第262話 閑話(支配された村)
重低音を伴い、それは現れた。
空を覆い尽くす、巨大な鳥。それが征服者の駆る空の要塞だと知ったのは、全てが終わった後だった。
村の住人達はパニックに陥っていた。
耳の良い若者が何か音が聞こえると騒ぎ出し、半刻も経たないうちにそれが飛んできたのだ。
雲を引き裂き、咆哮しながらそれは近付いてきた。
バラバラとそれから何かがばら撒かれ、落下するそれらは火を吹きながら村に降りてきた。
家と同じほどの大きさの、巨大な蜘蛛の化け物。
それが、凄まじい音とともに村の広場に降ってくる。着地の直前に火を吹く筒が放り出され、一部が教会に飛び込んだ。人の背丈より大きな筒が、教会を破壊する。
蜘蛛の化け物は、逃げ出した住人達には一切興味を示さなかった。腰を抜かしてへたり込む彼らを無視し、教会に向けて背中の筒から何かを発射する。
村の中心の教会は、粉々になった。
中に詰めていた筈の司教達がどうなったのか、考えるまでもないだろう。
その突然の侵攻以降、一切姿を見せないのだから。
蜘蛛の化け物は一体だけではなかった。
結局、全部で5体の化け物が、村の中を走っていた。狙いは、僧兵。
脚の一閃で僧兵は吹き飛ばされ、排除された。
背中の筒が光ったかと思うと、世話役の僧兵と共に地面が大爆発した。
5体の巨大な化け物による蹂躙は、突然始まり、瞬く間に終わる。
後で気が付いたが、村に入ってきた化け物よりも更に大きい親玉が、村の外に出現していた。
そして、その巨大な親玉とともに、侵略者が歩いて村に入ってくる。
「僧兵の排除は完了した。無駄な抵抗はあなた方の寿命を縮めるだけである。全ての作業を止め、広場に集まるように」
司教が使う拡声魔法のように、村に行き渡る大声で、その少女は宣言した。
巨大な、そして強大な化け物を従え、人と同じ背丈の二足で歩く何かを侍らせ、少女は歩く。
「隠れても無駄だ。位置はすべて把握している。抵抗しない限り危害は加えない。広場に集まるように」
牛より一回り大きい、四足の蜘蛛のような何かと、それにまたがる少女たちが、住人が逃げ込んだ家の前で投降を呼び掛けている。
素直に出てくればそのまま広場に誘導し、隠れたままならば少女が家屋に侵入し、引きずり出す。反撃を試みる住人もいたが、あっさりと少女に制圧されていた。
やがて、住人達全員が広場に集められた。
老若男女問わず、病人、怪我人も全てだ。とはいえ、動けないほど重症の者は近くの都市の病院へ連れて行かれていたため、症状の酷いものはいないのだが。
「この村は、我々<パライゾ>が占拠した。あなた方は、これより<パライゾ>の占領下に入る。基本的には、これまでと同様に農作業に従事してもらう。抵抗しない限り危害は加えないと誓おう。また、働きに応じて報酬を追加する」
被り物を取り払った少女は、頭に獣の耳をつけていた。子供のように小柄だが、彼女らを侮る住人は残っていない。
隙を見て襲いかかった村一番の大柄の男が、一捻りで鎮圧されてしまったからだ。男は肩を外されたのか、地面に押し付けられたまま低く呻いている。
「周辺の町も同様に占拠済みである。さきほど通過したギガンティアが、全てを監視している。抵抗は無駄である」
そして、村は彼女らの支配下に置かれた。
彼女らの宣言通り、抵抗さえしなければこれまでの生活は保証された。
いや、要望に応えれば、以前よりも生活の質は改善されていた。
定期的に配給される食料は、以前よりも質も量も改善された。週に一度支給される嗜好品、甘味や酒類は、これまで口にしたことがないほどの美味だった。
理不尽な暴力を振るわれるわけでもなく、生活の質が改善するのだ。住人たちが警戒を解くのは早かった。元々も、司教に言われるがままに生活していたのである。上がすげ替わっただけで、ほとんどの住人はこれまでと同様、農作業を続けていた。
