第257話 揺り籠の回収計画
「アマジオ氏から提供された情報を基に、<トラウトナーセリー>の座標をプロットしました。情報提供から既に4回、上空を偵察衛星が通過しています。衛星写真は十分な量が揃っています」
「アマジオさんは……」
「アマジオは記憶領域のデフラグ中。数時間あれば終わる」
レプイタリ王国の<アヤメ・ゼロ>から情報を受け取ったらしい。アカネが、イブの疑問に答えた。
「しばらくオーバーホールはしないって言ってたけど。やっぱりまだ信用がないのかしら」
「使用人に説明できないから考えると言っていた。謎の施設に1人で入って、半日以上出て来ないのは問題らしい」
「……あー」
アマジオ・シルバーヘッドは、いまだレプイタリ王国の公爵という地位で活躍中である。確かに、突然公務を投げ出す訳にもいかないし、<パライゾ>が持ち込んだ正体不明の巨大設備に閉じ籠もるのは、あまりにも無責任だろう。
下手すると、(おそらく破られることはないだろうが)助けようと攻撃されるかもしれない。
「オーバーホールは、もう少し落ち着いてから、らしい」
「りょーかい。ま、とりあえず<リンゴ>の報告を聞きましょう」
「はい、司令。では、<トラウトナーセリー>の衛星写真を表示します」
イブのため、空中に巨大なディスプレイが投影される。
中心にトラウトナーセリーが写ってると思われる、やや斜め上空から撮影された画像だ。
「見事に森になってるわねぇ……」
ただ、残念ながら、表示される画像の中に、これと分かる人工物は映し出されていない。
「フィルターを掛け、金属を強調表示します」
<リンゴ>の言葉とともに、表示が切り替わる。
映し出されたのは、金属反応を濃い赤で処理した画像だ。
「おお……おん? これ……監視塔か何かかしら?」
「はい、司令。倒壊していますが、40m~50m程度の、金属製の監視塔またはレーダー塔と思われます」
強調表示されているのは、森の中から僅かに頭をのぞかせた残骸。金属製の構造体が幾本か突き出しており、基部で折れたのか、横倒しになって植物に覆われたと思われるものが確認できる。
「さすがにノーメンテで100年以上経てば、そーなるかあ」
これがコンクリートやセラミック製であれば、まだ残っていたかもしれない。だが、さすがに金属製では、長年の風雨による腐食に耐えられなかったのだろう。
「それと、全体を解析しましたが、このような構造となっていると思われています」
森の画像に、ワイヤーフレームが上書きされる。アマジオの記憶と地形を突き合わせて作成した、トラウトナーセリー全体の予想図だ。
要塞自体は、全高をかなり押さえた、平べったいドーム状の構造物だ。直径は、<ザ・ツリー>よりも大きく、600mを超えている。
その施設に併設されているのが、管制塔と思しきビルとレーダーを備えた監視塔。
僅かに残った監視塔の残骸は、これだろう。
「滑走路が併設されており、幅400m、長さ3,000mほどあったとのことです。我々の<ザ・ツリー>と異なり、周辺設備も一緒にこの場所に出現したようですね」
「なにそれ、ずるーい」
「残念ながら、滑走路と併設倉庫、整備棟、管制塔は度重なる魔物の襲撃により破壊されたようですが」
「なにそれ、ハードモードじゃん」
魔の森のど真ん中に出現したため、いきなり脅威生物に襲われることになったらしい。金属の甲羅を持つ体長5mほどの亀の大群だとか、両腕のみ筋肉ムキムキで異常に頑強なゴリラとか、そういう種類の脅威生物により、次々と施設が破壊されたとか。
「なんとか中央ドームは死守したようですが、弾薬不足により放棄を決定。一応、長期保存処置を行っているとのことですが、どこまで保存されているかは不明です」
「動力もないし、メンテナンス無しの状態でどこまで保ってるか……か。全部ダメになってても驚かないけど」
