第276話 閑話 (とある司教)
「奴らはあまりにも強大です。騎士を投入すれば持ち直すでしょうが、敵はあの蜘蛛だけではありません」
「後方の、あの山のような魔物ですか。いや、本当に魔物なのでしょうか? 報告では、人が操っているとも……」
「惑わされてはなりませんぞ、兄弟。魔物であろうと人であろうと、我らに仇なす反逆者ということに変わりはありませぬ」
「然り。そも、人であったとして、何をなさるおつもりかな。もしや、泣いて許しを請うとでも。我々は、立ち塞がる敵は全て殲滅せねばならんのです」
「……では、やはり。あの後ろの親玉をなんとかするしかないようですな」
「どちらにせよ、あの砲をなんとかせねばなりません。我らが神の思し召しも、決して完全なものではございませぬ故」
「あの砲、一撃で備蓄の一割が削れましたぞ。随時補充はしておりますが、それも無限ではございませぬ。子供達にも祈りを捧げさせておりますが、そう長くは保ちますまい」
「……。それでは、司教にお願いするしかないでしょうな。いえ、大司教にもお願いした方がよいかもしれませぬ」
「で、あろうな。そこは私から話を通しましょうぞ。あの砲を潰さぬ限り、先はございませぬ」
◇◇◇◇
聖都を護る大結界。これまでの歴史で、この結界が効果を発揮したという記録はない。だが、このたび初めて、この結界は力を示した。
「われらが法神は、その約定どおりにわれらを護られた」
「「「然り」」」
大結界の中心部、地下に安置された巨大な聖石。ぼんやりと光を放つそれが、地下聖堂を淡く照らしている。
その聖石に向け、数百人の信徒が祈りを捧げていた。
法神を信じ、その力の発揮を願う信徒達の信仰に応え、聖石は奇跡を示す。
「我らを護りたまえ」
「「「我らを護りたまえ」」」
「我らの願いを叶えたまえ」
「「「我らの願いを叶えたまえ」」」
「約束の地への道を示したまえ」
「「「約束の地への道を示したまえ」」」
「我らは祈りを捧ぐ」
「「「我らは祈りを捧ぐ」」」
「「「然り」」」
一心に祈りを捧げる信徒達。その祈りは大きなうねりとなり、聖石に捧げられた。
◇◇◇◇
「殲滅せよ!!」
「「「殲滅せよ!!」」」
走る。
「「「然り」」」
走る。
その速さは、常人には捉えられない。一歩踏み出すごとに地面がえぐれ、そして体は加速する。
速く、速く、より速く。
正面から迫る砲弾を避け、避けた先の砲弾を斬り、空を蹴ってさらに避ける。
彼我の距離は瞬く間に縮まり、彼らは敵にたどり着いた。
体中から砲を生やした、山のように巨大な体。
その巨大な砲から放たれる砲弾は、なんとか聖都の大結界が受け止めている。だが、それも無限ではない。信徒達が祈りを捧げて回復させているが、それとて限界はある。
とにかく、何が何でもあの砲を潰す必要がある。
地面を蹴り、飛び上がる。
背後から、砲弾。目の前には彼らが護るべき親玉が居るというのに、子供達は遠慮なくこちらを狙ってきているらしい。
常ならば、目にもとまらぬ速度だろう。
迫り来る砲弾を、しかし彼は、その足で止めた。
信仰により強化された体は、その金属砲弾を受け止め、足場にし、その速度を自身の力に変換する。
砲弾を足場に、その運動エネルギーを自身の移動速度に変え、彼はまるで瞬間移動のような速さで、大きく、そして長大なその砲の根元に出現した。
「……!!」
斬る。
信仰を込めた信剣は、その剣身よりも遥かに太い砲身をすっぱりと切断した。
斬った瞬間に移動しようとした彼だったが、刃を差し込んだ瞬間に放出された高圧大電流が、その体を麻痺させている。信仰によって護られた体には大きな負傷は無いものの、刃から腕、体、足、そして敵の本体へと流れた電流は皮膚を焦がし、服を焼き切り、ブーツの底は外装に張り付けた。
