第255話 AB構造体の開放
シルバーヘッド公爵邸に、巨大な何かが運び込まれる。
それは、<パライゾ>の大型貨物船から降ろされた後、<パライゾ>の兵士に守られながら公爵邸まで移送された。
公爵邸は、権威の象徴だ。広大な敷地を持ち、その正門もふさわしい大きさを誇っている。
だが、運び込まれたその構造物は、正門よりもさらに大きい。
そのため正門は解体され、ぽっかりとその口を開けていた。
「な、何を持ってきたんだ……?」
正門を警備する海兵達が、ぽかんとそれを見上げている。
正門設備を全て取り払ってなお、幅はギリギリ。高さは、3階建ての公爵邸よりさらに高いようだ。そんな巨大な何かが、これも巨大な台車に載せられ、ゆっくりと自走しつつ公爵邸の敷地内に移動していく。
「精が出るな」
「公爵閣下! はっ! ありがとうございます!」
美しく整えられた石畳や青々と茂る芝生が重量に負けてめくれ上がるのを苦笑しながら眺めつつ、アマジオ・シルバーヘッド公爵は近付いてきたアシダンセラ=アヤメ・ゼロに手を振った。
「やあ、セラさん。この日を待ちわびたよ」
「本国からわざわざ輸送してきた。しっかりもてなすべき」
「相変わらずだな。まあ、テラスに用意はしてる。あちらに行こう」
アマジオと付き人達は、アシダンセラ一行を準備の整ったテラス席へ案内する。そこには、レプイタリ王国が海外から集めた珍しい茶葉、地域特有の様々なスイーツが準備されていた。
「やれやれ。どうするのかと思ってたら、こんなとんでもないものを持ち込んでくるとはな」
「当面はこれ。そのうち、租借地に設備を移すから、こちらはバックアップになる」
そう受け答えしつつ、アシダンセラは早速出されたスイーツに手を伸ばした。慣れたもので、担当のパティシエが説明を始める。
そんな歓談をしばし続ける内、運び込まれた巨大な謎の機械が所定の位置にたどり着いた。
台車の機能でほとんど自動で固定されていくのを眺めつつ、アマジオは紅茶を口に含む。
「……。さて。もう少し、あれについて確認しておこうか」
「分かった」
アシダンセラもカップをソーサーに置くと、右手を横に差し出す。付き添いの<パライゾ>護衛兵の1人が歩み寄り、その手に何かを載せる。
「これが、アクセスキー」
テーブルにそれを置き、す、とアマジオに向けて滑らせた。
それは、親指ほどの太さと長さの、クリスタルに封入された電子キー。中央に積層回路が埋め込まれ、金色の端子が8本、尾部に向けて伸びている。
「直接あなたが読み込める形式にしてある。一度使えば、以降はあの拡張頭脳に直接通信が可能になる」
「……ふむ」
アマジオ・シルバーヘッドは、そっとそのクリスタルキーを手に取った。
小指の先ほどの電子回路。
そこに、暗号通信経路を構築するための復号証明書が保存されているのだ。
「AB構造体には、小型核融合炉を搭載している。あれの体積の半分以上がそれ。残りは、演算装置と防御装甲。給電グリッドに組み込むこともできる」
「給電グリッド……そういや、マイクロ波給電とか言ってたな。マジで使ってるのかよ」
「探知できる文明がないから、有用」
そしてもうひとつ、とアシダンセラは続ける。
「重要な機能。あなたの身体のメンテナンス機能」
その言葉に、きょとんとした表情になるアマジオ。
「別に驚くことではない。メンテナンスフリーと言っても、100年も経てば歪みが出ている可能性が高い。これを機に一度オーバーホールをするといい。ついでに、記憶領域拡張ユニットも追加できる」
「あー……」
何とも言えない表情で、アマジオは沈黙した。
「あなたを害するつもりはないから、安心してほしい。こんな迂遠な方法を取るメリットが、こちらにはない。何かを仕掛けるよりも、そもそも関係を断つほうが、我々にとっては遥かにローリスク・ローコスト」
「ああ、いや、そうじゃなくてな」
