第273話 威力偵察
『おい、いきなり作戦開始の通知が飛んできたんだが』
「プラーヴァ神国攻略開始よ!」
早速アマジオ・シルバーヘッドから連絡があったため、イブは元気よくそう返した。
『……事前に連絡とかねーのか』
「……忘れてたわ!」
引きこもりを舐めてはいけない。基本、他人と連絡を取るという選択肢は発生しないのだ。<リンゴ>は当然未連絡なことに気が付いていたが、わざわざ知らせるようなことはしていなかった。敢えて言うなら、スケジュールに上げているので勝手に見ろである。
『まあいいけどよ。これに関しては半分部外者だしな』
「情報制限は掛けないから、好きに見ていいわよ……」
そんな心温まるやりとりをしている裏で、プラーヴァ神国の聖都へ向け、軍団が行進を始めていた。
最初に動き始めたのは、大量の四脚戦車だ。聖都へ向けて走り出し、その防衛線の手前1kmほどで左右に分かれる。その後ろから、陸上戦艦<ヨトゥン>が続く。
当然、その動きは聖都からは丸見えだ。動き出した<ザ・ツリー>の軍団に合わせ、防衛に当たる聖職者たちも慌ただしく動き始める。
鐘があちこちで鳴らされ、待機場所から僧兵たちが飛び出してきた。
戦略AI<アイリス>は、東西南北に展開する予定のユニット達をそれぞれA群~D群にナンバリングし、そのリアルタイム戦力評価を<ザ・ツリー>への戦術リンクに流していた。
今回の侵攻に関し、<ザ・ツリー>、というか<リンゴ>は基本的に情報的支援は行わない。
全ての作戦進行が、現地戦略AI、戦術AIに任せられている。
「アイリスは頑張っている」
「そうねぇ。ちょっと緊張気味みたいだけど、大丈夫でしょ」
<アイリス>の生みの親に当たるアカネは、そわそわしながらそれを見守っていた。作戦にはU級、E級の戦術AIも参加しているため、ウツギとエリカもアカネの両側にくっついている。
そんな彼女らを、イブは隣の席から見守っていた。
<リンゴ>は、今回の作戦の成功率は8割以上と判定していた。2割は魔法的な不確定要素であり、基本的には失敗する要素はない。
そのあたりの情報は全AIに共有されているのだが、心配なものは心配なのだ。
こういった情緒的な不安定さというのも、頭脳装置の特性の一つだ。神経網の反応領域は、必ずしも数値的な正しさによるとは限らない。その個体の経験情報により、強く反応する領域は異なってくる。
「プラーヴァ神国側の反応強度は想定範囲内」
「対空攻撃は、今のところ無いねぇ」
「予想通りだねぇ」
海上を旋回していた空中護衛艦、11番艦<ムネモシネ>。搭載されているのは、U級戦術AI<ウェデリア・イレブン>。
鋼鉄とカーボンで構成された巨大な鳥は、ゆっくりとその進路を変更した。
聖都攻略の支援砲撃を行うため、高高度から射程内に接近するのだ。
そして、後方から各ユニットを統制するのが、E級戦術AI<リリー>だ。リリーは現在、陸上戦艦ヨトゥンに仮搭載されており、ヤーカリ港で指揮を行っている。
リリーに操られているのが、前線に進出しているヨトゥン4機、そして大量の四脚戦車である。
「今のところ、大きな反応はない。選択するのはプランA」
「予定通りだねぇ」
「ネットワークも安定してるねぇ」
「……アカネ、めっちゃ緊張してるじゃん」
「少し手当したほうがいいかもしれません」
歪な形を描いているアカネの感情図形に、イブは焦りを感じて席を立ち上がった。微笑ましい気持ちで眺めていたのだが、思っていたよりもアカネがストレスを感じていたらしい。
彼女をケアするため、イブはアカネの後ろに回り、そっと肩に手を置いた。
「ほらアカネ、大丈夫だから力を抜きなさい」
「……お姉さま」
「大丈夫よ。何かあっても、バックアップはすぐにできるわ。あなたは信じて見守っていればいいのよ」
