第275話 砲撃対策
「これ、人形機械サイズの高出力戦闘機械程度じゃ、全く相手にならないのかしら?」
「……戦闘特化型であれば、抗しうるかと。現状のエネルギー収支であれば、超越系の分子構造を再現することが可能です。量産性を無視すれば、超高機能材料を原料として特殊機を製造できます」
地上で採取可能な元素と、化学反応可能な分子構造では、強度やエネルギー出力に限界がある。超エネルギーを注ぎ込むことで、強制的に高次素材を製造し、その限界を突破できるというのがリンゴの説明だ。
当然、量産性は無いに等しい。製造に使用する莫大なエネルギーを資源採集に回したほうが、最終的な効率は上になるだろう。
高性能機体を用意できるというのは魅力的ではあるが。
「いやまあ、さすがに作らないけどね。個の戦闘力が必要な状況とか、考えにくいし」
「はい、司令」
ひとまず、敵僧兵の戦闘能力の一端は知れた。次は、遠距離攻撃に対する反応だ。
戦略AI<アイリス>は、既にコマンドを送信済。
コマンドを受信した陸上戦艦<ヨトゥン>4番艦が、動き出した。
ヨトゥンの装備する主砲が、ゆっくりと旋回する。その動きは、目のいいものがいれば聖都の城壁からでも視認できるだろう。
発砲。
音速を遥かに超えた速度で撃ち出された金属砲弾が、瞬きする間もなく城壁に着弾する。
これで城壁を貫けるならば、攻略に苦労することはないのだが。
「防御膜を確認した」
だが、そう簡単にはいかなかった。石造りの城壁を簡単に貫通すると思われた砲弾が、粉砕される。城壁沿いに、光の紋様が走った。
一部の脅威生物が常時展開していると考えられる、光の防御膜である。
「あら……。アカネ、類似性は?」
「紋様の類似性は確認された。脅威生物が展開する防御膜によく似ている」
防御膜に突き刺さった徹甲弾は自身の運動エネルギーによって木っ端微塵となり、周囲に煙となって飛び散った。
「……少なくとも、都市単位であの障壁を作る技術があるのね」
「確保したいところです」
「<アイリス>に技術奪取の検討を伝えた方がいい?」
<リンゴ>のつぶやきに、アカネが反応する。<リンゴ>は数瞬、おそらくそれを<アイリス>に任せた際の状況のシミュレーションを行った後、頷いた。
「基本的には<アイリス>に任せましょう。ただし、負荷が増加するのは事実です。バックアップとして、空中空母3番艦<エウリュトス>を回します」
「了解した」
アカネが<アイリス>への指示を出す間、イブはさきほどの着弾映像をスローで確認していた。
およそ8,000m/sという極超音速で衝突した砲弾が、まるで液体のように広がった後で粉々になって飛び散っていく。超速で剛体に衝突すると、例え金属であっても液体と同様の振る舞いをするという貴重な学術映像だ。
「完全剛体か。たしかにね」
「理論上の物質ですが、魔法によって再現されているようです」
完全剛体とは、絶対に変形しない理想の物質だ。少なくとも、映像を<リンゴ>が解析した限り、障壁側に一切の変形は確認できなかったのである。
「脅威生物が使用する障壁と同様のものであれば、飽和攻撃で無力化は可能ですが」
「例えば、ヨトゥンを体当たりさせれば無力化できるかしら?」
そんな剛体として振る舞う障壁だが、数々の脅威生物との戦闘により、攻略法は確立している。このまま連続砲撃を続ければ、攻略は可能。あるいは、それこそヨトゥンのような大質量をぶつけてもいいだろう。
とはいえ、さすがにヨトゥンが体当たりすると、尋常ではない損傷も発生してしまうだろうが。
「複数機で衝角を使用して継続的にダメージを与えるということであれば、可能でしょう」
「衝角……たしかにそれっぽい機構が付いてるわね……」
ヨトゥンに外付けで衝角を付ける。前部から尾部にかけて、艦体中央を貫く衝撃分散機構が最初から準備してあった。一応、何らかの障害物に衝突した場合に致命的なダメージを受けないための役割もあるのだが、最初から衝角を付ける運用も想定していたらしい。
