第279話 ゾワゾワする光景
地を走り、時に空中を蹴り逃げる大司教。微妙に射角を変えながら、高出力のメーザーがそれを追う。照射された地面は瞬時に水分を失い、乾き、ひび割れ、そして赤熱して融解する。プラズマ化した分子が周囲に拡散し、独特の光を放っていた。
『距離が離れているので、照準が難しいですね。相手は小さく、素早い。空中は微振動もありますし、これが限界でしょうか』
コンソールから飛び出している朝日の胸像が、腕を組みつつ首をかしげる。メーザー砲は精密制御されているが、簡易的な制振装置しか装備していないため、人間サイズの目標を狙うのは難しいようだ。
本来、それを補うための照射直径の太さとエネルギー量だったのだが。
通常の生物であれば、かすっただけで黒焦げになるはずなのだ。
「<アイリス>は多段電磁投射砲を要請。<エウリュトス>部隊、多段電磁投射砲の時差攻撃を選択」
アカネの報告と同時、合計7門のコイルカノンから、6,000m/sまで加速された金属砲弾が射出された。耐熱コーティングを蒸発させながら、砲弾はおよそ10kmの距離を、2秒足らずで駆け抜ける。
大司教の逃げ道を塞ぐように、時差を付けて突き刺さる極超音速弾頭。着弾した砲弾は大地を吹き飛ばし、衝撃波を撒き散らす。散弾と化した土塊が周囲に拡散し、巻き込まれた僧兵が為す術なくその命を散らした。
だが、その攻撃を受けても、目標の大司教の排除は叶わない。
「わ~。目標、攻撃範囲から脱出~。なにこれ、無敵モード~?」
「メーザー砲による追撃を行っているが、砲身温度が限界近い。そろそろ緊急停止する」
「ほかの大司教も止めないとねー」
東門の大司教は、人の背ほどの長さがあるツーハンドソードを振り回し、甚大な被害を撒き散らしていた。そのまま東側に展開しているヨトゥンに近付くと、足下をなぎ払う。直後に殺到したレーザー砲にたまらず退避するが、その一撃でヨトゥンの足回りがほぼ完全に破壊されてしまった。底面に装備されたホイールのおよそ半分が切り裂かれ、使用不能になったのだ。
そんな大司教を止めるため、様々な砲弾が絶え間なく撃ち込まれている。
そして、北門では多数展開された障壁が、四脚戦車の動作を著しく妨害していた。動きが鈍れば、それは単なる的だ。他の機体への援護もできず、複数の僧兵や司教によって、1台、また1台と四脚戦車が破壊されていく。
「全空中護衛艦、空中母艦が旋回軌道に入った。背面武装も使用可能になる」
「お、ようやくか……。タイタンは腹面武装がちょっと少ないからねぇ……」
自身の船体が死角になり、使用できていなかった背面武装。タイタンは腹面のおよそ1.5倍、ギガンティアでも腹面の7割程度の砲台が、背面に設置されているのだ。
船体を斜めに傾ける旋回軌道をとることで、大半の砲台が地上目標を指向できるようになったのだ。
「飛行軌道安定。攻撃開始」
そうして、混沌とした戦場に、さらなる混乱をもたらす砲弾の雨が追加される。
だが、そもそも戦場は四方に展開されているのだ。
「で、こっちは……なんとかなるかな」
「南門、敵部隊排除を完了。前進する」
おおよその敵ユニットの掃討に成功したのが、南門部隊である。
ヨトゥンは主砲こそ破壊されているが、その他の機能は健在。四脚戦車も、そこそこの数が残っていた。
ヨトゥンがその巨体を揺らし、前進を開始する。築かれた塹壕などものともせず、巨大なホイールが全てを粉砕した。
敵僧兵はなんとか城門周辺で抵抗を続けているが、押し寄せる四脚戦車全てを止めることが出来ない。数機、その抵抗線を抜けた四脚戦車が、巨大な扉で閉ざされた城門の前にたどり着く。
だが、そう簡単には通してくれないらしい。
四脚戦車が近付いた瞬間、ガラガラと音を立てながら、鉄格子が下りてきたのだ。
重力に任せて落下した鉄格子は、下端を地面に突き刺すことで固定される。