「……でも」
イブは、ちらりと感情図形を盗み見る。
アカネは緊張状態(極)、ウツギとエリカは不安と緊張のレベルが高い。イチゴは戦術リンク情報を解析しているのか、平静状態だが稼働率が高くなっていた。オリーブは前線の四脚戦車が気になるらしく、そちらに集中しているようだ。
「ほら。みんな付いてるわよ。落ち着きなさい」
後ろから、ウツギ、アカネ、エリカをまとめて抱き締める。接触面積が増えると、感情安定度が高まるのだ。
しばらくそのまま4人でくっついていると、だんだんと3人の感情図形が落ち着いてきた。スキンシップの力は偉大である。
そんな心温まる交流を続けているうちに、<斬首>作戦の最初のステージが終盤に近づいていた。四脚戦車と陸上戦艦による包囲が完了したのだ。
「ステージⅠ、完了。ステージⅡに移行します」
<リンゴ>が気を利かせて、進行状況を口頭で知らせてくれる。
ステージⅡは、戦力の測定フェーズ。即ち、威力偵察である。結局、これまで本格的にぶつかることがなく、せいぜい町に駐留していた僧兵数名から10名程度しか相手にできていなかった。そのため、正確な相手の戦闘力を測ろうとしているのだ。
特に、高位の聖職者に関しては未知数だ。さすがに、地方の村、町には派遣されていなかったのだ。
「威力偵察用の部隊の派遣を開始します」
南側、C群に所属するユニットから、50機ほどの部隊が草原を走り始める。これらは、全滅することを前提とした四脚戦車だ。
四脚戦車は、大地を蹴り立てて加速する。最高速度は60km/hだが、さすがに整地されていない草原ではそこまで速度は出ない。それでも、40km/hは超えているだろう。
まずは、その速度でひと当てする。
◇◇◇◇
聖都の守備僧兵達は、敵側の動きを察知した時点で全力で動き出していた。詰所を飛び出し、待機していた僧兵達は防衛線の塹壕に飛び込んでいく。どこか一箇所から攻められれば戦力をまとめられるのだが、ザ・ツリーの戦力は完全包囲のために全周へ分散してしまった。どこから攻められるのか分からないため、全ての防衛線に僧兵を配置する必要がある。
このような形の戦争は、プラーヴァ神国側は初めての経験だ。現在行っている外征では、常に攻める側だったのだ。
だが、幸いなことに現在上層部に家族からの派遣大司教が加わっている。彼らは魔の森で常に戦い続けており、攻め寄せる魔物からの防衛戦を幾度となく経験していた。
まずは、足止めのための馬防柵。馬と言いつつ、実態は凶悪な魔物を少しでも足止めするための強固な壁だ。削り出した丸太を組み合わせ、地面に突き刺すことで大質量の突進を防ぐことも可能だ。大型の猪型の魔物でも、正面から突破するのは難しいだろう。
そして、柵と組み合わせて堀と土塁も作られている。柵の手前を掘り下げ、後ろに積むことで更にその防御力を高めている。後ろに隠れることで、敵の遠距離攻撃から身を守る事もできる。
これらの馬防柵のメリットは、丸太さえあればどこでも強固な壁を作ることができることだ。丸太の運搬から設置、地面の掘り下げに土塁の積み上げは、全て人間重機たる僧兵達によって瞬く間に行われる。
そんな防衛設備を聖都全周へ作り上げた守備僧兵達であったが、走り来る巨大な戦闘機械を相手にするといかにも頼りない作りだった。
防衛のため、彼らは槍を手にしている。馬防柵で動きを止め、近付くこと無く中距離から致命の一撃を放つため。
だが、その槍の長さも、四脚戦車の脚の長さにも足りていない。
しかし、今更どうすることもできない。彼らは覚悟を決め、迫る巨大な機械に槍を向けた。
ブレイン・ユニットは成長過程で反抗期になったり……はさすがに無いと思いますが、情緒が不安定なることはあります。
すべてを包み込んでくれる奉仕対象の人間は、必須ですね。




