第267話 パンプアップ
「ピアタ帝国北部の町が陥落しました」
<リンゴ>からの報告を、アマジオ・シルバーヘッドが険しい顔をしながら聞いている。
『遂に、か。プラーヴァ神国の連中が戦線整理をしてる時期だってのが、幸か不幸か……』
「これ、リアルタイムよね?」
「はい、司令。中継映像です」
映し出された映像の中、町が蹂躙されていた。筋骨隆々の猿のような脅威生物が、町の中に多数侵入しているのだ。
一見、体格の立派な猿。だが、これも立派な脅威生物である。
身の丈は3mを超えており、腕の一振りで家が倒壊するほどの膂力を持つ。
しかも、そんな個体が群れをなしているのだ。
群れの中心には、一際大きな個体。群れを統括するボスザルである。
「これはまた、とんでもないわねぇ……」
「アフラーシア連合王国の魔の森ではあまり見かけない種のようですね。森の国に資料がありました。広範囲に散らばって生息しているようです。
<パンプ>と呼ばれる、体高2~3mの猿型の脅威生物と思われます。ボスザルを中心に群れを作り、広大な面積の縄張りを管理しています。
今回の群れは数が比較的少ないと思われます。勢力争いに負けて押し出されたか、元々狭い縄張りを拡げたか。
どちらにせよ、魔の森外縁部では、今後こういった襲撃が頻発することになるでしょう」
『やっぱり、狩人が居なくなると影響がでかいな。居なくなってすぐじゃなくて、数カ月後、半年後に問題になるってのもたちが悪い。忘れた頃に、ってやつだ』
アマジオは、大きくため息をつく。
この情報は、当然だがレプイタリ王国には届いていない。
レプイタリ王国どころか、当事国であるピアタ帝国すら把握していないのだ。
上層部がこの事態を知るのは、もう数週間は先になるだろう。
そして、その頃になれば、周辺の村や町は軒並み壊滅することになる。
「あっ」
パンプが映像に大映しになった、瞬間に映像が途切れる。即時別の映像に切り替わるが、画面内のパンプが、腕を大きく振り下ろすと同時にまたも途切れた。
「どうやら、偵察ボットも標的にされているようですね。信号が消えていきます」
『こいつら、あれか。電磁波が見えるってやつか』
自身も電磁波を見る目を持っているからか、通話画面の中でアマジオは視線を別の方向に向けた。恐らく、中継器かなにかが設置されているのだろう。
「はー、電磁波が見える種が結構多いのかしら? これまでは全然問題なかったのに……」
「アカネ、アサヒが確率計算しています。脅威生物としての強さ、魔素への依存度によって変わるのではないかとアサヒが提唱していますが……エビデンスが無いのでただの妄想ですね。<レイン・クロイン>、<セルケト>では、電磁波への反応は観測されていません。もちろん、観測されていないだけで、電磁波対応器官の有無は確認されていませんが」
大型の脅威生物で、電磁波への反応があったのは、<ワイバーン>と<霊亀>。<レイン・クロイン>、<ワーム>、<セルケト>、<ビッグモス>、<マウンテンボア>あたりは不明。
<レイン・クロイン>に関しては解剖調査まで済んでいるため、恐らく電磁波対応器官は持っていない可能性は十分に高い。
「何にせよ、何らかの方法で偵察ボットの位置が把握されているようです。待機中のものも、活動を開始した時点で標的になっています」
「鳥型があったんじゃなかったっけ?」
「投擲によって潰されました」
「徹底的ねぇ!」
ピアタ帝国北部への脅威生物の侵攻を捉え、約3時間。侵入させていたボットが全て破壊され、情報が途絶した。
現在は、上空に飛ばしている高高度ドローンか、偵察衛星による映像のみが入手可能だ。
解像度とフレームレートの問題で、情報精度が著しく低下してしまう。
「ううん……。ボットの問題は別に考えるとして、ね。アマジオさん、これ、助けは出すべきなのかしら。私はこういう判断、苦手なのよねぇ……」
この情報を、どう扱うべきか。
イブは首を傾げつつ、アマジオに問う。
『あー。まあ、そうだろうなぁ。嬢ちゃん、社会経験とか少ないだろう?』