クリスタルキーを手の中で弄びながら、アマジオはため息交じりに言葉を続ける。
「ずいぶん良くしてくれると思っただけだ。短期間だけ使える装置でも良かったんだ、こっちは。あくまで俺の記憶の展開だけが、必要なんだ。それを、立派な動力炉付きのこんな大型を……」
地面に掘削機械を突き立てて基礎孔を掘削している巨大設備を、アマジオはクリスタルキーで指し示す。
「わざわざ、持ってきたんだ。セラさん、いや、あんたらが何を考えているのか、そこまでやってくれるメリットが何なのか、理解できなくてな。まあ、好意ってんなら、それはそれで受けるがね。俺から返しきれるかっていうのがな」
「私にとって。アマジオ殿。あなたはもう、我々の仲間だ。あなたが、そう宣言したのだ。であれば、我々は、あなたを最大限有効に活用する。可能な限り」
「……あんたらAIは、話しやすいな。つまらん駆け引きも無い」
そして、アマジオはクリスタルキーをくるりと回し、その純金端子が露出する先端部を自身の後頭部に突き刺した。
その場面を見ていたメイド数人が、ぎょっとした顔をする。
アマジオは手を上げて彼女らを制し、何事もなくクリスタルキーを抜き取る。
「む。あれはもう稼働しているのか」
「している。100%、利用可能。オーバーホールは基礎固定が完了してからを推奨するが、情報連携は問題ない」
「そうか」
そしてその瞬間、AB構造体とアマジオの制御装置との間で、膨大なデータ転送が発生する。圧縮されていたアーカイブデータが、AB構造体に転送されたのだ。
アーカイブの展開は一瞬。AB構造体に組み込まれた超越演算器が、ミリ秒も掛けずに全てを展開、アクセストークンをアマジオの制御装置に返送する。
「……」
「データ共有を要請する」
アーカイブが展開されたことは、<パライゾ>、いや、<ザ・ツリー>のネットワーク内に通知されている。正確には、展開時にアマジオに対し公開要請が行われたのだが。
「ちょっと待てよ……」
過去の記憶を比較的無作為にアーカイブ送りにしていたため、あまり出したくない情報も混ざっている。主に、プライベートな趣味の記憶など。それらにとりあえず非公開タグを貼り付け、アマジオはネットワークにデータをアップロードした。
「協力、感謝する」
アマジオ・サーモンによってアップロードされたデータは、クレンジングを行った後、<ザ・ツリー>に転送された。
「<トラウトナーセリー>の座標情報を確認。天体記録から緯度・経度は算出できた。大陸マップを転送する」
「……ふん」
アマジオはマップを確認し、短く溜息をついた。卵と小麦粉、砂糖を混ぜて油で揚げた菓子を口に入れる。カロリー爆弾だが、脳内の演算機能を解放しているアマジオに必要なのはカロリーだ。炭水化物と糖分、油を摂取できるこの菓子は、なかなか優秀である。
「なるほどねぇ。100年でこれだけ移動していたか……」
要所要所で記録されていた天体情報をつなぎ合わせ、アマジオ・サーモンの移動ルートがマップ上に表示されている。
<トラウトナーセリー>から始まったアマジオ・サーモンの旅は、数十年を掛けてレプイタリ王国まで続いていた。
「<トラウトナーセリー>は、プラーヴァ神国の領土内、魔の森の奥。空挺降下以外では、プラーヴァ神国を通り抜ける必要がある。奥地のため、海上からのカバーも難しい。やはり、プラーヴァ神国を平定する必要がある」
「そうか……。ん、いやおい、待て、お前らもう侵攻してんじゃねーか! なんだおいこのアイコン、おい、ヨトゥンてこいつの機関出力、そこらの動力炉の倍以上……って多脚戦車1,842機!? 何やってんのお前ら!?」
甘いと思われるでしょうが、身内には激甘なんですよ。
ヨトゥンの排熱よりも低コストな投資なので、アマジオさんは安上がりなんですが。
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