第274話 グラップラー
四脚戦車は、正式装備の多脚戦車MLT-Eシリーズの運用実績を踏まえて再設計された、使い捨て前提の簡易モデルである。
様々な機能がオミットされたり簡易モデルに置き換えられたりしており、本家の多脚戦車に比べると総重量は半分程度。強度が必要ない箇所を徹底的に軽量化し、一部をカーボンナノチューブなどの高強度繊維に置き換えるなどの努力によって実現している。
それでも、その総重量は20tを超える。
そんな超重量物が、急造の丸太柵に突っ込めば、どうなるか。
当然、何の障害にもならず、丸太柵は破壊される――とは、ならなかった。
木材は、特に繊維方向、すなわち縦方向の強度は非常に高い。重量比で言えば、鉄の倍程度の圧縮強さを持つ。単純に同じ重量で作った同断面積の構造物をぶつければ、木材が勝つということだ。
当たりどころが悪かったのか、先端が削られた丸太がうまいこと構造脆弱部に入り込み、四脚戦車はその速度のままに柵に乗り上げる。その速度と重量を支えきれずに丸太は破断するも、四脚戦車側も体勢を崩していた。
装甲の薄い腹部が、後ろに隠れていた僧兵達の眼の前に晒される。
突き出された槍が紙のように装甲を突き破り、内部の重要部品を貫いた。
「B-18、沈黙」
だが、そこまでだ。四脚戦車は1機だけではない。別の1機は丸太柵を吹き飛ばし、隠れていた僧兵にその脚を叩きつけることに成功する。
そして、そんな光景が複数の馬防柵で発生した。一部の四脚戦車は破壊され、それ以外の機体はその重量と膂力を活かし、隠れた僧兵達を文字通り一蹴する。
「戦闘不能、6機。敵僧兵、13人の撃破に成功」
「……一応、想定内の被害ね」
4箇所の馬防柵に分散して突撃させた50機の四脚戦車が、20名の僧兵に相対した結果、6機が損耗。相手13人に被害を与え、残りは7人。
とはいえ、近接戦闘によって発生した被害だ。これで、相手僧兵の力量はある程度見えたが。
「各町に配置されていた僧兵達と、戦闘能力はそれほど変わりないようですね。<アイリス>は許容範囲内と判定したようです。作戦継続を選択」
アカネの緊張度が少し下がった。それを横目で確認し、イブはアカネの頭を撫でる。
四脚戦車群は馬防柵4箇所を破壊し、逃げ出した僧兵を追って再び走り出した。
マイクロ波を受電し電流に変換。変圧器を介して流れ込んだ電流が、脚部モーターを力強く蹴り立てる。
四脚戦車を制御する共通AIが、馬防柵の特性を学習。ネットワークにフィードバックし、次なる目標の解析を行った。激突の瞬間の体勢を調整し、突き出した丸太の先端を装甲で滑らせる。前脚部は柵の根本に突き刺し、突進力をそのまま柵の跳ね上げに変換。
結果、根本から引っこ抜かれた丸太柵は、一撃で空中に投げ出され、バラバラになった。
だが、その隙を突いた僧兵達が、四脚戦車の前部装甲にその槍を突き立てる。
前部装甲は、当然だが、最も装甲の厚い部位だ。超高張力鋼とセラミック、炭素繊維、樹脂系高分子ポリマーによる積層装甲が、ただの鋼鉄製の槍の穂先に貫かれる。まさに理不尽の極みだが、前部装甲はそれまで見越した構造だ。
装甲の下は更に複数の内部装甲を組み合わせた緩衝空間であり、数十cm程度を貫かれたところで内部機能に影響はない。内部でさらに爆発でもされれば問題だが、幸いそこまで理不尽な能力は無いらしい。
槍を突き立てられつつも、四脚戦車はそのまま重量を活かして機体を押し込む。泡を食って逃げ出そうとする僧兵を、脚で薙ぎ払った。
2回目の衝突は、損害軽微。僧兵16人中6人を戦闘不能にし、10人を取り逃がす。
ここで、神国側に動きがあった。
四脚戦車によって防衛線に楔が打ち込まれた形になり、対応が必要と判断したのか。