放棄したということは、その後、脅威生物によって蹂躙されている可能性もある。あまり期待はできない。
「最終的にはアマジオ氏と相談にはなりますが、資源の回収だけでも相当有用です。恐らく、高機能材料やレアマテリアルはそれなりの備蓄があるでしょう」
確かに、何もないこの世界で一から採掘するより、すでにあるものを回収再利用するほうが効率は良いだろう。電子基板に使用するレアマテリアルを大量に回収できれば、いろいろと捗るのは確かである。
「そうね。問題は、どうやってここに回収に行くかってことだけど」
<トラウトナーセリー>跡地は、プラーヴァ神国の主張する国土内。しかも、魔の森の中だ。森の端からおよそ250kmほどの距離。聖都からは1,100kmも離れている。
現在占拠済みの中継都市ゲーニーからも、1,500kmほどの地点だ。
これだけ離れていると、空から行くにしても途中にしっかりとした空港設備が欲しくなる。輸送能力の高い回転翼機は、航続距離はあまり長くない。また、固定翼機では森の中への着陸が困難だ。
「ギガンティア部隊を派遣してもいいけど、いろいろ刺激しそうで怖いのよねぇ」
「はい、司令。レーダーを停波すると探知範囲が著しく減退します。未知の空域でその状態は、可能な限り避けたいところです」
敵地にギガンティア部隊を送り込むのは、リスクが大きい。カバーとしてナグルファル級を派遣しても、結局海岸からの距離がネックになる。目算では1,300~1,500kmの距離だ。到着に時間が掛かるし、補給も大変だ。
「じゃあやっぱり、地上を行くしかないか。せめて、手前に滑走路を作らないとね」
◇◇◇◇
『すまん、待たせたか』
「気にしてないわ。それより、ようこそ。<ザ・ツリー>へ。アマジオさん」
デフラグが終わり、記憶領域を綺麗に整理したアマジオ・シルバーヘッドが、<ザ・ツリー>に連絡を取ってきた。
『いろいろと協力してもらって、感謝する。ありがとう』
「もう身内みたいなものだし、そんなにかしこまらなくてもいいわよ。これからよろしくね」
『ああ、よろしく』
アマジオは、少なくない記憶領域を専有していたアーカイブを外部装置に転送し、必要なデータのダウンロードが完了した状態。直近の目標となる、トラウトナーセリーへの道を拓くために必要な情報を、アーカイブから読み込んでいる。
「状況はさっき送ったとおりだけど、大丈夫?」
『ああ。演算資源を借りられるようになったからな。全て確認済みだ』
アマジオ・サーモンは全身を機械化し、脳内にも情報処理装置を埋め込んでいる。
遺伝子改造されているとはいえ、基本的に生身のイブとは根本的な性能が異なるのだ。
「検討の通りだけど、空から行くのは厳しいわ。だから、地上から攻略する必要がある」
『そうだな……。あの魔物の群れ、あれが来る可能性を考えると、空からじゃあ足りんだろう。道を作るほうがマシだ』
アマジオの記憶に残っていた、襲撃してきた脅威生物の群れ。昼夜を問わず襲われる状況で、落ち着いて家探しをすることは困難だ。
しっかりと地上戦力を送り込み、周辺の安全を確保したい。
『順当にプラーヴァ神国を平定して、それからゆっくり取り掛かるのがいいだろうな』
アマジオがこの世界で暮らしてはや100年。彼の悲願の達成は目前に迫っているが、ここで焦るほど若くないということだろう。100年に比べれば、数年など大した期間ではない。
『こっちの前線は押さえたまま、後ろから攻略するのか』
「その予定。ただ、相手戦力がいまだに不確定なのよね。そこだけが心配ね」
『魔法戦士……そうだな。個人によってはとんでもない力を持ってるって話だし、数で圧殺するしかないんだろうな』
アマジオさん見た目は若いですが感性がわりとおじいちゃんです。
ただ、記憶を取り戻したのでちょっと性格が変わるかも。




