第263話 アサヒ、壊れてない?
「多少の問題はあるけど、概ね予定通りね」
工程表を眺めながら、イブは呟いた。
プラーヴァ神国の主力の僧兵、司祭達の数が想定と異なると、途端に難易度が変化する。しかも、彼らは単騎で走って移動するし、どうしても予測と異なる戦力比が発生するのだ。
とはいえ、それも込みでの侵攻計画だ。想定していた損害が出たり出なかったりはあるが、全体としては問題なく遷移している。
「プラーヴァ神国全体の戦力算出は完了しています。戦場でのリアルタイム測定も可能なデータも集まりました。聖都陥落も問題なく行えるでしょう。相手の戦力集結速度も、予想の範囲内です」
<リンゴ>の自慢げな説明に、司令は頷く。想定通り事態が進むというのは確かに気持ちのいいことだが、どうやらそれはAI達も同じらしかった。
「<リンゴ>。資源のほうはどうかしら」
「はい、司令。資源探査は順調です。海岸線の制圧も予定通りです。現在、港建設のための堤防を建造中。5日後に鉱脈掘削設備の荷揚げを開始します」
現在侵攻拠点となっているヤーカリ港は、戦闘機械の陸揚げでいっぱいいっぱいだ。
横に広げてもいいが、資源関連は倉庫や積み込み設備も必要になってくるため、そのままだと手狭である。そのため、外海に面した広い海岸線から、都合のいい場所に港を建造してしまおうとしているのだ。
「拠点建造も板についてきたわねぇ」
「恐縮です、司令」
拠点建造は、オリーブを基盤とするO級戦略AIを使用している。オリーブは、初期起動の立会いや思考フォローなどで忙しそうにしていた。
そして、侵攻部隊のAIの補助をしているウツギ、エリカも同様である。続々と投入される戦闘機械と、その統率を行うU級、E級戦術AIのフォローで大活躍だ。
「上空から見つけられる鉱脈はだいたい見つかったかしらね。埋蔵量はまだわからないけど、結構分布しているのねぇ」
「はい、司令。経済活動という観点から考えると採算の合わない場所も多いですが、我々にはあまり関係がありませんので」
鉱山開発は、人の手で行うためには採算という問題を解決する必要がある。だが、SF機械文明はそこを強引に解決してしまうのだ。
もちろん、劣悪な環境に作業機械を投入すると損耗率が馬鹿にならないレベルになるため、採算ラインというものは存在する。だが、そのラインは、通常の文明と比べれば相当に低い。
特に、時間とエネルギーについては有り余っていると言って過言ではない。
投入可能なリソース量が桁違い、ということだ。
「新拠点に近い鉱脈には先行して作業機械を上陸させています。地質調査中ですが、なかなかに有望です。地表に近い部分は銅鉱石、金の含有も確認されました。近くに金鉱脈があるかもしれません」
「へー。金ねぇ。熱水鉱床から回収してなかったっけ?」
「はい、司令。ただ、金は電子部品材料として非常に優秀です。あればあるほどよい金属ですので」
現在、<ザ・ツリー>製の機械類は、電気エネルギーを主動力として活動している。そのため、空気中で腐食せず、電気伝導性能の高い金は有用な材料なのだ。熱エネルギーの利用という側面でも、金は熱伝導率の高さで優位に立つ。銅や銀も高性能だが、酸化の問題がある。
「人の世では硬貨として使われてるのよね」
「はい、司令。そういう意味ですと、ヨトゥンは彼らの目には非常に高価に映るかもしれません」
陸上戦艦<ヨトゥン>は、大量の資源を使用して製造されている。強大な動力炉である核融合炉を3基も搭載し、発生する莫大なエネルギーを効率よく利用するため、多くの貴金属がふんだんに使用されていた。
例えば、ヨトゥンが撃破されて敵に鹵獲された場合、この世界の数十年分の貴金属を賄うことができるだろう。
まあ、もしそんなことになったとしても、有害な重金属や化合物に曝されるのだが。
死の鉱山だ。
「ま、有望な鉱脈が増えるのはいいことね。資源産出量は鰻登りね!」
