第280話 部隊の全滅判定
僧兵達の必死の抵抗にもかかわらず、続々と城壁を越えて都市内へ侵入していく四脚戦車。既に南門城壁外の敵僧兵は全滅しており、それを防ぐことはできない。
唯一、城壁の上を走って近付くしかないのだが、完全に押さえ込まれている。
工作用の多脚重機が、四脚戦車に護衛されながら城壁を越えていく。その腹から引きずられているのは、通信ケーブルだ。まずは城壁の上に通信ユニットと情報収集センサーを打ち込み、そのまま都市内へ降下していく。
これで、望遠映像と侵入させたボットからの不完全なデータでしか収集できていなかった内部情報が、一気に増えた。さらに複数機の重機が都市内への侵入に成功し、次々と情報収集杭を地面に打ち込んでいく。
「都市内部の情報解析、開始。解析処理主体を<アイリス>から<リンゴ>へ移譲」
「権限受領しました。解析結果のフィードバックを開始します」
膨大なセンサー情報を受け取った<リンゴ>は、一気に聖都の解析を行う。解析結果は即座に<アイリス>に返送され、作戦立案に使用されることになる。
「元々聖都は半分以上が僧兵だって話だったけど、もぬけの殻ね」
「はい、司令。非戦闘民は北に避難させ、僧兵を揃えたものと考えられます」
国の規模から考えるとかなりの広さを持つ聖都だが、一般市民とおぼしき反応はほとんど見つからない。多くは防衛戦力として駆り出された僧兵だったのだろう。
そして、その僧兵達も、相当数が既に戦死していた。
とはいえ、司教、大司教の出現により、推定戦力評価値はむしろ開戦前より上昇している。一方、倍以上の差があった<ザ・ツリー>側戦力は、既に半減。侵攻作戦の勝敗は、どちらに転んでもおかしくない状態となっていた。
「最大戦力を城壁外に拘束することが出来ていますね」
「<アイリス>は、このまま聖都攻略にかかる」
制圧した南部城門付近に、飛行ドローンが次々と投入されていた。遠目に見ると、まるで羽虫の大群だ。相互に距離を保ったまま、ドローン群は城壁を越え、聖都に侵入していく。
大半はそのまま上空に散っていくが、一部は城壁を下り、着地。城壁内部の制圧のため、飛行用ブレードをパージした後に内部へ侵入していく。
「このサイズの城壁なら、中にも通路があるのね」
「はい、司令。スパイボットの数が少なかったため調査は最低限でしたが、内部に門扉操作の装置がありますので、制圧します」
幾人かの僧兵を数で殲滅し、ドローンが門扉の開閉装置にたどり着く。巻上機などは破壊されていたが、固定装置さえなんとかしてしまえば、あとは四脚戦車がこじ開けることが可能だ。
「<アイリス>が、南門の完全制圧を宣言した」
こうして、プラーヴァ神国聖都の南門は開放され、多数の自動機械が流入を始めたのである。
一方、城壁外の様子である。
腹に大穴を開けられた西門担当のヨトゥンだが、かろうじて走行機能を維持していた。最大の脅威であった大司教は、ギガンティア部隊からの砲撃に追い込まれて北側方面へ逃げている。ヨトゥンを妨げる障害物がいなくなったということだ。
稼働可能な四脚戦車は、作戦開始時の4割を切っている。だが、それでも十分な数だろう。ヨトゥンはその巨体を西門に寄せると、鉤付きワイヤーロープを次々と発射する。既に南門が破られ、次は西門。生き残りの僧兵が集まってくるが、自動機械達の勢いを止められるほどではない。
大司教が撃破したはずの怪物が、ぶち抜かれたまま、何事も無いように迫ってくる。相当に恐ろしいだろう。
実際には、3基の核融合炉のうち1基は全損、もう1基も出力が2割まで低下、内部エネルギーラインもズタズタになっており、各所の機能が停止している。走行用のホイールも、6割方が沈黙しており、なんとか自走できるだけで廃棄物寸前の状態だ。
とはいえ、そんな状態であるということは、外部からは分からないのだ。
侵入したドローンが、手際よく城門を開放する。門を閉ざすものが無くなれば、侵入を拒まれることはない。四脚戦車とドローンが、大量に城壁内に侵入を始めた。