一瞬の停滞。
そこに、斬った断面から噴出した高温高圧の有毒気体が襲いかかる。
毒液は皮膚に着けばそれをただれさせ、吸い込めば肺を焼く。瞬時にタンパク質に浸透、変性させるはずの化学物質の特性は、しかし彼を護る信仰によって大半が無効化された。
それでも、それはあくまで彼の構成物質の変性を防ぐ効果だ。
高温の作動流体を全身に浴び、装備に吸われて毒液そのものを纏うことになった彼は、継続的に負傷を負うことになる。
「ぬぅおぉあああぁぁぁッ!!」
文字通り全身を溶かされる痛みに、彼は耐えきれずに悲鳴を上げた。だが、彼は腐っても司教。結局、負傷したのは彼の服と薄皮一枚のみ。
敵の外装を蹴り、その場を脱出する。
そのまま動きを止めること無く、彼は空を蹴りながら地上に逃れた。
頭上で、破砕音が響く。
彼が斬撃によって思わぬ反撃を受けたため、別の司教が遠当てによる遠隔破砕を行ったのだ。基部を外部から爆砕された砲塔は自重に負け、破滅的な音とともに長大な砲身が根元から脱落する。
その破壊口から毒液が噴水のように吐き出されるが、それを為した司教は既に次の目標に向け走り出していた。
地面に降り立った彼は、走りつつ身に纏う装備を剥ぎ取っていく。毒液を被った服を脱ぎ捨て、ひとまず撤退を選択。拠点に帰れば、回復もしてもらえるはずだ。
他の司教により、目標の巨大大砲の撃破はなった。確認した限り、こちらの損害はなし。一番槍であった自身の負傷が最も重いようだった。
拠点に駆け込み、司祭に回復の祈りを捧げてもらう。受けた負傷を癒やしつつ、新しい装備を纏う。
幸い、信仰に護られていた愛剣は無傷だ。防具さえ着替えれば、すぐに復帰できるだろう。
そうして新しい装備を身に纏い、彼は拠点から再度出撃し。
南の大砲を潰し、東に向かった司教達。彼らが巨大な敵に近付いたと見えた瞬間、閃光が戦場を覆い尽くした。
彼は見た。
走る司教に向けて、無数の大砲が指向した瞬間を。
周囲で暴れる蜘蛛達も、その背に乗せる小さな砲が、彼を指していた。あの巨大な敵が体中から生やした砲が、全てが寸分の狂いも無く司教を捉えていた。
全ての砲が、チカリと光った。同時に、司教は閃光とともに消滅した。
何が起こったのかはわからない。だが、実質的に最上戦力である司教が、何の抵抗も出来ずに消えてしまったのだ。
他の司教も、何が起こったかはわかっていないだろう。
後方に下がっていた自分が、たまたま戦場を俯瞰できたから見えたのだ。
理屈はわからないが、おそらく、多数の砲を1カ所に集中して攻撃したのだ。1発1発が知識にある大砲よりも遥かに強大な攻撃。それが重なれば、なるほど、いかな司教とはいえ耐えきれないということか。
戦場に出た全ての司教に状況を伝えつつ、彼も走った。
今の攻撃を防ぐためには、可能な限り動き続けることと、砲塔の動きを共有し続けるしかない。
そして、また1人に砲が向けられる。
それに気付いた司教は、全力で回避した。空を蹴り、瞬動と呼ばれる技術で真横に移動する。
地面が光ると同時、大爆発を起こす。
真っ赤に溶けた大地が飛び散り、真っ白な煙が吹き出した。
だが、避けた。
致命的な攻撃でも、避けることが出来れば、恐れることは無い。
敵は強大だが、十分に対抗できる。
それに、後ろには大司教が控えている。
まだ、この戦いには勝てる。
彼は、彼らはそう確信し。
ここでようやく、空から降り注ぐ多数の砲弾の存在に気が付いた。
慌てて、彼は空を見上げる。
ほぼ同時に、日の光が遮られた。
上空を覆う、巨大な翼。全身が瞬いているのは、多数設置された砲台が絶え間なく砲弾を吐き出しているからだ。
あまりにも巨大な、空を飛ぶ要塞が、そこにあった。
が、がんばぇー。
上から降ってくるぞー。