「はい、司令」
◇◇◇◇
「お姉さまは気にされてないようですが、例のアマジオ氏の拠点、トラウトナーセリーでしたか。あそこが脅威生物の大群に襲撃されたのは、なんででしょうね?」
『情報が少なすぎて、予想できません』
空を往く飛行艇の中で、暇を持て余した朝日が<リンゴ>とおしゃべりに興じていた。
「急にああいう場所に出現したなら、まあ、縄張りにしていた脅威生物が襲いかかってくるっていうのは納得できるんですけどね。前に公開してもらったデータを見る限り、往年のタワーディフェンスみたいに押し寄せてるんですよねぇ」
『タワーディフェンスですか。なるほど、言い得て妙ですね』
大昔のゲームの例を出され、<リンゴ>はライブラリの情報を漁る。基地を防衛する設備を作り、Waveと呼ばれる敵の群れを殲滅するゲームの総称だ。
確かに、押し寄せる脅威生物の群れを退け続ける必要があったというシチュエーションは、タワーディフェンスゲームに通ずるものがある。
「なので、トラウトナーセリーには脅威生物を呼び寄せる何かがあった、と考えるのが正しい気がするんですよねぇ。何だと思います?」
『……情報が少なすぎて、予想できません』
先程と同じ回答だが、アサヒは特に気にしていないようだった。
<リンゴ>がそう答えるのは、予想通りということか。
「何でしょうね。トラウトナーセリーにあった何か。いや、実はまだ今もあるかも? 面白いですねぇ、妄想が捗ります!」
『今もあるなら、大変なことになっているのでは?』
「あ、そうですね。では、少なくとも今は、落ち着いているんでしょうねぇ。とはいえ」
アサヒは、自身とともに積み込まれた荷物を振り返る。
「アサヒ達の守る場所である<ザ・ツリー>と、トラウトナーセリーに違いはあるでしょうか? これ、ちょっと気を付けなきゃいけない情報だと思いません?」
『同意します。確かに、至急に検討すべき情報です』
そして、およそ1時間のフライトの後。
アサヒは、アタッシュケースを手に、桟橋に降り立った。
「お姉さま、アサヒが帰ってきました!!」
「おかえり、アサヒ。さ、オーバーホールしましょう」
「ちょちょちょちょぉーっと待ってください! 10分でいいですからちょっとまってください!」
問答無用で捕獲されそうになったアサヒだが、今回は<リンゴ>に事前に話を通している。大丈夫だ。
「司令。先に確認すべき事項がありますので、捕獲はその後で。準備はしていますので」
「あら、そう? 何かしら、アサヒ」
あたふたとした後、アサヒはアタッシュケースを床に置く。
「お姉さま、これが魔素計です! ある程度数ができましたので、自慢しに持ってきました!」
ロックを解除すると、カションと音を立てて蓋が開く。
中身はゴテゴテと飾り付けられているが、結局重要なのは表示されている数値である。ほかは通信装置とかエネルギーパックとか、あとは生体細胞に供給する栄養素チューブとかそういったもので占められている。
「いろいろ向こうで調査しまして、もっとも魔素が薄いと思われるところを基準でゼロに置きまして。あと、ノースエンドシティの中心部を100として、パーセンテージで魔素濃度を表示するよう調整してます!」
「あら。なるほど、これが魔導具ってことね? 確かに、実物を見るのは初めてね。わざわざ持ってきてくれたの」
「はい、お姉さま! 褒めてください!」
「アサヒは欲望に忠実で可愛いわねぇ……」
むふんと胸を反らすアサヒの頭をわしわしと撫でてから、イブは床に置かれた魔素計に目を落とす。
「えっと、……アサヒ? 1,000%を超えてるみたいだけど、これ合ってる? 壊れてない?」
「はい?」
頑張ってる姉妹達は、司令室の専用の椅子に埋まって作業してます。
だいたい無線通信。お姉さまは、たまに頭を撫でてあげるために歩きまわります。