東門は、大司教が着実に四脚戦車を排除していた。殺到する砲弾とレーザー砲を時に避け、時に弾き、その足を止めずに次の獲物に飛びかかる。
地上戦力での撃破は難しいと判断した<エウリュトス>は、行動妨害を主眼に攻撃を継続している。移動起点にレーザーを集中し、攻撃動作開始前に徹甲弾の同期砲撃を行う。相手の処理能力を奪い、少しでも四脚戦車の損耗率を抑えている。
そして、北門。
西側の大司教と、北側の大司教が合流。敵の戦力評価値は跳ね上がるが、分散していた<ザ・ツリー>側の砲撃密度も倍になる。レーザー、メーザーの光線が、大司教の展開する多数の盾による散乱まで計算にいれて放たれた。
レーザー、メーザーは、エネルギー照射による加熱がその攻撃力となる。分散されても込められたエネルギーそのものが減衰するわけでは無い。
そして、たとえ防がれたとしても、防いだ箇所は相応に加熱する。
撃ち込まれる砲弾が、大司教の動く場所を制限。
そして、計算し尽くされたエネルギー放射が、特定空間に注ぎ込まれた。
エネルギーが集中した箇所に存在した物質は、瞬時にプラズマ化。
そうでない空間も、輻射によって高熱が撒き散らされる。
北門の戦場は、局所的に灼熱地獄と化した。
「……直接攻撃に加えて、環境ダメージね」
「どの程度効果があるかは不明ですが」
高エネルギーの光線に炙られながら、大司教が逃げる。盾の特性が僅かに変わり、再び光線が散らされる。しかし、発生した熱は簡単には消えない。
<アイリス>は、淡々と大司教を追い詰める指示を出す。
戦場を支配する<エウリュトス>は、輻射熱、すなわち赤外線を利用して大司教に継続ダメージを発生させていた。
北側担当のヨトゥンは、今のところ健在だ。このまま大司教を押し込める、そんな状況。
盾を発生させていた大司教が、立ち止まった。何かを叫ぶと同時、大量の盾が出現、彼を取り囲む。その盾の群れの中に、遠距離砲撃を行った大司教が飛び込んだ。
「<アイリス>が、全力砲撃を要請」
『あ、溜めに入ってますよお姉さま!』
「大技を撃つつもりかしら」
集中したレーザー、メーザーは反射され、散らされ、有効打とならない。殺到した金属砲弾も、全ての盾を貫通することは出来なかった。
射線の通る全ての砲が、対象の大司教を指向。一斉に砲撃する。
とはいえ、目の前の敵を放置してそんなことをすれば、無防備な側面を晒すことになる。次の瞬間、四脚戦車のおよそ1割が大破判定を受けた。
だが、それらの犠牲を払ったおかげで、600発を超える砲弾が飛翔する。各砲弾は、厳密に発砲タイミングと照準を調整されている。無駄に空中でぶつかることが無いよう、僅かに時間差を付けて発砲しているのだ。
盾にたたき付けられる、大量の金属砲弾。至近での攻撃のため、空気抵抗による減速はほとんどない。超音速の質量が、その運動エネルギーを破壊力に転換する。
映像が、真っ白に輝いた。
一部の運動エネルギーが熱量に転換、着弾地点が高温に包まれる。
プラズマ化した原子、あるいは蒸発した金属、溶けた鋼鉄など、様々なものが飛び散った。
一大スペクタクル映像を、イブは難しい顔で注視し、音声をカットされたアサヒが立体映像ではしゃいで鑑賞している。
「ヨトゥン6番艦に重大な損傷が発生。稼働率は10%未満」
「大司教が逃げた!」
「城壁の中!」
データ解析を行っていたアカネ、ウツギ、エリカが報告する。
大司教の放った遠距離攻撃により、北門担当のヨトゥンが大破。ほぼ全機能を喪失。
一方、大司教もただでは済まなかったらしく、大きなダメージを負った状態で撤退したらしい。そして、同時に東門の大司教も撤退。
後に残ったのは、全損判定を受けたヨトゥン6番艦、足回りに致命的ダメージを負った5番艦、そして大量の残骸と、当初の10分の1まで数を減らした四脚戦車達。
「<アイリス>より報告。城壁内に撤退した大司教と司教により、内部に侵入した四脚戦車とドローンが破壊されている」
負け確イベントの都市防衛戦では、ここから主人公達の撤退戦が始まります。
敵の大魔獣は倒したし、主人公(大司教)パーティーもなんとか生き残りました。余裕余裕。