聖都を囲む城壁から、1人の僧兵、おそらく大司祭クラスが飛び降りてきた。
「来たわね」
今回の突撃は、この戦力を誘引するためと言っても過言ではなかった。戦闘力の高い個体をおびき出し、戦力判定を行う。
いくつかの町でぶつかった司祭も強力な個体だったが、多脚戦車複数機でぶつかれば排除は可能。では、それより強いと目される大司祭の力はいかほどか。
「<アイリス>が、戦力判定を開始した」
44機の四脚戦車は一斉に前進を停止すると、4チームに分かれてそれぞれで密集陣形を取る。全機が集まると何らかの範囲攻撃で全滅しかねず、各機が離れすぎると個別撃破されるため、選択された陣形だ。
大司祭が、地面を蹴った。
そのように見えた瞬間、数百mという距離を一瞬で詰めた大司祭は、手にした剣を、既に振り抜いている。
その一撃で、四脚戦車は全損。内部機構を真っ二つにされ、機能を停止した。
だが、それを悠長に確認している暇はない。
接近してきた大司祭に、隣の機体が即座に脚を叩き付けるが、当然のようにその攻撃は躱された。駄賃とばかりに脚が斬り飛ばされ、その脚を足場に斜めに跳躍した大司祭は反対側の四脚戦車の背面に飛び乗ったかと思うと、その胴体を両断。前後に分かれた四脚戦車が擱坐する。
時間にして、8秒。
たったそれだけの時間で、10機の四脚戦車が尽く斬り伏せられた。
あまりにも圧倒的な戦闘力。音速など知ったことではないとばかりの移動力に、剣身の長さを無視した斬撃。
四脚戦車の一群が全滅し、大司祭は次の獲物に狙いを定めた。
だが、8秒という時間は、その動きを捉え、解析し、戦術プログラムを書き換えるのに十分な長さだった。
リミッターをカットされた脚部モーターが、設計限界のトルクを引き出す。一部の塗装と潤滑油を蒸発させながら、四脚戦車が限界を超えた機動を行う。予想移動位置に差し込まれた脚部に、大司祭は反射的にその剣を振るった。斬撃によって脚部は分割されるが、その運動エネルギーまで打ち消されたわけではない。慣性に従い、1tを超える超重量物が、そのまま大司祭にぶつかっていく。
当然、その程度の攻撃は当然のようにいなされる。飛んでくる脚部に手を付き、大司祭はするりと身を躱した。だが、その動きを予測していた制御AIは、脚部の死角に更に別の機体が振るう脚を隠していた。
予想外の位置から鋼鉄製の脚に襲われた大司祭が、驚愕に目を見開く。手にした剣は振るうに適した位置になく、重量物を躱したせいで体勢も崩れていた。何より、その身体は空中だ。足場になるものは、周囲に何もない。
このままでは、ろくに防御体勢も取れずに、四脚戦車の脚部に薙ぎ払われるだろう。
激突。
大司祭はまるで蹴り飛ばされた小石のように、空中を飛んだ。
だが、まともに入った割には速度が遅い。
振るわれた脚部が、くの字に拉げていた。異常な負荷が発生した関節部は完全に破壊されており、もう動かすことはできないだろう。
ゴロゴロと地面を転がった大司祭が、飛び起きる。
見たところ、怪我をしている様子はない。
どうやら、脚にぶつかった瞬間に空いている片方の手で防御したらしい。素手で複合装甲を掴み、拉げさせ、衝撃力を破壊力に変えると共に自身は跳ね飛ぶことで衝撃を逃したようだ。
「わお」
一連の衝突に、イブは思わず声を上げた。
四脚戦車では、どうやら相手にならないらしい。
軽量化やモーター出力強化によってそれなりの性能をもたせていたのだが、おそらくそれでは足元にも及ばないのだろう。
「<アイリス>が、近接戦闘による戦力評価を終えました」
「次は、撃つ」
アカネが、そう呟いた。
チートファンタジーの主人公なら、このくらい朝飯前のはず!
ここから彼の快進撃が始まるのだ!




