第266話 撮影会
「今のところ」
<リンゴ>が続ける。
「我々の機能、思考力、データ処理能力には何ら問題は発見されていません。相当数の頭脳装置の比較を行いましたが、もやの有無による違いは確認できませんでした」
「面白いですね! <リンゴ>、他にそういう話題はないんですか!?」
固まってしまったウツギとエリカの間からぴょこんと飛び出し、朝日が<リンゴ>に突撃した。
<リンゴ>は、飛びついてきたアサヒを無駄に高度な体捌きで捕まえ、くるりと縦に回して側のソファに叩き込んだ。
「おお!?」
「落ち着きなさい」
<リンゴ>はアサヒの頭を押さえて動けないようにしてから、投影された画像を切り替えた。
「このもやについては、魔法の関与を想定せざるを得ません。我々の持つ科学理論に基づいて観測ができない現象は、ファンタジーと考えて支障はないでしょう」
少なくとも、<リンゴ>はこの世の現象の科学的解釈に関しては、漏れなく網羅しているはずだ。<ザ・ツリー>と同時にこの世界に出現したライブラリには、すべての知識が詰まっている。そのライブラリをまるごと取り込んでいる<リンゴ>は、宇宙の全てを知っていると言っても過言ではない。
「そして」
次に表示されたのは、<レイン・クロイン>の体内から発見された巨大な結晶。
「この結晶、分析機器では一切の情報を取得できませんでした。同じ検査方法でも、毎回異なる結果が発生するため、構成物質を同定することができなかったのですが」
カシャリ、と表示が切り替わる。
「改めてX線による観測を行った結果が、こちらです」
そこに映し出された画像は、真っ白な何か。画像の端はやや白黒の濃淡が見られるが、全体的に白く表示されている。
「ほーん……。こりゃまた」
X線は、非常にざっくりと言うと、硬くて厚いものは白く映り、柔らかく薄いものは透過する。
「相手は結晶ですので、透過するとは想定していませんでした。しかし、結晶そのものではなく、周囲空間も何らかの問題でX線が透過せず散乱しています」
「はぁー! つまり、魔素によってX線が阻害されているってことですか!」
「阻害ではなく反射です」
「どっちでもいいです! 魔素が、X線で可視化できるってことですか! できるってことですね!」
<リンゴ>的にはどっちでもいいということは絶対にないだろうが、教育の結果、アサヒは科学的正確性をあまり気にしない性格になっている(なってしまった)。まあ、ファンタジーに当たりを付けるという初期アプローチにはもってこいの特性だろう。たぶん。
「ちょっといろいろ確認しましょうか! X線撮影装置を早速」
「落ち着きなさい」
「むぎゅ」
立ち上がろうとしたアサヒを、リンゴが巧みな体重移動でソファに沈めた。達人の体捌きである。
「アサヒの言う通り、魔素の濃淡を2次元的に確認できるなら、文字通り解像度が上がるかしら」
「はい、司令。魔素計の数値と比較しつつ、計測器の設計を実施中です。近々十分実用的な計測器を製造できるでしょう」
「おお、おおーおおーー。これですね<リンゴ>、できたらすぐに前線に回してくださいすぐにハリーハリー!!」
ネットワーク経由で情報を取得したらしいアサヒが騒ぎ出す。<リンゴ>は、ちらりとイブに目をやった。
イブはため息を吐き、頷く。
話が進まないほどではないが、とにかくうるさい。
「ちょお、んん!? <リンゴ>、急になんですか!!」
「アサヒはちょっと静かにしましょうねぇ」
「きゅん!」
忍び寄った自走マニピュレーターがアサヒの首根っこを掴んで、投げた。追いかけた<リンゴ>が宙を舞うアサヒの腰あたりの服を掴んで減速させると同時、イブの両側に座っていたイチゴとオリーブが立ち上がりアサヒを捕まえ、これも巧みな体捌きで運動エネルギーを打ち消し、一回転させつつイブの上に軟着陸させた。
「な、なにおうふぅ」
イブは、顔から突っ込んできたアサヒを抱きしめて物理的に口をふさぐ。
