第272話 ロードローラー
プラーヴァ神国の防衛体制が整ったようだ。
各地から可能な限り引き抜かれた僧兵たちは、粛々と防衛体制を構築している。
防衛に使用する資材、物資が、続々と聖都に運び込まれていた。大量の丸太は簡易的に加工され、馬防柵として続々と郊外に設置されている。
僧兵たちは、その身体能力を存分に利用して防衛設備を次々と作り上げていた。
なにせ、最も下っ端であっても、大人数人分の膂力を発揮するのだ。木材の加工だけでも、その効率は段違いである。
さらに、築城についてもすさまじい効果を発揮している。
地面を掘り返し、基礎を作り、建材を組み立てる。僧兵たちは、1人で5人分、10人分の働きをするのだ。監視用の櫓程度であれば、1日で立ち上げてしまう。
そうして、野戦用の防御設備も広範囲に渡って展開されていた。
馬防柵や矢避けの塹壕。塹壕という概念があるのは、自分たちが投擲する槍が下手な盾など容易に貫通させることができるからだろう。至近から喰らえば、徹甲弾と同じような威力があるのだ。
僧兵は、それ単体で非常に優れた戦闘ユニットである。
例えば、彼らは魔法という技術を使用し、常人よりも優れた膂力を発揮する。観測できた限りで、個人の資質によるものの、通常男性の3~10倍の力を持つ。
そしてその力に見合った頑強さがあり、さらに持久力もある。
人間重機、あるいは人間戦車という表現がぴったりなほどの能力だ。これが、数千人と集まっているのだから、その総合力は推して知るべし。
さらに、彼らの能力はその力だけではない。
様々な、魔法としか表現できない現象を、彼らは操る。
例えば、風魔法。
単純に風を送るだけではなく、矢を射るとき、あるいは槍を投げるとき。はたまた、自身が跳躍する時に無風や追い風を使いこなし、とんでもない飛距離と命中精度を発揮する。
例えば、火魔法。
発熱により湯を沸かす、種火を作り火を熾す。それだけでなく、視線の先を発火させる、火炎放射で対象を燃やすなど、直接的に攻撃手段として利用してくる。
さらに、風魔法と組み合わせた火炎魔法。火炎放射がより広範囲に、長距離に、より高温に。複数人で共同して使用することで、火炎旋風のような広域攻撃も可能らしい。
さらに理不尽なのが、信仰魔法である。
簡単な傷であれば短時間で癒やし、重症であっても1日あれば復帰する。さらに、睡眠欲をどうにかすることも可能なようで、数日間動きっぱなしというとんでもない行動も可能になるようだ。
あまりのブラック就労環境に、転生者もドン引きである。
それはさておき。
そういう超人兵が、数千人。彼らを束ねる司祭クラスが数百人。さらにその上に大司祭が数十人。そんな構成で、聖都の防衛に当たるらしい。
プラーヴァ神国を拠点としている<アイリス>は、それらのユニットを全てナンバリング済みだ。出入りが激しいため兵数は確定していないようだが、大司祭30名、司祭450名、僧兵6,000名というのがおおよその兵力のようだ。
プラーヴァ神国は、法神を頂点と定めた宗教国家だ。
その目的は、<聖地>を目指す、ただその一点。
経典内の言及は多岐にわたるが、目的はただ一つである。
国民全体でそれを目指しているが、非常に極端な排他主義というのも特徴の一つだろう。
ひとつの例外もなく、自国民以外は全てを敵と定めているのである。<聖地>を目指すに当たり、排除すべき障害なのだ。
故に、彼らは力を溜め込み、外征という決断を下したのだ。すべてを奪い、法神の糧とするために。
彼らの宗教観は排他主義で、強い選民思想を持つ。強力な階級社会であり、<魔法>という力の強弱によってすべてが決められている。
相当に突出した能力を持たない限りは、魔法の強弱で階級が割り振られているのだ。
最も地位が低いのは、農民たち。魔法を使用できないため、階層構造の外側と位置づけられている被支配層である。彼らは支配されている側であるため、選民思想はほとんど持っていない。選ばれなかった立場である、と教え込まれているのだ。
農民たちを直接支配するのが、子供達と呼ばれる聖職者達である。最も数が多い僧兵だ。最下層とはいえ、一般的な成人男性の3倍程度の膂力があり、魔法も扱える。また、最下層の立場のため基本的には真面目であり、理不尽な暴力を振るうことはない。
稀にやんちゃな者も居るようだが、大抵は上の立場の聖職者によって教育されるため、神国内の支配は比較的うまくいっていると言えるだろう。
農民達は主に食糧生産を行っており、その他、鉱山で働く、道具を作る、製鉄を行う、といった役割も確認されている。
僧兵たちは治安維持、揉め事の解決が主な仕事になるが、それ以外に<聖地>を目指すための魔物討伐に半数以上が駆り出されている。むしろ、こちらの方に力を入れている。
魔の森攻略は、家族と呼ばれる精強な部隊が実権を握っている。ただ、魔の森を切り開き、<聖地>を目指すためだけに行動している、エリート中のエリートだ。狂信的でもある。
そして、家族の配下に多数の僧兵が組み込まれるのだ。彼らは、家族の代わりに雑用をこなすのが任務である。物資を運んだり、前線基地を建設したり、森を切り開いたりと、とにかく家族が魔の森の敵を倒すことに集中できるように全ての雑事を片付けている。
今回、一部の家族、および僧兵が、聖都防衛のために引き抜かれていた。
漏れ聞こえる話では、この要請には相当の抵抗があったらしい。
だが、生産拠点の中心都市たる聖都が陥落すると魔の森前線の維持が困難になる、という説得から、嫌々ながら出向してきているということだった。
戦略AI<アイリス>は、ここに付け入る隙を見出しているらしい。
家族にとって、最も重要なのは魔の森の開拓、ひいては<聖地>への到達である。聖都の防衛は、そのための手段に過ぎないのだ。
もちろん、聖都に集まる僧兵たちの大半は、プラーヴァ神国そのものを防衛するのを目的としている。だが、家族とその関係者は、目指すべきところが異なるのだ。
基本的に、プラーヴァ神国の僧兵、聖職者達は説得に応じない。様々な村や町で投降を呼びかけているのだが、話すら聞かないのだ。あまりにも強い排他主義であり、これに関しては<リンゴ>も最初から諦めていた。
ゆえに、聖職者達は全てを殲滅することを基本方針としているのだ。
だが、家族に関しては、ある一点において話が通じる可能性がある。
即ち、<聖地>。
<聖地>への道を開拓するという事業を全面的に支援する分においては、協定を結ぶことが可能である、というのが<アイリス>の見立てである。
これに関しては<リンゴ>も同意しており、<イブ>も半信半疑ながら肯定していた。
よって、ある程度こちらの力を示した上で、家族に対して交渉を行う計画を立てているのである。もちろん話が通じるのは家族だけであるため、その他の聖職者達を最終的には殲滅する必要があるのだが。
そんな状況において。
全ての準備が完了したと判断した<アイリス>は、配下の戦略AIに、作戦の開始を指示した。
<斬首>作戦の開始である。
◇◇◇◇
「いやロードローラーって酷いな?」
「状況を端的に表現できており、非常に分かり易い作戦名であると考えます」
最終判断の<GO!!>ボタンを押しつつ、イブは眉をひそめた。
まあ、進行方向を平らに均すのは間違ってはいない。が、またこの作戦名をアマジオ・シルバーヘッドが見つけたら何か言ってくるんだろうな、と思ったのだ。
設定を垂れ流す回です。
ワキワキしながら書きました。