「まあ、砲撃でなんとかなりそうなんだし、わざわざ危険な体当たりをする必要はないけどね」
「はい、司令」
ヨトゥンには、6基の主砲が装備されている。すべてが多段電磁投射砲であり、初速こそ約6,000m/sとレールガンには劣るものの、打ち出す砲弾径は桁違いに大きい。当然、投射される運動エネルギーも相応だ。
そんな主砲を装備したヨトゥンが4隻。計24門のコイルカノンが、聖都を指向する。
「斉射」
アカネの呟きとともに、画面が光った。僅かに時間差を付けて撃ち出された砲弾が、聖都の壁に突き刺さる。防御膜が展開され、すべての砲弾が防がれたのだ。
「解析中……<レイン・クロイン>、<ワイバーン>と比較し、持続時間が長いと判定」
「僧兵達に動きがあるようです」
僅かな時間差による砲撃での持続的圧力を加えるが、少なくともコイルカノン24発は耐えきるらしい。だが、何かしら問題があるのか、城壁の上に慌ただしく僧兵が上ってきているのが確認できた。
僧兵達は、間隔を空けて城壁の上に並び始める。
「……。何をする気かしらね」
「アサヒより通信。儀式魔法では、と言っている」
ネットワーク経由で、朝日が意見を投げてきたらしい。彼女は脅威生物の解析にかかりきりなのだが、こちらもネット越しに監視はしているようだ。
「儀式魔法……。複数人でなにかでっかい魔法を使うって感じかしらね。攻撃か、防御か……」
「確かめましょう。アカネ」
「了解した。<アイリス>に提案する」
アカネは、<アイリス>に砲撃続行の提案を送信。<アイリス>は、儀式魔法の可能性を予測演算に組み込み、提案を了承する。
24門の砲口が、再度、極超音速の砲弾を射出した。
「着弾。障壁に変化なし」
「連続砲撃、または外周攻略。<アイリス>は意見を求めています。特に提案がない場合、当初予定通り、外周攻略を開始するとのことです」
「んー。あの僧兵達が気にはなるけど……。外周攻略を優先、動きがあったら適宜修正、かしらね。すぐに攻撃してくるわけじゃなさそうだし、防御寄りかしら」
イブの意見は<アイリス>に即時伝達され、<アイリス>は行動を開始した。
包囲を行っていた四脚戦車群が、一斉に動き出す。
正面攻撃部隊、そして後方砲撃部隊。
ヨトゥンの主砲は城壁を指向したまま、副砲、小砲塔が野戦陣地を射線に捉える。
「攻撃、開始」
アカネの呟き。
そして、数百の砲塔が砲弾を撃ち出した。
レールガンの発するプラズマ光が、戦場を照らし出す。
降り注ぐ砲弾が、馬防柵や堀を吹き飛ばした。精密に制御された射線は突撃する四脚戦車を全て避け、敵の防備のみを破壊する。
降り注ぐ砲弾が、地面を耕していった。馬防柵が粉々になり、堀には土砂が流れ込む。極超音速の徹甲弾が直撃すれば、さすがの僧兵もひとたまりもないようだ。戦力評価が、凄まじい勢いで減っていく。
「四脚戦車が接触」
そうしてあらかたの防御設備を潰したところに、四脚戦車が殺到した。
堀に引っ込んでいた僧兵達が、それに気付いて飛び出してくる。最初の威力偵察を行った南側以外の戦線にも、大司祭クラスが追加されていた。
たちまち、前線は乱戦に陥った。
「ひぇー……」
プラーヴァ神国側の戦力評価値、攻略部隊の戦力評価値がみるみると数値を減らしていく。減少速度は、攻略部隊側が有利。ただし、攻略部隊は当面、戦力追加は予定されていない。
正直なところ、想定よりも撃破数が多い。
「<アイリス>は、戦略プランの変更を思考している」
そんな状況のため、戦略AI<アイリス>は、戦場パラメーターを更新しようとしていた。
書いてて思った。もうちょっと活躍させてあげたいと。
でも、リンゴちゃんがギガンティアを呼び寄せちゃったから、戦力差がさらに……。




