第271話 魔素の観察結果
お待たせしました。
<ザ・ツリー>周辺の魔素濃度の観測を開始してから、1週間ほど経過した。
場所は、いつもの談話室。解析に使用できるレベルでデータが集まったため、<リンゴ>が説明のために全員を集めてたのだ。
「<ザ・ツリー>周辺の魔素濃度について、報告します」
そうして表示されたのは、魔素濃度を高低で表した3Dメッシュだ。
<ザ・ツリー>を中心として、波紋のように広がっている。
「周辺魔素濃度を詳細に検出した結果、波紋に酷似した分布で広がっていることが確認されました」
その波紋は、半径およそ120km。魔素濃度の最大値は、3,004%だった。
ここまでは、初日に簡易調査を行った時と、ほぼ変わらない内容だ。より詳細に濃度マップが作られた、ということがわかる程度である。
「そして、この魔素濃度の時間移動も確認されました。この波紋状の濃度分布は、時間と共に徐々に外側に向かって移動しています」
シミュレーション結果、という注釈のもと、波紋が動き出す。日付がくるくると動き、何ヶ月もかけて徐々に波紋が外側に向けて広がっているのが確認できる。
「<リンゴ>。ということは、やはりこの波紋は、<ザ・ツリー>がこの世界に出現した時に発生した、ということでしょうか?」
アカネの問いに、<リンゴ>は頷いた。
「そう推測されます。水面に落とした石が作る波紋のように、<ザ・ツリー>の出現とほぼ同時に、魔素濃度が変化を開始したのは間違いないでしょう」
<リンゴ>は部分的に肯定する。
「ただし、この変動が<ザ・ツリー>の出現に伴って発生したのか、あるいはこれが発生したからこそ<ザ・ツリー>が出現したのか。現時点では何の推測材料もありません」
「あ、そりゃそうか。何も分かってないものね」
発生源は不明。観測しようがないため、それは仕方ない。
「そして、この魔素という何らかの仮定物質は、通常の観測手段では検出できません。我々が普段扱う電磁波の周波数では検出されず、その他の物質への干渉もありません。ですが、X線、あるいはγ線など、高エネルギーの電磁波であれば影響を受ける事がわかりました」
いわゆる、放射線と呼ばれる帯域の電磁波だ。可視光の波長は、およそ380~780nm。一方、X線は0.01~1nmである。周波数は10の17乗~10の22乗ヘルツ。
「よって、魔素は何らかの素粒子であると仮定されます。少なくとも、現在我々が理解している科学技術では発見されていませんが」
「……魔法は未知の素粒子を感じることで使えるようになるって? 急に似非科学になっちゃったわねぇ」
「お姉さま、でも、今までの観察結果からするとそれ、間違ってませんよ? 考えるんじゃない、感じるんだ、みたいな」
アサヒの言葉は適当だが、魔法が想像力の具現化であるという現象を観察したのは彼女だ。そこは、イブも認めざるを得ないだろう。
とはいえ、それだけ聞くと、胡散臭い詐欺師の言動であった。
「まあいいわ。ひとまず観測手段が判明しただけでも随分の進歩よね」
「はい、司令。そして、魔素濃度がゆっくりと移動していることから、魔素粒子は相互に影響を及ぼすらしいということも推定できます。ただ、電子や重力その他の力との影響は今のところ観測できません。唯一反応を示しているのが、知性体による思考活動です」
<リンゴ>曰く、人間、あるいは魔物、アサヒのようなAIでも、とにかく思考するものの影響を受けているらしい。思考活動に伴い、わずかに揺らぎが観測されるとのことだ。
「他の力場の影響を受けないという性質があるという前提ですが、生物の傍とそうでない場所では、濃度に僅かな揺らぎを観測することができました。ただ、魔素計の精度が低いため、誤差またはノイズの可能性は否定できません」