その指摘に、やや気まずそうに、イブは頷いた。
「元の世界でも、こっちでも、ほとんど無いわ……」
『いや、理解はしてるよ。俺も記憶は取り戻した。俺だって元は引きこもりだ。是非はさておき、それは知ってるさ。だから、こういうときには俺に相談してもらった方がいい。人間社会で長年やってきたのは確かだからな』
俺よりかは、専門のAIを作ったほうが有用かもしれないが。そう前置きして、アマジオは語り始める。
『こういう場合、組織のトップとして思い出すべきなのは、我々が何を目的としているか、ということだ。それによって、目の前の事象への対処方法を決める必要がある。世の中、余計な情報をそぎ落とせば大抵の物事はシンプルだ』
それは、長年王国を率いてきた、公爵としての言葉なのだろう。
『シンプルに、だ。イブの嬢ちゃん。あんたは、何を目的にしている?』
「……」
目的。
最終目標。
イブは、真剣に考える。
自分は、これから、何がしたいのか。
「究極的には。私が、死なないこと。生き続けること。それも、できるだけ幸せに。たぶん、それが目的よ。今、この世界では、私にはそれしかないもの」
『……おおざっぱだが、いい目標だ。死なないってのは当然だが、幸せに、っていうのがいい。幸せか、幸せじゃないか、その判断基準が明確だ。選択するときは、そいつを常に考えればいいんだからな』
世間の柵はなく。
ずっと<ザ・ツリー>に籠もっているイブには、それしかないのだ。
とはいえ、他人と社会生活を営んだところで、突き詰めれば誰だって、そうなのだろうが。
イブは他の情報が少ない分、シンプルに考えやすい。
『さて、選択肢の問題だ。我々トップの人間は、選択も重要だが、選択肢を絞り込むというのも、非常に重要だ。限りある選択肢を並べ、その中から最良を選ぶ。だが、その選択肢も、段階を踏めば大抵は2択に絞ることができる。つまり、やるか、やらないか、だ』
「やるか、やらないか。んー、今回だと。ピアタ帝国に、介入するか、しないか」
『そうだ』
難しく考える必要はない。介入しないなら、放置するのか、情報収集を継続するのか。介入するなら、戦力を送るのか、物資を提供するのか、情報だけを渡すのか。
選択肢は多いが、段階を踏めば、決断の内容はシンプルだ。
そして、それに迷うなら、恐らく情報が不足しているのだ。
「選択……。選択……。介入する、メリットがあるのかどうか……」
『そうだな。メリットの有無を考えるのが、一番わかり易いだろう』
「うーん……。とりあえず、<ザ・ツリー>として、ピアタ帝国に介入するメリットね。リンゴ、思いつく?」
「はい、司令。回答します。今回の事象に対し、介入した場合のメリットは、ありません」
「ありません」
「はい、司令。ありません」
ちょっとびっくりしたように、イブは目を見開いた。
その様子を見て、アマジオは苦笑する。
「ピアタ帝国は、レプイタリ王国とはほとんど国交はありません。レプイタリ王国から援軍を出すのは、難しいでしょう。単に侵略行為と取られるでしょう。であれば、正体不明の勢力、ないし<パライゾ>としての介入になりますが、それでも侵略以外の何者でもありません」
「それは……そうね……」
「社会的には、称賛されることはないでしょう」
たとえ人助けであっても、大々的に軍事介入するとなると、非難は避けられない。
「助ける対象に関しても、恐らく、魔の森近辺の村や町、ということになりますが、対象の人数はそれほど多くありません。せいぜい、合わせて1万人から2万人。今後増える見込みもありません」
「人助けって、メリットとしては大きくないのかしら?」
「はい、司令。通常の倫理に照らし合わせれば、何を置いても助けるべきでしょう。ですが、この世界では事情が異なります」
甘鮭氏が入ることで、多少、人間味っていうのが出てくるのかなぁ、と。
ちなみに氏の外見はかなり若いです。元がゲームですので。ただ、人生経験はとんでもないです。化け物です。




