第253話 ドクター・アサヒの魔法解説(1)
「科学に必要なのは、測定可能かどうか、再現可能かどうか、そして明快に説明できるかどうか、ということです。全てが揃って、初めて理論としての議論が可能になります。勘違いしてはいけないのは、あくまで議論ができるだけで、正しいと証明されたわけではない点。証明するには、すべての要素を解明する必要がありますので!」
朝日はそんなことを話しつつ、教壇を歩き回っている。
「まあ、何が言いたいかというと、あくまで仮説の段階ですし、話半分に聞いてくださいということです! 再現性は高いので、ある程度の判断材料にはなりますが」
さて、とアサヒはペチリと手を叩く。
合わせて、投影ディスプレイに表示される内容が切り替わった。
「この世界で使われている、謎の力。今のところ、我々はそれを魔法と呼んでいます! 我々は高度な科学知識を有していますが、それでは説明できない、謎の現象」
表示されているのは、巨大な何かの設備の模式図か。
「星々の間を旅し、惑星改造を行い、恒星を喰らい尽くし、そして真空からですらエネルギーを汲み上げる。我々の有する科学技術は、それらを可能にしています。まあ、資源不足でまったく再現はできませんが。少なくとも、理論は有しています。時間さえあれば、時空歪曲門でも製造できるでしょう」
ですが、とアサヒは続ける。
「残念ながら、それらの知識を駆使しても、今この惑星で使われている魔法という現象は解析できていません。とはいえ、それで理解を諦めるというのは、科学の申し子たる我々にとっては耐え難いものです。ですので、アサヒはいつも考えています!!」
お姉さまは、無言でアサヒの口上を聞いていた。
気分は我が子の学芸発表を見守る父親である。父親である。
「さて、手元の研究材料は少ないですが、時間は十分にありました。まずは、テレク港街に元々配備されていた、魔法戦士と呼ばれる兵士たち。彼らの協力を仰ぎ、魔法という現象を観察しました」
「ずいぶん迷惑を掛けてたみたいだけど」
「お姉さま、茶化さないでください! それに、対価は十分に渡しています! <リンゴ>の采配ですが!」
<リンゴ>が頷くのを横目で確認し、イブは肩をすくめる。
「彼らの使用する魔法を、観察しました。具体的には、おおよそ1年ほど。今も続けていますが、まあまあ情報が集まってきましたので、まとめて発表しますね!」
アサヒがディスプレイの表示内容を切り替える。
表示されたのは、観察を続けてきた魔法についての報告書だろう。
「以前も少し報告はしましたので、おさらいですね!
まず、彼らが使用する魔法は火球と呼ばれるもののみ。主に、炎の塊を飛ばして熱と爆発で攻撃するものです。
使用回数は、個体差はありますが、ほぼ決まっています。ただし、使用回数は時間によって回復します。
継続して記録を続けることで、使用回数は様々な条件で増減することは分かりました。例えば、体調が悪いと回数が減るとか、そういうところですね」
魔法戦士が使用する「火球」という魔法は、回数制限はあるものの、基本的には制限なく使用できる汎用性の高いものだ。使用回数の上限は決まっており、時間を置けば回数が無限に増えていくということはない。
「最大MPは決まっており、火球で使用するMPも決まっています。そういうことです」
「断言するわねぇ」
「この世界の一般的な認識です! で、ポイントは、同じ火球でも、人によって現象が若干異なるということですね。以前も言いましたが、魔法の発現に、術者のイメージが大いに影響しているらしいと分かりました」
アサヒは、複数の術者に同じイメージを持たせるため、映像を見せたり解説したりといろいろやってもらった結果、火球の現象と威力が安定し、使用回数も増えたのである。
「つまり、魔法はイメージ! できると思ったことはできるし、できないと思ったことはできない! そして、できると思えば物理現象を無視して発現します!」
「そう聞くと、なんだか万能すぎて怖くなるんだけど」
「あ、安心してくださいお姉さま! できることの上限は決まっているようです! 火球の回数制限にも関わりますけども、発生させる現象が曖昧だったり、突飛だったりすると、そもそも発動もしないみたいですし!」
火球以外の魔法が使えないかと、アサヒは試行錯誤した(してもらった)ようである。結果、水を生み出すことと、風を吹かせることに成功した。
「例えば、水を超高速で発射してウォーターカッターにすることができるか試したんですが、イメージが悪かったのか、ちょっと飛ばしただけでぶっ倒れましたね!」
「介抱はしましたので、ご安心ください」
「イメージがあやふやだと、MP使用量が増えるみたいなんですよねぇ……。あ、MPでいいです? 表記しやすいのでそう呼んでますけど」
「まあ、いいわよ。分かりやすいし」
魔法使用にともなって消費される何かを、MPと呼ぶ。残念ながら、定量化はまだできておらず、具体的な数値は示せないのだが。
「MPが足りれば発動するし、足りなければ発動しません。ウォーターカッターも、理論を理解してもらったらちゃんと発動するようになりました! 面白いですねぇ!」
魔法は理不尽だが、体系化することで現象が安定するらしい。
「あと、いつぞやの魅了の魔眼使いの男! あれもちゃんと研究を続けてますよ!」
レプイタリ王国で拉致した、謎の工作員である。
彼は一時期ホラー展開に巻き込まれていたが、今はテレク港街で協力員として日々魔法の実験に付き合って暮らしているらしい。
イブは興味がなかったのですっかり忘れていたのだが。
「結局、あの力、意識した相手の自分に対する好感度を上げるという、シンプルな魔法ですね。発動回数も、時間で回復するところも、使い勝手は火球と似たようなものです。ただ、上がった好感度は時間で元に戻るみたいです」
「はー。それで、<リンゴ>の情報が書き換わったってわけね。好感度が上がるとかよく分からないけど、AIにも影響があるっていうのは怖いわね……」
「はい! いろいろと試してみたのですが、影響があるのは基本は頭脳装置でした! 電子回路によるメモリーとか、磁気記憶装置は書き換わりませんでした! ただ、ニューラルネットワークを再現した光回路には反応していたので、シナプス結合に影響を及ぼしている可能性が高いですね!」
魔法の作用範囲がどのように判断されているのか、そもそも何が判断しているのかは不明だが、何らかの意思が介在しているのは確かなようだ。
「私の見解では、今のところ、使用者の意思が最も比重が高いように思われます! ただし、魅了の魔眼のような精神に影響を及ぼすものは、対象の意思も関係しているようですね!」
「意思って……また、曖昧な。いやまあ、だから解析できなくて困ってるのか……」
「相手の意思が強いと、MPも相応に使用するようです!」
明確に自分を嫌っている相手に対して発動すると、失敗したり、より嫌悪感が高まることもあるらしい。それと、<リンゴ>に作用が及んだときも、<リンゴ>の思索規模が大きすぎたため影響が限定的だったと予想されていた。
「ここまでで、どうやら魔法を使うには意思が必要らしいということが分かってきました。意思に反応して魔法が発動するというプロセスはいまだ不明ですが、ある程度の法則があるらしいというのが分かっただけでも収穫です!」
アサヒちゃんにひたすら語らせる!
この子は本当によく喋るので、書くのが楽です。