とはいえ、本来、この程度の鉄格子であれば簡単に破壊することが出来るのだが。
即座に撃ち込まれた砲弾に反応し、防御膜が砲弾を全て受け止めた。
『砲弾は攻撃と判定されますね。単に通過しようとする場合にどう反応するか確認したかったんですが、鉄格子は厄介ですね。破壊は難しそうです』
そうこうしているうちに、南門で抵抗を続けていた僧兵の排除が完了。南門付近は、完全に<パライゾ>が占拠した。
「司教、大司教もほかの戦場に釘付け。しばらくは大丈夫そうね。ということは?」
「侵入は城壁越えを想定。ヨトゥンが城壁登攀用の装備を射出する」
城壁に近付いたヨトゥンから、侵入補助用の鉤付きワイヤーロープが多数発射された。それらは城壁の上部に飛び込み、石積みのそこにうまいこと引っかかる。
「弾かれなかったわね」
「はい、司令。攻撃的なものを選択的に防ぐようですね」
ここで、魔法障壁の新たな特性が判明した。砲撃のような明らかに損傷を与える攻撃は防がれるが、侵入用のロープなどはその対象にならないらしい。
『どうやって選択しているんでしょうねぇ! 核の魔石に思考能力があるとは考えにくいですけども!』
アサヒは嬉しそうにそう言うが、まあ、もともと障壁の選択性というのは想定されていた事象ではある。全てを防ぐならば空気や水、食料を摂取することが出来ないし、生物の意識が選択しているのであれば、意識外の攻撃にも反応するのは不自然だ。
何らかの選択機構が、外付けで存在している可能性がある。
とはいえ、その考察は、この場ではこれ以上発展しない。
登壁攻撃を想定していなかったのか、鉤爪が撃ち込まれた場所に慌てて走る僧兵達。その場の僧兵も鉤爪を外そうと手を出すが、金属製ケーブルはそう簡単に切断できるものではない。
即座にロープに取り付いた四脚戦車がウィンチを接続し、それを巻き上げながら城壁を登り始めた。
残念ながら、外から撃ち込まれる砲撃は、障壁に阻まれる。
集まった僧兵達が、ケーブルを切断しようと剣を振り下ろした。だが、幸いなことにケーブル素材の鋼鉄の方が強度があったらしく、その一閃で剣は半ばから折れ飛んだ。だが、現在ケーブルは重量数十トンの四脚戦車がぶら下がっている。
表面を傷つけられたケーブルはその場所からバリバリと音を立てながら破断していき、そして千切れ飛んだ。
跳ね飛んだケーブルが周囲の僧兵をなぎ払い、支えを失った四脚戦車は、為す術なく城壁を滑り落ちていく。
「少々、ケーブル強度に難があったようです」
「即席の装備にしては、ちゃんと動いてるみたいだから大丈夫よ」
<リンゴ>としては、最大強度にはもっと余裕を持たせたかったのだろう。だが、戦場ではそんな悠長なことを言っている暇はない。
四脚戦車のいくつかが城壁を登り切り、暴れ始めた。集まってきた僧兵が攻撃を仕掛けるも、足場の狭い城壁の上だ。レールガンの一撃で何十人もの僧兵が空を舞う。
そして、そこを足がかりとし、四脚戦車が次々と城壁に上がってきた。
「個人で障壁を出してるわ……」
僧兵達は両手を前に突き出し、障壁を展開。レールガンの砲弾を弾きつつ、前進。
だが、連続で撃ち込まれる極超音速砲弾を、そう何発も防げる強度はないらしかった。数発をなんとか防ぎ、そのまま気絶するように倒れる。
おそらく、アサヒが以前言っていた魔力切れの症状なのだろう。
後ろの僧兵がすぐにカバーに入り、さらに接近するが、その頃には既に、城壁内部まで四脚戦車が入り込んでいた。
「……悪いけど。悪いとは分かってるけど。穴に群がる魔物じゃんこれ」
そして、その様子を望遠で映した映像は、どうひいき目に見ても、魔物の大群にたかられる哀れな城塞都市であった。
魔王軍化の止まらないザ・ツリーをこれからもよろしくお願いします。
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