「魔法発動には意志の強さが影響していそうです! 魔法使用時とそうでない状態でも、魔素の揺らぎは確認できました! それと、追試中ですが、魔法使用後は周辺の魔素濃度が薄くなっているという観測結果もありますね!」
アサヒも、大陸の方で実験を繰り返しているらしい。被験者(魔法戦士)をX線で撮影しつつ魔法を使用したり、魔素計の改良をしたりと、試行錯誤していた。
「そうなのね。X線って確か危険なんでしょう。ちゃんと診断は受けさせてあげなさいよ」
「はい、バッチリです! 月イチで医療ポッドに放り込んでいますので問題ありません!」
<ザ・ツリー>が標準で使用している医療ポッドであれば、癌化した細胞もきれいに除去できるだろう。遺伝子が損傷した細胞があっても、ナノマシンがいい感じに修復してくれるのだ。
この処置を定期的に受けられるとすれば、被験者たちは稀に見る長寿となるかもしれない。
「うーん、罰ゲームなのかご褒美なのか……」
「ご褒美に決まってるじゃないですか!」
自信満々に断言するアサヒに苦笑し、イブは<リンゴ>に視線を向けた。
「健康になるという実感はあるようです。忌避する対象は今のところ確認されていません」
「そう。まあ、いいけどね……」
たぶん振り回されてるんだろうなあ、と被験者たちに同情した後、イブはそれについては忘れることにした。きっと、助けることはできない。有用だし。
「状況としては、取っ掛かりは掴めたって認識で間違いないかしら?」
「はい、司令。新種の素粒子と仮定した場合のシミュレーションモデルを構築中です。基礎研究のようなもので、すぐに成果が出るわけではありませんが、時間をかければよい報告ができると考えています」
「この魔素の振る舞いを解析できれば、我々が魔法を体系的に使用できるようになるかもしれません! いやあ、楽しいですね!」
科学の申し子である人型機械が、魔法を使用する。それはまた、随分と挑戦的な取り組みだった。
とはいえ、観測できて、かつ量子化(情報化)できているのだから、もうそれは科学の領分になっている。<リンゴ>の処理能力であれば、そう遠くないうちに何らかの理論が構築されるだろう。
仮称アサヒ魔法研究室が、正式に発足されるのも時間の問題だった。
◇◇◇◇
地上輸送機が、地響きを立てながら停止する。側面のハッチが開いたかと思うと、そこからワラワラと蜘蛛型の戦闘機械が這い出してきた。
通常装備の多脚戦車MLT-Eシリーズのモンキーモデルである、QT-EM01だ。
脚を四脚に減らし、武装もレールガンとレーザーガンのみ。高速移動用のホイールも外しており、内蔵電源もオミットしている。その代わり、軽量化に伴い運動性能自体は向上していた。
この大量消費型の兵器で、プラーヴァ神国の戦力とぶつかることになる。
四脚戦車は使い捨てを前提とし、ただひたすらに物量をぶつけるために開発されたものだ。有用性については読み切れないため、運用試験を兼ねている。
とにかく、この四脚戦車が、前線構築のため続々と送り込まれていた。
巨大な陸上輸送機が次々と姿を表し、大量の子蜘蛛をばら撒いてく。とはいえ、その子蜘蛛の大きさは全長全幅ともに6m、全高は最大で5mという巨体なのだが。
しかも、鉄道敷設が完了すれば、さらに大量の物資が輸送されてくることになる。
<パライゾ>は、プラーヴァ神国の聖都攻略に向け本気でリソースの投入を開始したのだ。
大量の地上戦力に加え、上空に空中護衛艦のタイタンシリーズ、支援に陸上戦艦のヨトゥンシリーズが控えている。
プラーヴァ神国の戦力を、物量を以って磨り潰すというのが、今回の戦術であった。
やばい。リンゴちゃんが本気を出し始めた。
とはいえ、未知の現象解析するという経験自体は、今回が初めてになります。いままではライブラリを読んでただけですからね。
 




