第265話 ファンタジーの影響
<ザ・ツリー>周辺の魔素濃度の調査のため、魔素計を搭載したアルバトロスが次々と飛び立っていく。
その光景を眺めながら、<リンゴ>に付き添われたイブはため息を吐いた。
「頭が痛くなる問題がまた出てきたわねぇ……」
「……」
回収した12台の魔素計のうち、6台をアルバトロスに乗せ遠方の濃度を計測する。残り6台はドローンに搭載し、近海を周る予定だ。
彼女はそう気にしていないのだが、<リンゴ>は魔素濃度が高いということについて非常に気にしているようだった。自分が感知できないものが周囲に(異常なレベルで)存在している、ということに対して拒否反応を示しているらしい。
まあ、分からないでもない。
自分が完璧に管理していたと思っていた拠点が、実は汚染されていたということになれば、気持ち悪いと感じるのは想像できる。
『<リンゴ>は気にしすぎです! 魔素なんてこの惑星には普遍的に存在しているんですよ、たぶん! 酸素みたいなものですよ!』
「うわびっくりした。アサヒ、あんたオーバーホール中じゃないの」
『お姉さまへの愛が不可能を可能にしたのです!!』
オーバーホールでバラバラにされているはずの朝日の声が、突然割り込んでくる。イブが<リンゴ>に目を向けるが、首を振られた。
「頭脳装置に標準搭載されている無線ユニット経由の接続です。脊椎神経系との癒着が進んでいますので、一部の接続が解除できず、意識レベルが維持されています」
『前回は意識があるままバラされて退屈だったので、今回は頑張りました!』
「悪影響がなければいいけど……大丈夫なの?」
「本人が問題ないと言っているので、大丈夫でしょう」
どうやら、<リンゴ>はアサヒに関しては既に諦めたらしい。かなり適当に返答しつつ、司令のために魔素濃度マップを表示した。
「アルバトロスからのリアルタイムデータです。周辺の濃度を取り急ぎ確認するため、全機を放射状に飛行させています」
「ほーん。……数字だけ見ると、やっぱり<ザ・ツリー>が中心になっているみたいね」
表示される魔素濃度を等高線で結ぶと、おおよそ同心円状に分布している。<ザ・ツリー>周辺が最も高く、そこから急激に魔素濃度が低下している。<ザ・ツリー>周辺で最も魔素濃度が高いポイントでは、実に2500%。そこから30kmも離れると、200%程度まで濃度が落ちているようだ。
「全貌が見えるのはもう少し時間がかかるわね。とりあえず今後の予定を聞かせてちょうだい」
「はい、司令。アルバトロス搭載分で大陸沿岸まで、半径1,000kmほどの範囲の計測を継続します。同時に、ドローン搭載分を使用し半径50kmほどの間のデータ収集を行います。ノースエンドシティ周辺から魔の森までの詳細な魔素濃度マップと比較することで、<ザ・ツリー>周辺の状況を解析できるでしょう」
フォレストボアの嗅覚細胞を使用したこの魔素計は、反応速度がやや遅いという特性がある。周辺魔素濃度に反応して電位差が発生する、という性質上、即時性がないのは理解できた。
そのため、遅くても数百km/hで飛行するアルバトロスでは、魔素計の数値がかなりぼやけてしまう。
それを補うため、低速飛行、ホバリングが可能なドローンを使って近海の情報収集を行うのだ。
「それと、取り急ぎ2点ほど定点観測ポイントを設けます。その場所で、時間による魔素濃度の変動が発生するかどうかを確認できるでしょう」
『なーんか、単純に<ザ・ツリー>の中心が一番濃度が高いってわけでもなさそうですねぇ。<リンゴ>、演算領域借りてもいいですか?』
「やめなさい。メンテナンス中に帯域を食いつぶしたら、いつまで経っても終わりませんよ」
『ちぇー』
◇◇◇◇
「それでは、情報共有しましょう! 魔素について!」
「まずはアサヒの検査結果から聞くわ」
「ええ、なんでですかお姉さま!!」
「はい、司令」
ネットワークに直接接続できないイブのため、報告会が開催される。
