第278話 勝ったな(フラグ)
「これは、勝ったわね」
『お姉さま、なんでフラグを立てるんですか!!』
「お姉さま、まだ敵の上級僧が出てきていないから、油断は禁物」
戦力評価値はともに減じているとはいえ、明らかにプラーヴァ神国側の数値の減少が早いのだ。予想下降線の具合からしても、ほぼ勝ちは確定している。それがイブの認識だが、そういえば未だに存在が不明確で、戦力評価も出来ていない大司教とかいう役職の者達がいた。
「けっこう壊滅的な状況だと思うんだけど、まだ出てきてないし。戦力の小出しは悪手じゃないのかしら?」
とはいえ、イブはここまで戦況が悪化している状態で、まだ温存している戦力があるというのが信じられなかった。
外で戦う僧兵達は捨て駒で、少しでも敵の戦力を削ることが目的なのだろうか。
『お姉さま。人類種に完璧を求めても、それは過剰な期待ってものですよ!』
「アサヒも辛辣ねぇ。そういう意味だと、前線のAI達も完璧にはほど遠いと思うんだけど」
「処理できる情報量が根本的に異なります、司令。言語の発声と記述でしか情報共有できない人類種と、各種情報を直接伝達可能な我々AI種を比較するのは、建設的ではありません」
イブのぼやきに思うところがあったのか、<リンゴ>が早口で反論してきた。イブはやべ、という表情を浮かべ、慌てて立ち上がった。
「はいはいはい。あなたたちのことはとってもすごいと思ってるから、落ち着いて……」
<リンゴ>に全てを依存しているイブとしては、<リンゴ>にへそを曲げられると文字通り命に関わるのだ。まあ、<ザ・ツリー>所属AI達の存在意義からすればそんな事態にはなり得ないのだが、気分の問題である。
(無表情で)いきり立つ<リンゴ>の人形機械の肩を、イブは抱き寄せた。
たぶん、<リンゴ>なりの甘えというか、一種のコミュニケーションなのだろう。アサヒが若干ジトッとした目つきになっているが、幸い、イブが気付くことは無かった。
「お姉さま。<アイリス>が、特殊個体を見つけた」
そんなハートフルなやりとりをしている間にも、前線の状況はめまぐるしく変わっていく。
<アイリス>の敷く監視網が、ひときわ豪奢な衣装を纏った大司教と推定されるユニットを捉えたのだ。
満を持しての登場、と言えるのか。
既に、城壁外に展開している僧兵達は、およそ半数が戦闘不能と判定されている。
最強戦力と目される司教も、6名中2名を撃破。
戦力の逐次投入、そう<ザ・ツリー>側が判断するのも無理は無い。
「大司教……。アルヒエピスコプ、ね。推定戦力評価値は、司教の5倍から10倍……。ん? 司教って、ヨトゥンの主砲をぶった切った奴よね?」
「はい、司令。現時点では、このユニットが戦場に出てきた場合、<ザ・ツリー>側ユニットの全滅も想定されます」
「……。陸上戦艦を単騎で落とすってのも、信じられない……というか認めたくないというか……」
ヨトゥンの戦闘能力喪失によって、司教クラスのユニットの戦力評価値が上方更新が行われている。それに伴い、大司教の推定値も跳ね上がったのだ。
事前の想定では、今回ぶつける戦力で十分に聖都攻略は可能だったのだが。
『お姉さま、魔法の前には、通常戦力などあってないようなもの、ただの賑やかしですよ! 大群を圧倒する個、実にロマンあふれるシチュエーションじゃないですか!』
「こっちが蹂躙される側だから、嬉しくはないわよ。戦力評価がある程度正確に出来そうだから、無駄にならないってだけで」
『その辺は織り込み済みですから、お姉さまは心配する必要ありませんよ! ささ、<アイリス>も言っちゃいなさい!』
『今回全戦力が失われたとしても、現在の生産能力であれば、最短5日で戦力回復が可能。1週間後には再度侵攻可能になる。推定戦力評価値から計算すると、最大でも3回の侵攻で神国側の戦力は払底する』
<アイリス>の言葉に、イブは即時イイネを返した。