「よし。<リンゴ>、続けなさい」
「はい、司令」
<リンゴ>が次に表示したのは、<ザ・ツリー>を中心としたマップ情報。
「計測途中ではありますが、おおまかに分布はわかりましたので説明します」
計測した魔素濃度をプロットした、濃度マップだ。
「<ザ・ツリー>を中心とし、半径120kmほどがおおよそ最低値です。外縁から<ザ・ツリー>に向けて、徐々に魔素濃度は高くなっています」
<ザ・ツリー>を中央に、ややいびつな同心円がいくつも描かれる。計測された魔素濃度で、同じ数値の点を線で結んだ等高線だ。真円とはとても言えないが、それでも、<ザ・ツリー>を中心とした円状。
間違いなく、魔素濃度の中心点は<ザ・ツリー>である。
「気になるのは、最も魔素濃度の高い箇所が、<ザ・ツリー>周囲1kmの円周であるということです。<ザ・ツリー>の魔素濃度もかなり高いですが、比べ物になりません」
<リンゴ>が説明しながら、マップを拡大する。
<ザ・ツリー>とその周辺数百mは、濃淡はあれどおおよそ1,200%ほど。そこから急激に濃度は上昇し、最大点で2840%。おおよそ2500%程度の濃度が、この約1kmの円周です」
魔素濃度が最も高いのは同心円の中心ではなく、そこから1km離れた円周上。
「ほーん……。……うーん、意味わからん」
そのマップを眺め、イブは首を傾げた。アフラーシア連合王国の魔の森で観測中の魔素溜まりのように、中心付近が最も魔素濃度が高いというわけではないらしい。
「……ほねえはま!!」
と、イブの胸に顔を埋めていたアサヒが、ペシペシと小さな手でタップする。何か言いたことがあるらしい。仕方なく、イブが力を緩める。
がば、とアサヒが顔を上げた。
「これは水面の波紋によく似てますよ、お姉さま! 魔素の特性うぶぅ」
うるさくなりそうだったため、イブは再びアサヒの頭を抱え込んだ。
「波紋?」
「はい、司令。現在観測した魔素濃度の分布を見る限り、波紋によく似た山と谷があるようです。実際の波紋のように、外側に広がっているのかは継続的な観測が必要ですが」
<リンゴ>が気を利かせて、魔素濃度マップを横からの表示に切り替える。
確かに、<ザ・ツリー>を中心に、外側に向けて波が発生しているように見えた。
もしこれが見た目通りの波紋だとすると、一体いつ発生したのだろうか。
「定点観測地点の魔素濃度の変動を継続記録すれば、いずれ判明するでしょう。……重要なのは、我々は遂に、理不尽の根源と思われる<魔素>の観測手段を手に入れたということです」
再びアサヒがタップしているが、イブは今度は手を離さない。
「魔素とX線がなぜ反応するのかなど不明点はありますが、それはいずれ解明できるでしょう。現時点では、相当の魔素濃度が無い限りは観測できませんが、やりようはあります」
「……X線なら、恒星からも出てるのかしら?」
「はい、司令。ただ、本惑星の大気に吸収されますので、地表では観測できません。発振源を準備する必要があります。また、遠方に届かせるためには相当な強度の照射が必要になります。X線は高エネルギーですので、周囲への影響を考慮する必要がありますね」
通常の可視光カメラやアクティブレーダーなどは、使用しても対象への影響はほぼない。だが、X線は強力な電磁波であり、生体に照射すれば遺伝子破壊などの影響が発生する。
迂闊に垂れ流すと、周囲環境への影響が馬鹿にならないということだ。
発振設備周囲の生物相が壊滅する、という可能性もある。
もちろん、必要であればそれをするのは吝かではないが、どんな影響が発生するかは予想もできないため、慎重さは必要だろう。
「バタフライエフェクトだっけ? なーんか、魔の森周辺、そんな気配がするのよねぇ」
「はい、司令。注視が必要です」
アサヒちゃん、可愛いですね。
この子がいるとまわりを動かしやすくて重宝します。みんな大人しい子ばっかりで……。