談話室に全員が集まっていた。
「アサヒはこっちね!」
「ここに座るんだよ!」
「あっはい」
うるさいアサヒは、ウツギとエリカに捕獲される。そのまま、2人掛けのソファの真ん中に押し込まれた。両側からガッチリとホールドされているが、まあ、それはそれで幸せそうだからいいのだろう。
イチゴの隣にイブが座り、さらにその隣にオリーブがくっつく。最後に入ってきたアカネはざっとその様子を見回し、イチゴの隣を選択した。
全員がソファに落ち着いたのを確認し、<リンゴ>が配膳を始める。
「さて」
飲み物と軽食が揃ってから、イブが口火を切った。
「アサヒはどうだったかしら?」
「はい、司令。ひとまず、異常は検知されませんでした。脊椎神経系の癒着進行度はほぼ100%です。今後、あなたの筐体破損情報は頭脳装置に直接フィードバックされることになりますので、十分注意しなさい」
「はい! フィードバック処理系はバイパス回路を作ってますので、通常よりも耐障害性は高いはずです、問題ありません!」
「アサヒ、<リンゴ>は怪我しないようにって言ってるのよ」
「あっ……」
イブに窘められ、慌てて<リンゴ>に視線を向けるアサヒ。<リンゴ>は、そんなアサヒをジト目で眺めていた。
「アサヒちゃんは無鉄砲だからね~」
「一番前線にいるんだから心配だよね~」
両側から頬をこねられ、アサヒは沈黙する。そんな3人を見て、イブはクスクスと笑った。
「ま、安全確保はしっかりやってるみたいだし、こっちからモニターもしてるからそこまで心配はしてないわよ。……で」
「はい、司令」
<リンゴ>が、空中に表示したのは、アサヒの頭脳装置をX線撮影した画像である。
「みんなにも共有しておくわ。これ、アサヒの脳内なんだけどね」
X線撮影によって浮かび上がったのは、頭脳装置内に発生している謎のもやである。
「前回と比べても、確実にこの白い影の領域が増えています。端的に言うと、何らかの異常事態が進行中ということです。とはいえ、検査で何らかの問題が出ているわけではありません。診断結果は、共有した通りです」
「検査機器で発見できない異常、ということでしょうか?」
イチゴがそう聞き、<リンゴ>は頷く。
「そのとおりです。機能的には何ら問題はありません。ただ、X線撮影でこの白い影が映し出される。それだけです」
「おお……これはまさか、アサヒもついに理不尽の領域に足を踏み入れましたかね!?」
この検査結果を初めて知らされたアサヒが、パァッと顔を輝かせる。立ち上がろうとしたアサヒだが、即座にウツギとエリカに押さえ込まれた。
「ちょ、お姉さま方……!」
「はいはい、静かに聞こうね~」
「ちゃんと座っとく!」
「で、この異常が他にも発生してないか、ってことで調べたんだけど」
狭いソファでわちゃわちゃしている3人を眺めながら、イブが続きを語る。
「少なくとも、魔の森の中で活動させているU級、E級のAIに、この白い影の兆候を確認しました。また、ノースエンドシティを管轄しているO級戦略AI<コスモス>も同様です。そして」
<リンゴ>が、全員を見回す。
「X線撮影は解像度も低く、得られる情報は他の検査結果に劣るため、使用していませんでした。アサヒはとりあえず使える検査機器を全部使ってみたというのが真相ですが」
「にゃにかあしゃひのあちゅかいがざちゅじゃにゃいですか?」
「アサヒは問題児だからね~」
「自覚あるでしょ~?」
普段、あまり直接的に関わることが少ないからだろうか。アサヒは、ウツギとエリカにおもちゃにされていた。
「可能な限り、独立系のAIすべての調査を実施しました。その結果、およそ3割のAIの物理演算装置に、この白い影と同様の状況が確認されました。アカネ、イチゴ、ウツギ、エリカ、オリーブ。あなた方も同様です」
<リンゴ>のその言葉に、5姉妹達は固まった。
SF要塞をファンタジーが侵食していきます。
って書くとヤバそうな雰囲気ですが、こいつら、普通に解析しそうですよね。