問題は、司教や僧兵達と関わりの深かった一部の住人達だ。彼らは、教会関係者が問答無用で排除されたことに不満を募らせていた。
それは、ある種の特権を奪われたことに対する反発だったのだろう。元々は、住人達と教会関係者達との橋渡し役を努めており、特権はあったがそれに見合った仕事もしていた。
だが、その仕事が少女たちの侵攻と共に問答無用で消されてしまった。そこに順応できず、また少女たちが暴力的ではないということも合わさり、声高に文句を口にするようになっていた。
当然、軋轢を嫌う多くの住人達とも距離が開く。
新たな支配者たる少女達は、そういった不穏分子が爆発するのを、わざと待っていたようだった。良識ある住人からの忠告も、話を聞くだけに止めていたようだ。
ある夜、彼らは少女たちを排除しようと蜂起し、少女たちの手ずから、丁寧に鎮圧された。
文字通り、手も足も出なかったらしい。
何も知らない住人達がいつも通り広場に顔を出すと、反乱に加わった全員が繋がれていたのである。
初日の侵攻時の容赦の無さを考えると、命が奪われていないというのは、慈悲のある対応であった。彼女らは何も語らなかったが、繋がれた彼ら以外の住人達は、それをよく理解していた。
支配者達に対して反乱を起こした彼らは、労働の追加という形の罰を受けることとなった。通常の労役に加え、支給される嗜好品が半分となり、労役の時間が追加されたのだ。
とはいえ、その程度で済んだということで最も安堵したのは、彼ら自身ではなく彼らの関係者だろう。それは、親であったり、配偶者や子どもたち、友人たちだ。
「今日は新しい農具を試す」
その日、<パライゾ>の少女から指名された住人が、未開拓地に連れてこられていた。
後ろから、同じく<パライゾ>から提供された荷運び用のゴーレムが付いてきている。六本脚でゆったりと歩いているように見えるが、歩幅が大きいため驚くほど足が速いのが特徴か。
支配者たる犬耳少女に操作方法を説明され、住人はおっかなびっくり機械を操作する。手押し車にごてごてといろいろな道具が追加されたような見た目だが、その機能は十全に発揮された。
先端のブレードが地面に食い込み、硬く締まった土を破壊しながらひっくり返す。雑草や低木程度であれば、その力で強引に引きちぎって行く。
操作も簡単だ。走行と耕耘、停止、後退の位置にレバーを動かすだけ。誰でも操作できる。
もちろん、牛を使っても同じようなことはできるが、牛は飼育数が決まっているし無制限に増やすこともできない。飼葉も大量に必要だ。
その点、説明によれば、この耕耘ゴーレムはいくらでも提供されるし、自動で動く。壊れても交換してくれるらしい。
これがあれば、農作業の効率が飛躍的に向上する。
「配給の時間」
彼女らがギガンティアと呼ぶ、空を行く巨大な要塞。
これはおおよそ2日から3日に1回、村の上空を飛んでいく。
その際、配給物資の入った箱を落としていくのだ。この箱の中には様々なものが入っているのだが、住人達が心待ちにしているのは、その中の嗜好品である。
それは甘い菓子であったり、珍しい海の干物であったり、あるいは瓶詰めされた酒であったりする。子供向けに果汁を絞ったものが提供されることもあった。
配給時は、町の広場にコンテナが直接降ってくる。中身をすべて取り出すと、どこからともなく巨大な6本脚のゴーレムが現れ、背負って走り去ってしまう。
いろいろと気になることは多いが、もともと教会の言われるままに生きてきたこれまでと生活様式が変わったわけでもない。徐々に変わっているところもあるが、生活は良くなる一方だ。不満が出ることもなかった。
支配される村ってどんな感じなんだろう、と。いろいろ想像しつつ。
ケモミミ少女に支配されるという。
見本が届きまして、嬉しくて転がりました。ぐるぐる。