「ありがと、<アイリス>。でも、今回の侵攻だけで落とせる可能性もあるのよね?」
『イエスマム。<ムネモシネ>が追加されたことで、相当に評価値が上昇しました』
今回、投入した空中護衛艦は高度6,000mを飛行させている。それだけ離れていれば、まあ、なんとでもなるだろう。実際の砲撃は、直線距離で10kmは離れた上空から行っている。さすがに、10kmの彼方に攻撃してくることは無いだろう、という予想だ。
威圧のため、最初の一撃のみ高度1,000mで直上を飛行させたのだが。
そして、<ムネモシネ>の装備する多段電磁投射砲は、最大で重量2トンの弾頭を初速6,000m/s以上の速度で撃ち出すことが可能だ。これに比べれば、四脚戦車の主砲など豆鉄砲と言っても過言では無いだろう。四脚戦車の主砲弾頭重量は5kg程度のため、単純にその破壊力は400倍。供給エネルギーも冷却機構も万全に整えられているため、発射間隔も短い。
この弾頭を直撃させれば、さしもの司教も排除できる、といいなあとイブは思っている。
実際のところは、ぶつけてみないと分からない。
「北門、東門、西門に、大司教と思われるユニットを視認」
アカネが報告し、空中ディスプレイにその拡大映像が表示され。
2人が消え、1人が真っ白に輝いた。
「今度は何ーー!!」
「警告、ヨトゥン4番艦に重大な損傷が発生」
「四脚戦車が襲撃されてる~!」
「攻撃攻撃ー!!」
一瞬にして、現場が混沌の渦に叩き込まれたのである。
ディスプレイの至る所に警報マークが出現し、戦力評価値が凄まじい勢いで減少していく。
「全力全力~」
「操作系を<エウリュトス>に統合するよー。ううん、ちょっと間に合わないかも……」
東門担当部隊の四脚戦車が、次々と撃破されている。砲弾とレーザーが飛び交う戦場で、1人の大司教が無双を始めたのだ。
ヨトゥンの主砲以外の全砲門が、全力で砲弾を撃ち込み始める。四脚戦車は自らを囮になんとか有効打を当てようとするものの、あまりの速度に追いつけないでいた。
何にせよ、距離が近すぎる。
西門担当のヨトゥンは、謎の攻撃によって胴部中央に大穴があいていた。その近くに設置されていた核融合炉は当然大破し、エネルギー系統に重大な損傷が発生。まだ動作停止はしていないが、その戦力評価値は激減していた。
そして、北門については、戦場に多数の半透明の盾が出現していた。
レーザーを散らし、砲弾を完全に防ぐその盾により、僧兵と司教が活発に動き始めている。
特に司教4人は、その盾を足場にさらに意味不明な機動を繰り返して次々と四脚戦車を破壊している。
「おわー! とんでもないことに!!」
「<テイア>、<レイア>、<テミス>の射程に捉えた。メーザー砲を使用」
そんな大混乱の戦場に、大戦力がついに到着する。ギガンティア3番艦、<エウリュトス>が戦場を射程に収めたのだ。空中護衛艦の<テイア>、<レイア>、<テミス>の3隻も、同時に攻撃を始める。
まずは、最も脅威度の高い西門の大司教だ。
大出力のメーザー、合計5門の放出するエネルギーが、一点に集中する。
文字通り、光の速さだ。知覚と同時に、攻撃は最大威力を発揮する。
周辺の大気が超高温によってプラズマ化。だが、城壁そのものは障壁の防御効果に守られているのか、変化は無い。
それでも、次なる攻撃を放とうとしていたらしい大司教が、プラズマに飲み込まれる。
だが、あらゆる角度から敵を観察していた<アイリス>は、大司教が衣服を焼け焦がせつつ脱出したのを確認する。
その情報は瞬時にネットワークに共有され、移動速度と方向から未来位置が予測された。メーザー砲の角度が微調整され、逃げる大司教への照準を継続する。
ファンタジーのインフレが止まらない……。
いや、相手からしても同じかな……?
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