあがる、ということだ。
そんな集団の中から実力のある者が上に取り立てられ、最高権力者に収まる。個の欲求を極限まで抑えられた人々が集団を形成しており、そこには自己顕示欲などはほとんど発揮されない。
こんな体制でも、あと数十年も経てば欲に塗れて腐敗した権力構造に変わっていたかもしれない。だが、少なくとも今は、誰もが神国維持という目的に真っ直ぐ突き進んでいた。
その進む先に、断崖絶壁が口を開けていたとしても。
彼らは、淡々と身を投げていくのだ。
◇◇◇◇
「たとえ全滅しようとも、少しでも敵に損害を与える。それが、聖都防衛を行う僧兵全員の考え方のようです。家族こそが彼らが支援すべき対象であり、彼らに仇を為す可能性の高い我々<ザ・ツリー>は神敵ということでしょう」
「聖都も絶対防衛対象ではなくて、最も敵を迎え撃つのに適した都市だから、か。うーん、人間、そんな考え方が簡単にできるものかしら。普通、命は惜しいんじゃないの?」
集まった情報の分析結果を聞きながら、イブは首を傾げていた。
「お姉さま。時に、人間は不合理な選択をする。特に、集団幻覚のような状態であれば、全員が間違った思想に突き進む事象は、歴史上何度も繰り返されている」
「とはいえ、全員が全員、1人も我に返ることなく盲進するというのも異常と思いますが……」
アカネの説明に、イチゴの疑問。
確かに、いくら篤い信仰があるからといって、全員が進んで命を捧げることなどできるのだろうか。そこが、イブも引っかかっているようだった。
『お姉さま。もしかすると、僧兵達は何らかのネットワークに組み込まれているのかもしれません!』
そこに意見を挟んできたのは、ファンタジー専門家のアサヒだ。
「……ネットワーク?」
『はい! 僧兵達や司祭、司教達。彼らが、何の合図もなしに有機的に連携を行っているというのは、先の戦場で何度も確認された事象です! これが、念話のような魔法技術による通信だと想定していたのですが、もしかするとそれにとどまらないかもしれません!』
立体映像のアサヒは、ぴっと人差し指を立て、自信満々に話し始める。
<リンゴ>が気を利かせて、後ろに『個人の感想です』というテロップを表示した。
『我々AI種のように、思考データそのものをリンクし、分散コンピューティングのようなデータネットワークを形成しているのかもしれませんよ! であれば、個性は薄まり、全体利益を優先した行動が可能になります!』
「うーん、まあ、確かにねえ。あまりにも個をないがしろにしすぎ、とは思ったけど」
アサヒは、独自の切り口を使って戦場データを再分析したようだった。
『僧兵のチームが、戦果の最大化を目的に犠牲を出しているような場面が複数確認されています! どんな訓練をしたらそんなことができるのかと考えていましたが、そもそもが複数ユニットを1個と捉えて行動しているなら納得いきますね!』
「一応同じ人類種としては、納得しかねるんだけど!?」
犠牲を出しつつ敵を撃破する。全体のために自己を捨てる。どんなに洗脳を繰り返したところで、全員がそれをできるようになるとは思えない。だが、先の戦場では、至る所でそんな光景が繰り返されていたのだ。
しかも、僧兵達がその犠牲を悼んでいる様子は見られなかった。
戦いが終わった今であれば、死者を偲ぶような様子は見せている。回収した犠牲者を、火葬ではあるが丁寧に扱っていることも確認できている。
だが、戦場下では、それらの行動は全くといっていいほど見られなかったのだ。
個で生活しつつ、時に集団で事に当たるし、必要であれば自己を犠牲にできる。
種を繁栄させつつも娯楽を追求できるというのが、人類の強みでしょうね。




